【ミステリー】【会話劇】金属バット殺人事件

「……というのが、現時点でわかっている全てです」

『うむ、報告ご苦労』


「今のところ、ダイイングメッセージのから、野球観戦を趣味としているAさんが犯人だろうと警察は考えているようです」

『しかし、プロ野球のバットは木製だろう』

「えっ、そうなんですか!?」

『君はそんなことも知らないのかね。容疑者は当然知っていただろう。それをあえてとしたところがひっかかるな。それに、このダイイングメッセージでは、A氏が犯人だった場合、あからさますぎやしないかね。犯人が戻ってきて消される可能性がある以上、こんな安直なメッセージは残さないだろう』

「なるほど」


「次に怪しいと思われているのは、アリバイのない時間が最も長かったBさんです。全身黒で固めていて、髑髏どくろなんかがあしらわれているシルバーのアクセサリーをジャラジャラとつけています。髪もツンツンと逆立てていて――あれってどうやって固めているんでしょう――とにかくザ・メタルという感じです。だから。どうです?」

『どうですもなにも、B氏が演奏しているのはハードロックなんだろう? ヘビーメタルとは微妙に違う』

「え、ハードロックとヘビメタって違うんですか!?」

『明確な違いはなく、ひとくくりにHR/HMとすることもあるがね、違いを意識している演奏者もいるだろう。B氏の言動からして、彼はハードロックにこだわっているようだ。当然、容疑者もその考えに至ったはずだ。それに、A氏と同様、メタルだから金属だなんて単純なメッセージを残すわけがない』

「ははあ。音楽は難しいですね」


「あと怪しいのは……容疑者を殺す動機が最も強い、Cさんです。彼女はスパイダーマンの大ファンらしいですよ。映画の日本公開を待てず、アメリカの公開日にわざわざ駆けつけたそうで。スパイダーマンと言えばアメコミ。アメコミといえばバットマンです。アメコミにはアイアンマンもありますよね。マンとマンでどうです?」

『おいおい。アイアンマンはともかく、バットマンの原作はスパイダーマンとは違う出版社の作品だろう』

「え、アメコミって一つの会社が出しているんじゃないんですか!?」

『君は馬鹿か? 日本の漫画だっていくつも出版社があるだろう。アメリカの漫画だって複数の出版社が出している。スーパーマンとアイアンマンはマーベル・コミックで、バットマンはDCコミックスだ。聡明な容疑者が一緒くたにするとは思えん』

「そういえば、映画の話題でそんな会社名が出てきたことがあるような気がします」


「ええと、では、Dさんでしょうか。彼女は自宅で料理教室を開いているそうです。料理に使う四角いトレーもと言いますよね。そして普通製です。Dさんはアリバイもほとんど穴がないですし、容疑者との接点も少ししかありません。殺すとは思えませんが……」

『しっかりしてくれたまえ。料理で使うのはキッチンバット、もしくはデリカバットと言うんだ。などと呼称するものではない。そもそも一般的に金属のものを指すのなら、わざわざ金属とつける意味もない。中にはホーロー製のものもあるが、容疑者がそんな細かいことを気にすると思うのかね?』

「キッチンバットはまあわかりますが、デリカバットだなんて言葉、よくご存知ですね。さすが所長です」


「では、所長は誰が犯人だと思うんですか? といっても、あとはEさんしか残っていませんが。彼はアリバイも完璧ですし、被害者との接点も全く見つかっていないんです。犯人からは最も遠い人物ですよ」

『まさにそのE氏が犯人なのだよ』

「え、どうしてですか!?」

『E氏は玉突きのプロなのだろう? バットはビリヤードのキューの後ろ半分のことだ。ちなみに先端側の半分はシャフトと言う。このバットとシャフトを繋ぐジョイント部分は金属製であることが多い。つまりというわけだ。アリバイは何らかのトリックで成立させているのだろう。容疑者との繋がりも、これからの捜査で判明するに違いない』

「はあ、なんだかこじつけのような気もしますが、所長がそう言うのなら、そうなんでしょうね。電話で話を聞いただけで、そこまでわかるなんて、やっぱり所長はすごいです」

『何、簡単な推理だよ』


「あ、何か新しい事実がわかったようです。――え? が凶器? 犯人は……通りすがりの酔っ払いぃ!? バッティングセンターからうっかりを持ち出してしまい、それを注意した容疑者に腹を立てて思わずぶん殴ってしまったと……。所長、犯人が自首しました! ……所長? もしもーし。所長? あ、切れちゃった」 

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短編たち 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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