4.真の初恋(3)結婚とは
悟志の愛人だったミドリと会ったその夜に悟志から電話が掛かってきた。
「この間は悪かったな。本当に助かったよ、ありがとう」
悟志の声は元気そうだった。
「い、いや、何もできなくて・・・」
ミドリと会っていたとも告げられず、真はしどろもどろになっていたのだが、悟志は何も気が付かないようだった。
「落ち着いたら、うちに来ないか?千秋も是非にと言っているから」
うちの奴、と奥さんのことを言っていたのが、名前に変わった。
「奥さんが?」
「ああ、子どもができる前はよく会っていただろう?」
「そうだったな」
悟志が結婚したばかりの頃、三人でドライブに行ったこともあった。子どもが生まれてからは一度だけ家に遊びに行ったことがあるのだが、それ以来、行き来は途絶えていた。
悟志の家は一戸建てで昨年建てたばかりだった。
「凄いな、新築一戸建てなんて」
「土地は親が所有していたから、建物だけローンを組んだ。35年だから返済が終わるころには68歳になるよ」
「それでも俺には無理だわ」
「お前には実家があるからそれでいいじゃないか。俺は次男だから仕方なくローンを組んで家を建てたのさ。これからが大変だよ」
「そうか」
「でもさ、今俺が死んだら千秋は大金持ちだから」
キッチンにいる妻の千秋をそっと指さした。
「どうして?」
「生命保険金がたんまりおりて、住宅ローンも無くなるからな」
「そうかもしれないけれど、お金だけじゃないだろう」
「ごめんなさいね。出前のピザですが、食べてください」
千秋がピザをテーブルに出しながら言った。
「すまんな。まだ、本調子じゃないって言うから、こんなもので」
「いいえ、ピザなんて年寄りと暮らしていると食べる機会がないから、嬉しいです」
「僕も嬉しい!ピザもおじさんも」
悟志の息子の宏太は真が来たことを喜んでくれた。
「俺よりピザの方が嬉しいのでしょう?」
真はふざけて宏太のお腹をくすぐった。楽しい時間が流れている。愛人騒動なんてなかったみたいだった。
遊び疲れた宏太はごねながらも母親と二階に上がっていった。
「悪かったな。宏太もはしゃいじゃって、騒がしかっただろう」
「いいや、何だか賑やかなのもいいな」
「お前も何だか少し変わったな」
「そうかな」
「変わったよ。明るくなった」
「何度も言うなよ。確かに宏太くんが生まれた時はまだ求職中だったな。あの頃が一番暗かったかも。思えば悟志にも奥さんにも助けてもらったよ」
「そうか」
「ドライブに連れ出してくれたし、生まれたばかりの宏太にも会わせてくれて、それからかな、前向きになれたのって」
「お前が図書館で働くって聞いた時は驚いたよ。でもどうして図書館に?」
「まあ、本が好きだったというのと、たまたま知り合いに市役所の人がいて紹介されたからね。もともと大学では図書館司書の資格は取っていたから。だから本当は最初から公務員になっていれば良かったのだけれどね」
「公務員にはどうしてならなかったの?」
「母親はそれを望んでいたのだけれど、言いなりになるのが嫌でさ。あと、保険会社は給料が高かったから」
「そうだな。お前の会社は給料が高くて有名だったからな」
「でも、競争社会に負けましたけれど。でもさ、後悔はしていない。生涯賃金は低いけれど、自分で納得しているから」
「親は何て言っている?」
「うちはさ、意外にも好意的なのよ。親父もお袋も何も言わない。まあ、うつ病で引き籠っていた時期があったから、腫れ物に触るようになったのかもしれないけれどね」
「だから、家族は支え合う最小単位か。お前も早く結婚したくなっただろう?」
「まあ、俺の場合は結婚の前に恋愛しないといけないって、最近になってやっと思うようになった」
「それは進歩だな」
「それよりさ、あの件はもう大丈夫なのか?」
「あの件?」
「言いたくないのなら、聞かないけれど」
「すまん。それもあって呼んだのに・・・。まあ、何とかなったかな」
「奥さんにはバレてないのか?」
「薄々は勘づいているのかもしれないけれど、口には出さない。それが怖いけれど」
「浮気相手の方は?」
二人きりのリビングで自然と声は小さくなる。
「何度か電話があったのだけれど、無視をしていたらそのうちこなくなった」
「そうか。実は・・・俺に会いに来たよ」
「うそ?それで?」
「同僚の女性と三人で喫茶店で話をした」
「それで?」
「まあ、納得という感じではなかったけれど、気が済んだって顔にはなっていたかな。同僚の分析だと、誰かに交際した事実を認めてもらいたかっただけだろうって」
「そうか」
「本当にお前のことが好きなら付き合うはずはないって言っていた」
「そんなものかな」
「まあ、もういいだろう。忘れることだよ」
「何だか本当にすまなかったな。お前を巻き込んでしまったな」
「おかげで色々と考えさせられたよ」
「それで、恋愛にも関心が出たってわけか。俺のお陰だな」
悟志は一転、堂々と自慢げに言い放った。二人は大笑いをしていた。
「ちょっと、もっと静かにできない?宏太が起きてしまうわ」
二階から降りてきた千秋が二人を咎めた。
「すみません」
「ごめん」
二人同時に謝った。
「何を楽しそうに話していたの?」
「えっ、あっ、こいつに結婚はいいぞって言っていたところ」
「何だか怪しいけれど、まあ、いいわ。そうね、真さんはどんな人がタイプなの?」
「えっと・・・」
真の頭には愛莉の顔が浮かんでいた。だが、それは叶わぬ恋だった。
「ねえ、好きな人がいるのではない?絶対そうよ」
千秋に詰め寄られ、ますますしどろもどろになる真だった。
「図星だな」
悟志にも指摘され真の顔は真っ赤になっていた。
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