一時停止
盛田雄介
一時停止
整備された車道が揺らめいて見える猛暑。一台の白い軽車が桃色の映像を流しながら颯爽と走り抜ける。
運転席以外は段ボールいっぱいの美少女アイドル『るるりん』のグッズで満席。
後部座席には、同じCDの束や応援Tシャツ、写真集の山があり、助手席には等身大の『るるりん』人形を座らせている。
「くそ! 何でこんな日に限って目覚まし時計が1時で停止してんだよ」
焦るタクマの目に黄色信号が入ってきたが、躊躇なくアクセルを踏み込み、大きく車体が揺れ、足元に1枚のチラシが落ちて来た。
「そうそう。これだよ」
タクマは前方から視線を外さないようにゆっくりとチラシを拾う。
「今日は『るるりん』の超限定オリジナル缶バッチの発売日。ウィルスのせいで製産が一時停止していたから、本当に待ち遠しいかったぜ」
タクマは愛おしいそうにカーナビに目を向ける。
無論、目に入るのは、ルート案内でなく、歌って踊る『るるりん』の姿。
「るるりーん! 愛してるぜ!」
恋は盲目とは、よく言ったものだ。
細い十字路に差し掛かる軽車。
前方には赤い逆三角形の道路標識が堂々と建ち構えているが、タクマがそれの存在に気がついたのは、十字路に入り、左から強い衝撃を受けた時だった。
「くそー! こんな大事な日になんて事してやがる! どこのバカだ!」
タクマは、動画を一時停止し降車。
「ふざけやがって! 降りてこい!」
予定を狂わされた怒りに肩を震わせるタクマ。
しかし、その震えはバンパーが凹んだ黒い高級車から黒スーツを着た男が降りてきたのを確認した瞬間、全身に拡がった。
「おい、誰に向かって口聞いとるんじゃ。そこの標識見えんかったんか! お前、覚悟せーよ!」
タクマの思考は一時停止した。
一時停止 盛田雄介 @moritayu
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