2. お金のかからない暮らし(1)古着屋でのアルバイト

愛莉あいりさ、そこのジーパン包んでおいてくれるか」

「はあい、これ、二百万円で売れたのですね」

「そう、思っていたより早かったから良かったよ」

「でも、これって百万円で仕入れたやつですよね」

「そうだよ」

「何だかそれって詐偽みたい・・・」

「愛莉はさ、毎回そう言うよね。何年ここでバイトしているの?」

「高校生の時からだから、六年目かな」

「だったらさ、それがここの商売だって早いとこ理解しろよな」

「でも、何だかちょっと・・・」

 吉村愛莉、二十一歳は古着屋でアルバイトをしていた。高校を卒業してすぐに母親と死別し、今は一人で暮らしている。父親の顔は知らなかった。

 古着屋の店主であるやすしは四十歳で独身だった。愛莉にしてみたら父親みたいな存在で何かと世話になっているのだが、お金の感覚では理解できない点が多々あった。

「売る側は即金で百万欲しかったわけだから、俺はそれを叶えてやったわけで、すぐに売れたのは奇跡に近いだけ。まあ、俺は運がいいって話だよ。誰も損はしていない、まあ、三方よし、っていう昔からの言葉があって、売り手よし、買い手よし、世間よし、ってことよ。覚えておけよ」

 泰は愛莉の頭をポンと叩いて店から出ていった。愛莉は首をかしげる。

「社長が世間よし、を実践しているとは思えないけれど・・・」

 独り言をつぶやいた。

 泰はこの街では結構大きな骨董品店を営む家の三代目で何不自由なく暮らしている。趣味で始めた古着屋は結構盛況で繁盛しているため、毎夜どこかで飲み歩き、時々フラッとサーフィンに出かけたりするため、実質は唯一の正社員の奈央子なおこが店を切り盛りしていた。

「愛莉ちゃん、これいる?」

 奈央子が高級ブランドの財布を差し出してきた。

「これって、高いやつですよね」

「偽物よ。売ることはできないから、あげるわ」

「えっ、いいのですか?」

「色もデザインも若い子向けだから、愛莉ちゃんにぴったりかなって思って。私はモノトーンの服か着ないし持たないし」

 白いシャツに黒のワイドパンツを履いた奈央子を愛莉はまじまじと見つめた。古着が好きでお洒落な奈央子なのだが、色に対しては徹底してモノトーンと決めていた。それがとっても似合っていて素敵だと思う愛莉だった。

「ありがとうございます」

 仕入れをした時に、時々こういった品が紛れ込んでくることがあるのだった。愛莉は全ての持ち物をこの店から貰っていた。それが目的で高校生の時からここで働いている。

「愛莉ちゃん、何か気に入った服はある?」

「そうそう、このシャツいいですか?」

「似合うわね。いいんじゃない」

「ありがとうございます」

 社長の泰も店長である奈央子も愛莉が欲しいというと何でもくれた。

「普通の女の子はもっと沢山服を欲しがるのに、愛莉ちゃんは堅実よね」

「そうですか?高校生の頃は欲しい服が沢山あったのですが、最近は必要な服だけでいいかなって思うようになっちゃって。置き場所がないのもありますし」

「そうよね。私も家に服はあまりないわね。こんな仕事しているのに。服に囲まれている職場だから家でまで服に囲まれたくはないのかも」

 仕事が好きそうな奈央子を愛莉は心底尊敬していた。


 高校生の時、愛莉はこの店の存在を知った。最初は入る勇気がなく、ただただ店の前をウロウロしていた。クラスメートたちはお洒落の話で盛り上がっていたのだが、母親が病気がちになり高校に通うだけでも精一杯の愛莉にとってお洒落はかなり遠い存在になっていた。店先のワゴンに五百円の文字を見つけた。駆け寄りたかったが何だか照れくさくジッと見つめるだけだった。

「どうしたの?見ていかない?」

 後ろから肩を叩かれビックリしていると、奈央子が背中を押して店に誘導してくれた。

「あの、これ五百円ですか?」

「そうよ。欲しい服ある?」

 愛莉は必死で自分に合う服を見つけた。奈央子も色々とアドバイスしてくれる。だが、その五百円ですらその時の愛莉には厳しい金額だった。愛莉は躊躇っていた。

「ねえ、あなた高校生よね。この店でアルバイトしない?」

「えっ、いいのですか?」

「夕方だけでいいのよ。前のバイトの子も高校生だったのだけれど、最近辞めちゃったから」

「是非、お願いします」

 愛莉は二つ返事でアルバイトを決めた。


 初めて社長の泰と会った時の印象は、汚いジーンズを履いたちょい悪風の近寄りがたいおじさんだった。話しをしてみると親しみやすく、金銭的にも大らかというかズボラなところがあり、経営の全てを把握しているのは奈央子だということを愛莉はすぐに理解した。

「私も高校生の時はバイトだったの。高校を卒業してから社員になってもうかれこれ十年ちかくずっとここで働いているの」

 活き活きと働く奈央子の姿に励まされる愛莉だった。愛莉は大学に進学できないのは明らかだった。そんなお金は家にはなかった。奨学金をもらってまで行きたいとも思わないのだが、本を読むことが好きで比較的勉強もできる愛莉には少しだけ迷いがあった。大学には行かず好きな仕事をして、それもやりがいのある仕事をしている奈央子を見ていると、進学だけが全てではないことを教えてくれる。愛莉はバイトを始めてから少しずつだが迷いが消えていくのを実感していった。

 愛莉は高校を卒業してもバイトとしてこの店で働くことを決めたのだった。

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