1. 女としての価値(5)コンサートでの待遇の差
早紀に誘われて杏子はアイドル歌手FGのコンサート会場に向かっていた。
「早紀がずっとFGのファンクラブに入っていたなんて知らなかったわ」
「高校生の時は、いつも二人で来ていたものね」
「私は大学に入ってからはFGから卒業したもの」
「杏子は生身の男の方が良いって、言っていたものね」
「そんな言い方はしていないけれどな。でも、手に届かない人より身近な人に気持ちがいってしまったのは本当ね」
杏子と早紀は中学までは同じ私立高校に通っていた。高校が別々になっても一緒にいることが多かったのだが、高校を卒業してからは会う機会が減っていた。杏子が早紀を遠ざけたと言っても過言ではなく、大学生の頃は真面目で勉強熱心な早紀を鬱陶しい存在だと心底思っていたのだった。
「私は身近な人よりステージ上の憧れの人がいれば、それだけで良かったからね。杏子にしてみればダサい女ですが」
「そんなこと思ってはいないよ。今はね」
「昔はそう思っていたのね。でも、いいのよ。私はどう思われたって」
「早紀はさ、どうして私なんかと友だちでいてくれるの?」
「どうしたのよ、急に」
「就職が決まらない時や彼氏と別れた時にだけ、私の方から連絡をしていたものね。連絡をすると一緒にお酒を飲んでくれて、愚痴を聞いてくれて、その後、私はしばらく音信不通で・・・それでもまた会ってくれて」
「そうだったかな。よく覚えていないわよ。私の方こそ相手をしてくれるのは杏子だけだったから」
「何だか私が早紀を振り回しているのかもしれないわね」
「それを私は面白がっているのだから、良いコンビなのじゃない」
「ありがとう」
「どうしたのよ。杏子らしくない。杏子は偉そうにしていればいいのよ」
「何それ、偉そうかな、私・・・」
会場が見えてくると多くの人たちが行列を作っていた。
「何よ、この行列。ここで待たないといけないの?」
「ああ、これはね、無料チケットを求めての行列なのよ」
「無料チケット?」
「そう、数年前からかしらね、FGは若い子やお金のない人たちのために無料チケットゾーンを設けたの。徹夜組もいるはずよ」
「そうなの。この年になると長時間並ぶのは勘弁してほしいわね」
「そう言うと思ったわ。あんたはラーメン屋さんにだって並びたくない人だものね」
「食べたい時に食べるのが美味しいのよ。悪かったわね」
「私たちの席はファンクラブのための席だから、入り口はこっちね」
久しぶりのアイドル歌手のコンサートで杏子も興奮してくるのだった。
「昔はよく来たね。あの頃に戻りたいわ」
杏子はしみじみ言っていた。
「あの頃に戻りたいの?」
「そうよ、現実というものを知らなかったあの時代に戻りたい」
「現実ね~。私は子どもの頃から現実を見ていたけれどな」
「そうなの?どうしてよ」
「どうしてって言われてもね。親が教えてくれていたのかな」
「でもさ、早紀の家ってお金持ちじゃない。素晴らしい現実を知っていたわけか」
「それは違うわよ。お金が人をダメにする、とか、不幸にしてしまうから、お金だけではない自分の道を見つけなさいって話よ」
「それってさ、お金があるから言える話よね」
「そうなのかな。杏子の方がお金の使い方は知っているものね」
「それって嫌味か」
杏子は益々暗くなるのであった。杏子は父親がリストラにあってから生活が一変した日のことを今でも忘れることができなかった。
杏子は中学生になったばかりだった。中間試験の勉強をしていたのだが深夜のラジオ番組を聞きながら寝てしまい目が覚めると喉の渇きを覚えた。キッチンに行こうと階段を降りようとすると、リビングから父と母の話声が聞こえてきた。
「杏子は私立の学校に入ったばかりなのに・・・」
母親は大きな溜息とともに言った。
「かわいそうだけれど、続けさせられないかもしれないな」
「いいえ、大丈夫よ。私が何とかするから。女の子は私立の方がいいから」
「じゃあ、真は公立でもいいのだな」
「あの子はそれで大丈夫よ」
あの日を境にして杏子は自分の家にお金が無いことを理解していった。中学は何とか私立に通うことができたが、高校への進学は公立を選んだ。それは杏子から言い出したことだった。母親は反対をしたが杏子は断固として拒否した。なぜならそれは、やはり私立だと周りはお金持ちの子たちばかりで話が合わないどころか持ち物や旅行など遊興費の差が歴然としてくる。杏子にとってそれは耐えがたいことだった。
「一番前の席って誰も座らないの?」
そろそろ開演時間が迫っているのに、前の席の一画は誰も席にはついていなかった。
「あれはVIP席だから、暗くなってから座るのよ。FGの知り合いの芸能人やらお偉い人の娘さんやらが座るらしいよ。そうそう、あの会長さんの娘さんも来ているかも」
「そうなの。何それ・・・」
「不満そうな顔をして・・・仕方ないじゃないお金持ちに与えられた特権なのだから」
「早紀はそれで構わないの?」
「どうしてよ、私はファンクラブの席で十分よ。それ以上近づきたくもないしね。遠くから応援しているのが楽しいのよ」
早紀がVIP席の存在に対して何の感情も持たないことに、腹立たしさを感じる杏子だった。
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