業火の聖女

惜帝竜王と夢の盾

第1話 断罪の炎

 足元から立ち上る圧倒的な熱量にも勝るとも劣らぬ悪意の視線が私を貫いている。


「民衆を誑かす稀代の悪女! 人の世の理を破壊し、理性を奪う禍々しき魔女よ!」


 何を言っているのか理解出来ない。私は只、皆の為に尽くそうとしただけなのに。私がやりたいといった訳じゃなく、皆が頼ってくるから少しでも恩返しが出来ればと思っただけなのに。


「罪は償わなければならぬ! 民草の願いの光を聖火に乗せて届けよう! その悪逆非道の身を浄化せしめ、天上から我らを見守る主に捧げる信仰の炎を!」


 悔しいと涙を流した日々は過ぎた。眼前にいる者がただただ憎い。私を聖女と祀り上げた者が聖女を断罪し、歓喜の表情を浮かべている醜悪な姿がただただ悍ましい。


 確かに私は神の声を聴いた。

 それがたった一度でしかないとしても、このような仕打ちを受ける道理などありはしない。神の声を聴いた聖女ジャンヌは実は魔女だった?


 笑わせてくれる。


 神は間違えないのでしょう?


 神の声を聴いた私を聖女に仕立て上げた貴方達が、私を断罪するというのならば、それは神を断罪するのと同じでしょう。


 私の利いた声が悪魔の声?


 そう、焼け死ぬ前に笑わせ殺す気かしら?


 貴方達の絶対神は、格下の悪魔が語る偽の神の声すらも見抜けない愚かな神なのね。


聞こえていないでしょうけれど、喉が焼けて言葉ですらないのかもしれないけれど、死ぬ前に一言だけ言わせて貰うわね。


「■■■■■■■■■■(くたばれ糞野郎共!!)」










 気が付けば、雲一つない青空の下に居た。空気は澄み渡り、懐かしい故郷の匂いがした気がしたのも当然だろう。遠くに見える山々に見覚えがある。木々の先に少し見える古びた家屋は忘れもしない。けれど、何かが違う気がした。


「綺麗すぎるわ」

「それはそうよ。貴女の中の大切な大切な記憶から創り上げた世界だもの」

「誰!?」


 振り向けばそこに光の塊があった。神々しくも安らぎの感じる光が。


「ごめんなさいね。私の姿を見てしまうと貴女は輪廻の輪に飲み込まれてしまうの。だから、こんな姿でごめんなさい。そして、私の願いを聞き届けてくれたのに、あのような最後を迎えさせてしまってごめんなさい」


 ああ、理解した。

 私の聞いた声だ。『世界の苦しみを救って下さい。貴女にしか出来ないことなのです』と過去に聞いた声と同じもの。そして、謝罪の言葉を、その真意が分かってしまうのは神の言葉だからなのかな。言葉以上のものが心に届いてくる。


「神であり神ではないのですか?」

「そう。この世界の神々は人々に何も期待しなくなったの。正確ではないのかもしれないけれど、貴女に分かる様に言えば『神は死んだ』かしら?」

「でも――」

「そうね。私も神のようなものよ。世界を管理するという意味では。でも、それはこの世界における管理者ではないの。この世界を含むいくつかの世界を管理する者達の上にいる者なの」

「?」

「理解出来なくてもいいわ。この世界の管理者が怠惰すぎるので私が指導したのだけれど、度し難い愚か者でした。貴女という救済を拒み、私が少し目を離したすきに世界に干渉し、貴女を死に追いやってしまったの。本当にごめんなさい」


 ああ、あの者達にも聞こえていたのも神の声だったし、私の聞いたのも神の声だった。ただ、神々も私達と同様に救いようが無かっただけ。嗤えない結末で救えないのは信じた私だけ。


「貴女がそう思ってしまうのも仕方がないし、私には謝罪するしか術がない。けれど、愚か者は処分したからこそできる貴女への救済が存在します」

「救済?」

「はい。本来であれば、貴女の魂は昇格し上位存在となり輪廻の輪に加わる予定なのですが、もう一度人生をやり直すことが可能となります。ただ、魂の洗浄が不完全となり、これまでの人生の記憶が不完全ではありますが魂に残る事になります。そして、同じ地ではなく、遠く離れた異国の地での人生となります」

「でも、無くした人生をやり直せるのですよね?」

「はい。あまりお勧めは出来ないのですが、貴女の未練がそれを可能としている為の救済です。ただ、必ずしも幸せな人生を送れると言う保証は出来ません。ただ、やり直す機会が得られるだけなのです。私としては、上位存在としての転生をお勧めしますが、貴女には選択肢がありますから」


 なんだろうな。未練と言われればそうかもしれない。神の声を聞いてしまったからのやるせない幕引き人生をやり直せるのだと言われれば、確かに望んでいる自分が居る。だが、それはジャンヌとしての人生ではないことは話からも理解出来るけれど、訳の分からない上位存在と言うのもどうだろうか。神でさえ人と同じような愚かさがあるのであれば、人から少しだけ優れた存在になったとしても愚かであることは疑いようもないのだし。


「やり直す人生に私、ジャンヌの一欠片でも持って行けるのですか?」

「一欠片どころか、ジャンヌである魂を洗い流せぬままのやり直しです。ジャンヌではありませんが、全く新しい人間になると言う事は不可能なのです。ジャンヌという基礎に新しい人を為すといった方が正しいのかもしれませんね」


 そういう事なら、私はもう一度人生をやり直したい。今度は神の声を聞くことのない只の人としての生を全うしたいのだ。


「神様、私は救済を受けたいと思います。謝罪も受け入れます。最後はアレでしたけれど、神様の声を聞いたことに後悔は今ではありません。死ぬ間際にはありましたけれど。だから、今度は、私が歩むはずだった神の声のない人生を下さいませんか?」


「ありがとう。そして、貴女に幸あらんことを」


 私は光に包まれた。

 それは、圧倒的な力でありながらも優しく私を包み込んでくれた。


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