2. お金のかからない暮らし(2)総菜屋でのアルバイト
愛莉は毎朝五時半に起きて仕事場へと向かった。母親が働いていた総菜屋だった。高校生の頃から夏休みや冬休みなど、学校に支障がない程度で働いていた。
「愛莉ちゃん、そろそろ休憩に入りなさいね」
亡くなった店主の妻である
「ねえ、ねえ、愛莉、こっちとこっちだとどっちがいい?」
照美の娘で二十八歳になる
「どっちも素敵。選べないな。あっ、でも、こっちの方が真菜ちゃんは好きなのでは?」
「どうしてわかるのよ。そうなのよ、私はこっちのレースたっぷりのウェディングドレスがいいと思うのよ」
「だったらどうして私なんかに聞いてくるの?」
「それがさ、彼はシンプルな方が似合うって言うから、迷っているのよね」
「それは困りましたね」
「ところでさ、愛莉も絶対に式には出てよね。家族の席に座っていればいいのだから。ご祝儀だって絶対にいらないからね」
「はい、喜んで。でも、何を着ていけばいいのか・・・」
「それなら、私が友だちの結婚式に着た服があるから、それを着ればいいわ」
「おいおい、お前と愛莉の体格はかなり違うだろう」
真菜の兄の
「大丈夫なの。痩せている愛莉ちゃんでもきっと着こなせるデザインだから」
愛莉が生まれる前から母はこの店で働いていたという。小学生になると学校帰りにはこの店のこの部屋で宿題をしていた。隆宏にも真菜にも宿題やら試験勉強をよく教えてもらった。
「私が家族席でいいの?」
「愛莉はこの家の子も同然なのだから。愛莉のお母さんが生きていたら絶対に式に出るって言うはずでしょう」
「そうだよ。お前のお母さんには親父が亡くなった時には本当に世話になったからな。俺がちゃんと大学を卒業できたのも愛莉のお母さんのお陰なのだから」
「お父さんが急に倒れて、お母さんも病院につきっきりになって、そんな時、私たちを励ましてくれて、しかもお店だって切り盛りしてくれて、愛莉のお母さんがいなかったらどうなっていたかわからないものね」
照美の夫で隆宏と真菜の父親は八年前に亡くなっていた。隆宏が大学を卒業する前の年で就職先も決まっていたのだが、急遽、店を継ぐことになったのだった。
「親父が生きていたらお前の結婚を反対していたかもしれないな」
「そうね。案外心配性というか私の彼氏を認めないところがあったからね」
「嫁になんかやるものかって、天国で叫んでいるかも」
「でもさ、お兄ちゃんに結婚は無理そうだから、私が結婚して子孫を残さないと駄目じゃない」
「何だよ、それ、決めつけないでくれるか。俺だってそのうち・・・」
「まあ、私は結婚しても今まで通り店の手伝いをするから大丈夫よ」
「何が大丈夫なのだか」
愛莉は二人のやり取りを笑いながら見ていた。
「隆宏、早く配達に行きなさい。真菜と愛莉は店番して」
照美の大声が店から聞こえてきた。
「はあい」
三人は同時に返事をして立ち上がった。
店に出ると今までパートとして働いていた五十代の女性の姿がなく、照美が一人で売場に出ていた。
「あれ、一人なの?」
真菜が照美に聞いた。
「昨日で辞めてもらったの」
愛莉と真菜は大きく頷いた。そのパートさんは三ヵ月前から働いていたのだが、悪口が大好きで店先でいつも誰かを悪く言っていた。照美は悪口が大嫌いだった。
「良い人なのだけれどね。店先で悪口を言いふらされると、店の評判にも傷がつくから」
「試用期間を設けておいて正解だったね」
「ああいうのは止められないのだろうね」
「納得してくれたの?」
「自分でも立ち仕事だとか接客には向かないって思っていたみたいだから」
「まあ、私が変わらずに働けば問題ないのでしょう」
「しばらくはね。でもあんただってそうはいかないじゃない。もう一人誰か探さないと。愛莉ちゃんだってとっとと結婚してしまうかもしれないしね」
「私はまだまだ」
午後三時になると仕事を終えた愛莉は店を出た。余った食材やらお惣菜を手に一旦アパートに向かうのだった。
「結婚か・・・」
愛莉は結婚なんて考えたこともなかった。だが、最近同級生が結婚したという話を聞いたばかりで、確かにいつでも結婚できる年齢にはなっている。母は未婚で愛莉を生んでいた。母がどうして未婚のまま自分を生んだのか、それで幸せだったのか、聞くことができなかったことを今更ながら後悔している。照美は何か知っているのかもしれない。その確信はある。いつの日か聞いてみたいと思うのであった。
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