3. 籠の鳥(4)籠の鳥
「何をしているの?」
公子は怒りを抑えた静かな声で言った。
「えっ、愛莉さんから貰った物を写真に撮っているの」
百合は恐怖で声が震えてくる。
「何のために?」
「あの・・・売るためよ」
「売ってどうするの?」
「どうするって・・・お金にするのよ」
百合は開き直って堂々と言った。
「そのお金はどうするの?」
「えっ、私が・・・」
百合の声は小さくなっていく。
「それは横領というものです」
「どうしてよ、だって、愛莉さんが私の好きにしていいって言ったから。お金になるって話もしたわよ。そしたらお金はいらないって言うから・・・」
「それでも、あなたはそれを受け取ってはいけないのよ」
「だから、どうしてよ」
「それもわからないのなら、明日からもうあの家には行かなくていいわ」
「そんな。いきなり・・・」
「自分の頭でちゃんと考えなさい。これは私がいつものように処分します」
「えっ、ちょっと勝手に持って行かないでよ」
公子は愛莉の品物を持って部屋を出ていった。物が消えた部屋はガランとしていた。百合の頭の中もぽっかり穴があいたように思考停止状態になっていた。
次の日、公子は百合を無理やり外に連れ出した。車には愛莉の品々が積まれている。
「どこへいくのよ」
「愛莉お嬢様の品物を寄付しにいくのよ」
「寄付?」
連れていかれた先は商店街の中にある古着屋だった。
「いつもありがとうございます」
グレーのシャツを着た女性店員が愛想よく出迎えてくれた。
「奈央子さん、いつもの通りにお願いします」
「はい、かしこまりました。いつもありがとうございます」
「何だ、ママだって売るのね」
「違いますよ。親に恵まれない子どもたちのために活動している団体があって、そこに寄付をするのです。うちの店でこれらの品物を買い取ってそのお金をその団体に渡しています」
公子に変わって店員の奈央子が答えてくれた。
「そうよ、私はこれらの品を愛莉さんのお名前で寄付をしているのよ」
「彼女は何も言わなかったわ」
「あなたのやり方を尊重しようと思ったのではないかしら。これはあくまでも私のやり方だから」
「最初にそれを教えてくれていたら、私だって・・・」
「全部寄付をした?」
「それは・・・」
百合は母から寄付することを聞かされていたとしても、母と愛莉にバレないのであれば自分で売る手段に出ていたかもしれないと思った。
帰りの車の中で百合は何も発する言葉を見つけられないでいた。
「あの商店街には時々行っていてね。古着屋のあの奈央子さんと仲良くなって、寄付をするシステムを知ったの」
公子は独り言のように話を始めた。
「それをお嬢様に話したら沢山の服やバッグを出してくれて、それから時々私があの店に持って行っていたの」
「そう」
気のない返事をしてしまったことを百合は少し後悔していた。
「親に恵まれずに施設で育った子どもたちは十八歳になると施設を出て一人暮らしをしないといけなくなるのだけれど、部屋を見つけるのは大変らしいの。それでその団体はそういった子たちを支援しているのだそうよ」
「ううん」
家もあり、お金にも不自由したことのない百合には想像すらできない世界の話だった。
家に帰り部屋に戻ると百合は言いようのない倦怠感に襲われてしまった。ベッドに横になると色々なことが次々と勝手に頭を巡ってくる。愛莉のこと、親に恵まれない人たちのこと、そして自分自身が置かれている境遇。自分がどんな悪いことをしたのか、自分の何がいけなかったのか、考えれば考えるほど混乱するばかりだった。
放りだしたカバンから携帯の着信音が鳴り続いていた。百合は無視をしようとするのだが、しつこいくらいに何度もかけてくるのだった。重い身体をやっと動かし百合は携帯を見た。今は一番会いたくない愛莉からの着信だった。
「はい、もしもし」
百合は自分の感情を抑えて電話に出る。
「百合さん、明日からいらっしゃらないって聞いたものだから。せっかく年齢も近い人が来てくださって、私とても嬉しかったの。これから色々なお話をして仲良くなりたかった矢先のことだったから。もし、私のせいなら謝らないといけないと思って・・・」
百合は愛莉の言葉に涙が出ていた。そして、自分が愛莉の品物をネットで売っていたことが母親に見つかり、叱られてしまったことを正直に話していた。
「愛莉さん、あっ愛莉様、ごめんなさい」
「そんな、どうして百合さんが謝るの。わかったわ、私が公子さんに事情をお話しするから。だから、明日はきっと来てくださいね」
電話を切ってしばらくしてから百合はリビングにいる母のところに行った。母は百合を見ると黙ってハーブティーを淹れてくれた。
「愛莉様にあなたは気に入られていたのね」
「それはわからないけれど・・・」
「自分が悪かったのだから、あなたを許してあげてとお願いされたわ」
「うん」
「あなたはどうしたいの?」
「それは・・・」
百合自身、どうしていいのかわからないでいた。
「愛莉様のお母様は彼女が小学校に上がる前に病気で亡くなっていてね。私の前の家政婦さんは住み込みでずっと愛莉様を育てていらしたのよ」
「愛人の子で母親も早くに亡くしていて、だから家政婦がいたのね」
「そうね。愛莉様はもう成人したから家政婦はいらないと旦那様には伝えていたみたいなのだけれど、大学にも行かず仕事もしていないからお友だちがいらっしゃらなくて、それを心配した旦那様から私は頼まれたのよ」
愛莉には母がいないことも愛人の子であることも知っていた百合だったが、改めて聞かされると愛莉の境遇に複雑な思いが湧いてくる。
「どうして大学に行かなかったのかな」
「旦那様が大学に行っても悪い人たちと出会うだけだから意味がないって」
「そんな、確かに就職をする必要がないのだから大学になんて行かなくてもいいのかもしれないけれども、それだと何だか愛莉さんには自由がないじゃないの」
「そうね。本人も『私は籠の鳥だから』って言っていたことがあったわね」
百合は益々頭が混乱してきていた。だが、それから逃げてはいけないとも感じていた。
「ねえ、もう二度とあんなことはしないから、もう一度私にチャンスをください」
百合は再び母の前で土下座をした。前回の時とは全く違う真剣な表情だった。
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