4.真の初恋(2)恋愛とは
真が休憩から戻ると、彩夏が初めて見る女性と親しそうに話しをしていた。真は軽く会釈をして図書館の業務に着手した。
「真さんにお客様ですよ」
「えっ、彩夏さんの知り合いの方ではないのですか?」
「いいえ、外でお話しされてもいいですよ。ここは私が代わりにしておきますから」
真は明らかに困った顔をしていた。
「すみません。突然に。悟志さんのお友だちですよね」
「はい、そうですが」
まだ20代で、可憐な印象の女性だった。
「ああ、この間お子さんを連れていらしていたお友だちの・・・」
何も発言をしない真を見かねた彩夏が、場を取り繕ってくれたのだが、かえってギクシャクしてきた。
「お子さんを連れてきていたのですね」
寂しそうにその女性は言った。悟志の浮気相手だと分かったのだが、どう接すればいいのか戸惑うばかりの真だった。真は彩夏を縋るように見ていた。
「あの、ここでは何ですから、もう少しで私たち仕事が終わるからそこの公園で待っていていただけますか?」
「はい」
その女性はすんなり納得をして図書館と隣接している公園へと向かって行った。
「あっ、何だかすみません。どうしていいかわからなくて」
真は彩夏に謝った。
「私の方こそ出しゃばってしまって、すみませんでした。あの人、お友だちの愛人でしょう」
謝りながらも彩夏はどこか楽しそうだった。
「えっ、どうして?」
「あの時のお友だち、尋常ではなかったから」
「どうしよう。何しにきたのかな?悟志に連絡した方がいいかな?」
「とりあえず、仕事が終わったら話を聞いてあげたらどうですか?」
「話を聞くって言っても、二人きりで?」
真は再び縋るような目を彩夏に向けた。
「わかりましたよ。私も一緒に行きます」
「そうしてくれたら、助かります。ありがとう」
仕事が終わり公園に行くと、その女性はしょんぼりとベンチに座っていた。女性の名はミドリといい、今は求職中だという。三人は近くの喫茶店に入った。
「すみません。突然に・・・」
「いいえ」
しばらく沈黙が続いた。
「悟志さんとはどこで知り合われたのですか?」
彩夏がいなければ、永遠に黙ったまま時間ばかりが過ぎていくところだった。
「同じ職場で、私は派遣だったのですが・・・」
「えっ、飲み会で知り合ったって言っていたけれど・・・」
「仕事での接点はそれほどなくて、飲み会の席で親しく話すようになって・・・」
「好きになってしまったのね」
彩夏が優しく言った。
「はい」
ハッキリと断言をし、ミドリは涙を流した。その涙を見て彩夏は顔をしかめる。ミドリには気付かれてはいないようだった。
「もう、会ってはいないのでしょう?」
彩夏は一転してきつい口調になっていた。
「はい」
「それで、どうして元カレのお友だちの真さんに会いに来たの?」
元カレという言葉にミドリは少しだけ反応をした。
「それは・・・」
「好きだったのはとってもよくわかるわ。でも、最初から妻子がいることはわかっていたのでしょう?」
「はい」
「だったら、どうして付き合ってしまうのかな」
「えっ?」
ミドリには意外な質問だったようだ。真にも彩夏の真意がわからなかった。
「だってさ、大好きな人が苦しむのって見たくはないじゃない。自分の気持ちを押し殺してでも、相手の幸せを願うのが本当の恋というものよ」
「でも・・・」
「まあ、あなたは自分が一番かわいいのね。悟志さんのことより自分のことが一番大好きで、それでこうして悟志さんのお友だちに会いに来て、いかに自分が悟志さんのことを好きだったのかをアピールして、仲を取り持ってもらいたいってことでしょう」
「そんな・・・」
ミドリはまた泣き出した。今度の涙はさっきの涙とは明らかに違って見えた。
「悔しいのよね。奥さんに負けたことが。私も経験があるから」
「えっ?」
ミドリより真の方がビックリしていた。
「一度だけ妻子ある人と関係を持ってしまったことがあったの。二人とも結構真剣だったのよ。でも、もう会わないことにした。別れ際の彼の悲しそうな顔は今でも忘れられない。本当に辛くてしばらくは何も手につかなかったけれど、今ではとてもいい思い出よ」
ミドリは黙って彩夏の話を聞いていた。しばらくすると何も言わずに席を立ち、深々とお辞儀をして店を出ていった。会計伝票は彩夏がミドリには渡さなかった。
「ねえ、ここのナポリタン食べない?」
「ああ、いいね。一度食べてみたかった」
「うそ、食べたことないの?私もだけれど」
二人して笑ってナポリタンを注文した。
「悟志が悪いのだよな」
「そうね。男が悪いのはそうなのだけれど、女だって悪いわよ。ああやって悲劇のヒロインになりたがるのって、悪質じゃない。普通の恋愛から逃げているのよ」
「普通の恋愛から?」
「そう、何か障害があった方が言い訳がつくじゃない。私もそうだったから・・・」
真は彩夏に何があったのか聞き出すべきか迷っていた。
「私の場合は、結婚がしたくなかっただけなのだけれどね」
彩夏は自分から話し始めた。
「結婚がしたくない?」
「そう、専業主婦だった母の姿が嫌でね。専業主婦を否定している訳ではないのよ。母は本当は働きたかったのよ。でも、それを自分自身が認められなくて、世間の常識の方が勝っていたのね。だからいつもイライラしていた。それを子どもながら見てしまって、結婚したら不幸になるって思い込んでいたのね」
「うちの親もそういうところがあったかも。何だか俺もスッキリした」
「なに?」
「俺も結婚に興味がなくて。まあ、結婚というより恋愛にもだけれど」
「恋愛は素晴らしいわよ。失恋しても、叶わぬ恋だとしても、人を愛するのってそれだけで人を豊かにするでしょう」
「そう言えば彩夏さんは恋愛小説が好きだよね」
「そうなの。恋愛ものが大好き。このナポリタンも大好きだわ」
美味しそうにナポリタンを頬張る彩夏の幸せそうな顔を見ていると、真も恋愛に興味が湧いてくるのだった。
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