1.女としての価値(2)潰れない喫茶店の理由
杏子のバイト先の喫茶店は友人である
「杏子、おはよう。あっ、でも、もう十一時半か」
友人の早紀がいつもの化粧っ気のない顔で杏子に近づいてきた。
「こんにちは。早紀は今日も暇なのね」
「暇ではないわよ」
「そうよね。歴史の研究でお忙しいのでしょうね。私にはさっぱり理解できませんが」
「何だかちょっと荒んでいるわね。あっ、今日お誕生日だったわね。おめでとう」
「なに、杏子ちゃん今日お誕生日だったのかい。おめでとう」
相変わらず能天気な早紀の父親でもあるマスターが会話に割り込んできた。
「おめでたくはないけれどね」
「どうしたのよ、この喫茶店に不似合いなくらい化粧もばっちりきまっているのに冴えない顔をしてさ」
「顔が派手だから化粧映えしてしまうのよ。悪かったわね」
杏子の顔立ちは美人という部類に入った。若い頃はそれが武器にもなり仕事もプライベートも充実をしていたと思うのだが、年々この顔が不幸を招いているようでコンプレックスになりつつあるのであった。
一方の早紀の容姿は高校生の頃から地味で年齢不詳のところがあった。今でもそれは全く変わらない。だからなのか今ではむしろ若返っているような印象すらある。他人からペースを乱されることもなく、自分を貫いている姿勢の早紀に杏子は内心一目をおいているのであった。
「早紀は高校生の頃から歴史が好きでその道の研究者になって、本当にすごいよね」
「なによ、急に。研究者といったってしがない非常勤講師にすぎないけれどね」
「それでも、好きなコトを続けていて幸せそうじゃない」
「まあね、お陰様で」
「早紀もマスターも好きなコトが続けていられるのは、私のお陰だけれどね」
そこに早紀の母親が乱入してきた。いつものことだった。早紀の母親は毎日この喫茶店でランチを取る。
「そうですね。ママのお陰です」
喫茶店はビルの一階にあった。そのビルは早紀の祖父が所有していた。早紀の祖父は不動産業を手広くやっていて、早紀の母親は元々そこでやり手の従業員だった。その祖父に見初められ、長男である早紀の父と結婚し、今では不動産業を継いでいた。
「私がバリバリ働いているから、この喫茶店は維持できているのだし、早紀だって好きなことができるのですからね」
「はい、ありがとうございます」
マスターと早紀は同時に頭を下げた。全く悲観している様子も無ければ卑下すらしていない。
杏子はお金の偉大さを見せつけられたようで、益々心が暗くなるのであった。
夕食の時間になると、お客様はめっきり減ってくる。早紀は夕食を食べるために再び喫茶店にやってきていた。
「お金があれば・・・」
「どうしたのよ、杏子」
「えっ、いいや独り言」
「確かにね、お金がないと生きてはいけないからね」
「私、どこで間違ったのかな」
杏子は早紀の前に座り込んでしみじみと言った。
「そうね、高校生の時じゃないの」
「高校生?」
「そう、あんたはさ、美人なのを武器にして世の中を渡ることしか考えていなかったじゃない」
「あ~あ、もっと勉強しておけばよかった」
「いやあ、そこじゃないけれどね」
「どういうことよ」
「自分を知ろうとしていなかったものね」
「自分を?」
「そう、男からチヤホヤしてもらいだけで目先のことにしか関心が無く、将来設計なんてどうでもよかったじゃない」
あの頃の杏子はお洒落のことや男子との交際にばかり夢中になっていた。
「大学を卒業したのはいいけれど、就職先がなかなか見つからず、結局は派遣を渡り歩いて働き続け、そしたらとうとう次が見つからなくなって・・・しかも、結婚を約束していた男に他に女がいることが分かり、その女が妊娠したと言われて振られ・・・私の人生真っ暗闇だよ」
「杏子はさ、いったい何がしたいの?」
「何って?」
「仕事がしたいの?結婚がしたいの?まあ、人生はそれだけではないけれども、何かしたいことってないわけ?」
「素敵な男性と結婚がしたい、かな」
「だったらもう遅いわね」
「そうなのよね。もっと早くに決めていなければいけなかったのよね」
「あんたの隣の家の子ってさ、高校生の頃からそこに焦点が当たっていたものね」
「そうなの?なんで早紀が知っているのよ」
「杏子だけだよ、知らないのは。普通わかるじゃない」
「どうしてよ」
「あの子確かあの頃からお菓子作ったりして家庭的なところをアピールしていたじゃない。女子大に行って卒業をしたらすぐに外務省の臨時職員になって、二十四歳で今の旦那さんと結婚。それが結婚をしたい人の生き方なの」
「私だって大手の企業で派遣として働いて、彼氏たちと出会って・・・」
「数多くの男に遊ばれて、よね」
「どうして私は遊ばれてしまうのよ」
「遊んでほしそうな顔をしているからでしょう」
「え?どういう顔よ」
「チャラチャラしていて芯がないっていうか・・・」
「モテるファッションには自信があったのだけれどなあ」
「モテたのは事実だから立派なものよ。だけれど浅はかなのよ、杏子は」
「ウ~・・・・・・」
杏子は早紀に反論する勇気も気力も失っていた。
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