キリノキリオ(仮)は今日も来る

明弓ヒロ(AKARI hiro)

変なお客様って、いるよね?

 ときは、午後7時30分、場所は、とあるスーパーのお惣菜売り場。若い女の店員が、お惣菜のパックに値引きシールを貼っていく。


 ピタ、ピタ。


 ラベルに書かれたお惣菜の作られた時間を瞬時に確認し、製造から6時間過ぎたものに10%オフのシールを貼っていく。リズム良くシールを貼る姿は、まるで踊っているかのようだ。


 年齢は20歳前後。大学生のバイトといった風情で、ちょっと可愛い顔立ちをしている。性格は普段はちょっときつめだが、根は優しいツンデレタイプに違いない。初めてのアルバイトで、自分でお金を稼ぐことに働く喜びを感じている。そんな感じだ。


 だが、店員が最後のパックにシールを貼ろうとした瞬間、素早くお惣菜をとっていったものがいた。


 店員は、一瞬、キョトンとする。そして、冷静になると、なんで値引き前の商品を買っていくんだろうと訝しんだ。


 これが、スーパーのバイト『時水ときみず恭子きょうこ』と、『キリノキリオ(仮)』との出会いだった。


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 その後も恭子が値引きシールを貼っていると、決まってその男がやってくるようになった。恭子がシールを貼っている様子をじっと見ていて、恭子がシールを貼った商品や、シールを貼る寸前の商品を素早くとっていく。


 ときには、端から端まで商品を眺めては、何も買わずに帰ることもあった。


 もしかして、自分に気があるのでは(自意識過剰か?)と思った恭子だったが、シール貼りをしながら横目で男を観察すると、どうもその男は、恭子ではなくパックされた商品を見て何か考え込んでいるようだ。男の歳は恭子と同じぐらいだが、地味な顔立ちで性格はおとなしそうな感じだ。服装に乱れもなく、どちらかというとキチッとした固めの服装だ。


 この男だけでなく、恭子が値引きシールを貼るのを待っている常連客もいるにはいるのだが、不思議なのは、この男が値引き寸前の商品を買うことが度々あるということだ。数分、いや、数秒待てば安くなるのに、なんでわざわざ高い商品を買うのか?


 かと思うと逆のこともあった。


 恭子が値引きシールを貼っているときに、値引きシールを貼っていない商品を指差して「この商品は値引きしないんですか?」と聞いてきた。「そちらの商品は、一時間後に値引きします」と恭子が答えると、「そうですか」と悲しそうな顔をした。恭子が、他の作業をして一時間後、再びお惣菜売り場に戻ると、なんと、男がまだ売り場にいて、恭子が値引きシールを貼るのを待っていた。


 最初は、なんかちょっと変な客だなと思っていたぐらいの恭子だったが、さすがに怖くなり店長に相談した。しかし、店長からの「何か、されたのか?」という質問に、「いえ、特には」と答えたところ、今のところ実害はないという理由で、しばらく様子を見ることになった。


 だが、この謎は暫くして、ロッカールームで解決した。


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 一緒に働いているパートのおばさんに「なんかちょっと怖いんです」と男の話をすると、おばさんからは逆に「いいお客さんじゃない」と言われてしまった。


 レジ係のおばさんによると、この男が買い物をすると、必ずいつもキリの良い金額になるらしい。普段は500円か1000円。まれに1500円で、一番高くて2000円。きっちりとした金額で、お釣りは出さないか、500円玉を渡すかなので、レジ打ちが非常に楽だと言う。他のお客さんも、みんなあんな風なら楽なのにと、おばさんは笑っていた。


 本当だろうかと疑問に思った恭子が男の行動を観察してみたところ、たしかに男がとったお惣菜の値段を合計すると、必ずキリの良い数字になる。男は、パックごとの料金の違いや、更に値引き前後の料金の違いを計算して、買い物をしていたのだ。


 こうした訳で、恭子がこの男に名付けた名前が『キリノキリオ(仮)』。『(仮)』が付くのは、本名がわからないから。


 キリノキリオ(仮)は今日も来る。


 だが、キリの良い買い物ができないと、何も買わずに悲しそうに帰っていく。


 キリノキリオ(仮)のことを大学のゼミの先生に話したら、「強迫性障害かもしれないね」と言われた。ばい菌が気になって何度も手を洗ったり、同じ色、同じデザインの服を着続けたり、特定の数字にこだわったり、自分でもどうしようもなく、傍からは理解し難い行動をとってしまうらしい。


 そんな、キリノキリオ(仮)に幸運が訪れた。スーパーがお惣菜の量り売りを始めたのだ。秤にパックを載せてお惣菜を入れていくと、リアルタイムで重さと料金が表示される。


 量り売りが始まってからは、恭子がキリノキリオ(仮)と会う機会が減った。わざわざ値引きシールを貼る時間帯に来なくても、キリの良い買い物ができるようになったからだ。キリノキリオ(仮)も何も買わずに帰ることもなくなった。


 しかし、良かったなと恭子が喜んだのも束の間だった。


 新型コロナウィルスの影響で、量り売りが中止になった。

 長時間、店に滞在しないようにとのお願いも始めた。

 お客さんが長居しないよう、割引シールも止めた。


 キリノキリオ(仮)が買えるものは、無くなってしまった。


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 キリノキリオ(仮)は今日も来る。


 なぜかって?


 スーパーが、生活応援セールを始めたからだ。


 好きなお惣菜、3パックでなんと500円! もちろん、税込み!


 キリノキリオ(仮)は、幸せそうに好きなお惣菜を選んで買っていく。


 キリノキリオ(仮)だけじゃない。他のお客さんも買っていく。


 レジのおばさんも、レジ打ちが楽になって大喜びだ!


 そういえば、もうすぐこの店もレジを入れ替えて、電子マネーに対応するらしい。


 そうなったら、キリノキリオ(仮)は、どうするのかな?


 小銭がいらないんだから、キリの良い買い物じゃなくてもOKなのか?

 それとも、やっぱりキリの良い買い物をするのだろうか?


 どんな買い物をするのか、今から楽しみだ!


 しかし、値引きシールを貼らなくなったにも関わらず、キリノキリオ(仮)が話しかけてくるのは、なんなんだろう?


 感染防止のため、店員には用もなく話しかけないで下さいって、注意書きの看板を立ててるんだから、ちゃんと守ってくれないと困るな!


 キリノキリオ(仮)は今日も来る。


 だが、『(仮)』が取れるには、もうしばらくかかりそうだ。


― おしまい ―

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キリノキリオ(仮)は今日も来る 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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