3. 籠の鳥(3)横領未遂事件

 家政婦として働きだして一月が経ち、百合は仕事を一人で任せられるようになった。愛莉との距離は相変わらず縮まることはなかったが、お互い干渉し合わない関係が心地好いまでにはなっていた。

「百合さん、またこれ、お願いします」

 愛莉には何かルールがあるのか、定期的に服を処分していた。自ら買いに行く様子はなく、父親が無理やり買い物に連れていき買ってくれるようで、ほとんど着ていない服も多かった。百合はそれを受け取ると、自分が気に入った物は自分で着て、それ以外はネットのオークションに出していた。母に気付かれている様子は全くなかった。


「百合、今日からこの通帳とカードをあなたに預けることにします。このノートにキチンとお金の出し入れのことは書いておくようにね。時々チェックしますから」

 百合が公子から渡された通帳を開くと百万円以上の残高があった。

「これは預かっているお金なのだから大切に扱いなさいね」

「はい」

 愛莉の家の買い物を公子が全て任されていた。そのノートには収支報告の状況がキチンと書かれてあった。買い物をした分のレシートも貼ってあった。

 百合は何だか自分がお金持ちになった気分になってノートを見ていると、時々愛莉へお金を渡している形跡を発見した。

「ねえママ、お嬢様にはいつお金を渡せばいいの?」

「お嬢様から求められた時でいいのよ。あの方は普段はお財布を持ち歩かないのだけれど、買物には時々行くことがあってその時は現金を持っていくからお渡ししてね。そうそう、だから常に十万円くらいは現金を用意しておくのよ」

 百合は公子から現金の入ったポーチを渡された。

「必要な時に持ち出せばいいので、鍵のかかるこの引き出しに入れておいてね。鍵だけは絶対に失くさないように」

「はい、わかりました」

 お金を管理することになり、百合は俄然、家政婦という仕事にやる気を出していた。


 百合は久々に学生時代からの友だちである沙和子と会った。愛莉から貰った、実際には処分を頼まれた服を着て学生時代にはあまり足を踏み入れられなかったようなお洒落なバルで赤ワインを口にした。

「百合、年末にハワイに行かない?」

 沙和子は今、正社員として中堅どころの証券会社で働いていた。

「そんなお金ないよ」

「嘘、お母さんの手伝いをしているのでしょう。お母さんお金持じゃない。それに何だか高そうな服も着ているし」

「そうでもないよ。それに、私はまだ見習いだからってお小遣い程度しかもらっていないのよ」

 百合は沙和子にも服の出どころを正直に言い出すことはできなかった。

「そう。私は夏のボーナスも出たし、冬にもボーナスが出るからそれでハワイに行こうと思ってね」

「いいわね。実家から通っていて親にもお金を渡していない人は」

「あんただって同じでしょう」

「そうだけれど、自由になるお金が違い過ぎるわね」

「だったら就職したらどうなのよ」

「それは無理ね。今の仕事が私には合っているみたいだし、それに少しはお金になることもあるから・・・あっ・・・」

「何よ」

「もしかしたら、ハワイに行けるかも・・・」

 百合は愛莉に頼めばもっと何かお金になる物が貰えるかもしれないと考えていた。


 愛莉が外出をするというので、百合は玄関でいつでも渡せるように五万円の現金を用意していた。

「お一人で行くのですか?」

「本だけは一人で選びたいの。服やバッグやアクセサリーは父が一緒についてくるけれど、本だけは許してもらえるのよ」

 愛莉は本が好きなようだった。寝室の他に本が沢山並べられた部屋があり、そこに一日中籠ることすらあった。本屋へは週に数回行っていた。気に入った本が無い時は買ってこないようで、毎回お金を求められるわけではなかった。

「本屋さんへ行ってきます」

「あの、お金はまだ大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。ありがとう」

 愛莉は百合に笑顔を向けて家から出ていった。百合は用意していた五万円をそのままエプロンのポケットにしまった。


 百合は家に帰りエプロンを洗濯籠に入れようとしてポケットにお金が残っていることに気が付いた。

「明日返せばいいかな」

 百合は安易にそう思っていた。


百合の願いが通じたのは、それからすぐだった。

「百合さん、このバッグたちなのだけれど、処分してくださらない?」

高級ブランド品のバックが箱に入ったまま数点あった。

「すごい、これ全部ですか?」

百合は自分でも瞳孔が開いているのがわかるくらい、自然と顔が綻んでくる。飛び上がって喜びたい気持ちを抑えるのに必死だった。

「ええ、もう使っていないのだからお願いします」

「あの、私が売っても問題ないですよね」

「勿論よ。好きなのがあれば使ってください。でも、こういう物って売れるの?」

「売れますよ。充分売れます」

「そういうものなのね。私にはよくわからなくて。いつも公子さんにお任せしているので」

「でも、本当にいいのですか?売れたらお金になりますよ」

「お金ね。私にお金は必要ないから・・・」

「お金が必要ないって・・・。行きたいところとか、食べたい物とか、ないのですか?」

「お金が必要ないって嘘ね。ごめんなさい。本があれば私は幸せだから。本が買えるお金があればいいのよ」

愛莉の言葉に百合はちょっとだけイライラしてくるのだった。


百合は大きな紙袋を抱えて家に戻った。自分の部屋でそれらの品々をより高く売れるようにと願いながら写真におさめていった。

「百合、帰ってきている?」

母親が階下から叫んでいた。百合は写真に夢中で返事をしなかった。

「ねえ、ちょっといい?」

百合が気付いた時には、公子は百合の部屋のドアを開けていた。

「あなた、何をしているの?」

「えっ・・・・・・」

百合は公子の顔が般若の面になった瞬間を見逃さなかった。

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