3. 籠の鳥(2)目指せ!スーパー家政婦
現在、公子が家政婦として働いているのが吉村愛莉という二十一歳の女性の家だった。住み込みの家政婦が高齢で引退するのを引き継いだのだった。お金持ちの愛人の子で、父親は週に一度だけ夕食を共にするために通ってきていた。
「二十一歳の子がどうして家政婦なんて雇うのよ」
仕事場へと向かう途中、百合は母からこれから行く家についての話を聞いていた。
「その子のお父様に頼まれているのよ」
「何だか過保護過ぎない?」
「お金持ちの世界はうちとは違うのよ」
「そうなの?」
「言っておきますけれどね、私の仕事は自分の家でしている家事とはちょっと違うのよ」
「どう違うの。掃除や洗濯、食事作りじゃないの?」
「やることは同じなのだけれど、ちょっと違うのよ」
「だから何が違うのよ」
「行ってみて、やってみないとわからないわね」
「そう」
何だか腑に落ちない百合だったが、母親の後をついて歩いた。
それまで目にしたこともないような重厚な扉が開くとホテルのような受付と豪華なシャンデリアと巨大なアートフラワーのあるロビーが広がっていた。母はカードキーをかざして奥にある自動ドアを開けた。絨毯がひかれた廊下はやっぱりラグジュアリー感に溢れ、何事にも動じない性格だと言われてきた百合ではあったが、動揺は隠しきれなかった。
「なにオドオドしているのよ。しっかりなさい」
「だって、何だか別世界じゃない」
「だから言ったでしょう。うちとは違う世界なのよ、これから行く家は」
部屋に入ってからも百合は驚きの連続だった。テレビで見ていた有名人のお宅拝見そのもので、圧倒されるばかりだった。エプロンを付け母の後からリビングに入ると、これぞまさしくサスペンスドラマに出てくるようなお嬢様がソファに腰掛けて本を読んでいた。
「お嬢様、おはようございます」
「公子さん、おはようございます。あら、その方は・・・」
「ご紹介します。新しく手伝いをさせていただきます娘の百合です」
百合は慌てて頭を下げた。声を出すことができなかった。
「挨拶なさい」
「は、はい、百合です。よろしくお願いします」
「愛莉です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
微笑んだ顔に邪気はなく、今まで百合があったことのないタイプだった。
百合は母の指示に従って、家政婦としての仕事をこなしていった。他人の洗濯をすることに最初は抵抗があったのだが、それも徐々に慣れていくと何とも思わなくなっていった。手の込んだ料理を求められることもなく、掃除などはほぼ毎日しているので、汚れを見つけるのに苦労するようなしだいで、仕事は比較的楽だと感じて一週間が過ぎた。
愛莉の寝室の掃除は任されたことのない百合だった。部屋のドアが開いた瞬間に除くことはあったのだが足を踏み入れたこともなかった。
「百合、今日はあなたも一緒にお嬢様の寝室の掃除をしてちょうだい」
「やったあ、一度は入ってみたかったのよね」
「そういう言い方はしないの。興味本位でこの仕事をしているのなら、もう、帰りなさい」
「そんな意味じゃない。すみません」
「お嬢様の持ち物に対して、何の感情も持たないと約束できる?」
「はい、できます」
百合はその時は素直にそう思ったのだった。
シーツやピロケースを取り換え、掃除機をかけるだけの作業だった。
「今日はこれでいいわね。お嬢様の寝室はご自分できれいにしているから、私たちのお仕事はこれくらいでいいのよ」
チラッと入った寝室の奥のウォークインクローゼットには雑誌でしか見たことのないような高級ブランド品ばかりが整理されて置かれていた。百合の欲しかったコートが目に留まる。百合は母の言いつけを破らないように感情を必死で消していた。
百合が愛莉の寝室から出てくると愛莉が外出から帰ってきたところだった。
「百合さん、ありがとうございます」
愛莉は笑顔でいつも百合に声をかけてくれた。
「いいえ」
百合は愛莉と目を合わせることも無く俯いて返事をしていた。
「そうだ、処分をしていただきたい物があるので持ってきますね」
愛莉は大きな紙袋にコートやブラウスなどを入れて持ってきた。百合は目を見張る。
「あっ、これ欲しかったやつ・・・」
思わず声が出ていた。
「あら、そうなの。嫌でなかったら差し上げますわ」
「本当ですか?」
「ええ、どうぞ。でも、私のお下がりは嫌ではない?」
「全然。だってネットのオークションで中古品を買うこともあるから」
思わずため口になっていた。
「そう、インターネットに中古品が売っているのね。知らなかったわ」
「インターネットはやらないのですか?」
「あまりやらないわね。興味が無いから」
「ああ、そうですか」
愛莉は笑顔で部屋に入ってしまった。百合は手に持った紙袋をどうしたものかと悩んだのだが、愛莉の許可が出たのだからと、家に持ち帰ることにした。先に帰った母にはそのことを報告しないと決めた。多少の後ろめたさは感じていたが、それが後に大問題に発展するとは、今の百合には想像できないのであった。
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