2.旅は道連れ

 黄金の魔攻機装ミカニマギアを纏ったレイフィールの意思により、突き出された左手の細い指先が天を向く。


「ちょっ!ここは町中ですよ!!」


 それが向けられた先には瓦礫と化した家屋の上から見下ろす銀の魔攻機装ミカニマギア。ウィルと呼ばれた男はその状況に表情を崩すが、彼が行動に出る前に力ある言葉が紡がれる。



炎槍三重奏フラムドリィ・トパイア



 火の粉のような赤い粒子が黒い掌の前に集まり、一瞬にして槍を象る。


 間髪入れず飛び出す炎で出来た三本の槍。


 陽の光を反射する眩い銀鎧が左腕に装着された盾を掲げた瞬間、その姿は赤に包まれた。


 大気を揺るがす轟音、派手に立昇る炎柱。


 巻き起こった大量の粉塵により銀の魔攻機装ミカニマギアの姿は見えず、思惑通りの結果を得たレイフィールは口角を吊り上げると迷わず次の行動に出た。



 魔法の威力に呆気に取られていたルイスだが、意図せず視界が傾けば『何事だ!』と頭も切り替わる。

 その理由は至極単純。黄金の機械鎧を纏った美少年に物であるかの如く小脇に抱えられたのだ。


 金属で出来た黒い指は無骨に角張っていながらも人間と同じように関節があり、操者の意思一つで生身と遜色ない動きをする。


「!!」

「口閉じてろ!舌噛むぞっ!!」


 背中にある二対の羽のような鉄板──アリベラーテの地面に向かう端の部分に青白い光が灯る。

 すると、状況について行けず呆けていた憲兵に向けて一気に加速した。



「どけやぁぁっ!」



 慌ててふためく憲兵達、だがそれも一瞬。細い路地で一直線に並んで待ち受けていたのが運の尽き……いや、そもそも、この場に駆り出されたこと自体、彼等の運の無さが故なのだろう。


「うそ!?嘘ですよね!レイフィ……ぐべっ」


 鮮やかに決まった飛び蹴りは、将棋倒しのように七機もの憲兵を薙ぎ倒す。

 操者ティリスチーの魔力を使い瞬時に展開された障壁もあっけなく砕け散り、不幸にも先頭にいた男の生身の腹へと着地する黄金の足。


 それを足場に空へと飛び立つレイフィールとルイス。



「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁぁっ!」



 予期せぬ空中散歩に叫び声を上げども、そこから逃れる術などない。


「このまま町を出るぞ」

「なんで俺までっ!」

「うだうだ言うなっ。このまま居てもお前は奴隷だろ?」

「そうかも知れないけど、巻き込まれた感ハンパねぇっっ!ちゃんと説明しろーっ!」

「あ〜、気が向いたらな。 一気に飛ぶぞっ」


 建ち並ぶ建物の屋根を足場に飛んで跳ねてを繰り返すレイフィールとルイス。上下左右を激しく動き回る様子はレールの敷かれていないジェットコースターさながら。


 そんな娯楽などないこの世界ではあるが、しがらみから解放され心底楽しそうにするレイフィールとは違い、恐怖が故に落ち着かないルイスは早く解放されることを望みながらもされるがままになるしかない。


 町の外を目指していた二人は、一際大きなジャンプで帝都の外周を囲う高い市壁へと飛び乗る。

 当然そこには不足の事態に備えて警邏する一般の騎士達が詰めていた。


「っ!?」


 突然現れた黄金の魔攻機装ミカニマギアに慌てて剣の柄に手をかけるも、不敵な笑みを浮かべる操者ティリスチーが誰であるか理解すると同時に困惑し、全員が全員、間の抜けた顔で口を半開きにしたまま一様に動きを止めた。


「あばよっ」


 そんな彼らへと軽く手を挙げるレイフィール。


 膝を沈ませて力を溜め、外壁の一部が崩れるほどの力で大きく跳躍すると同時、背後に背負ったアリベラーテの端に灯されていた青白い魔力光が眩いばかりに輝きを増す。


「レイフィール様っ!!」

「レイフィール皇子!お戻りを!!」

「レイフィールさまぁぁっ!」


 一呼吸の後に我に返った騎士達が慌てて振り向くが既に遅い。

 そのときにはもう、ルイスを小脇に抱えるレイフィールは彼らの間を風のように通り抜けて帝都の外へ躍り出ている。


 十五メートルもの高台からの大ジャンプは金属の塊である魔攻機装ミカニマギアが空を飛んでいるかのような錯覚を感じさせるもの。


(デネヴ、俺は行くぜ。お前の【星見】の真偽を確かめる意味でもな)


 雲一つ無い青空に残されし魔力の残骸はキラキラと陽の光を反射し、緩い弧を描きし四本の線は大空に架けられた橋のようであった。



△▽



 慌てふためき大声を上げる騎士達とは別に、人影の薄い市壁の隅から、小さくなって行く二人を眺める者が一人。


「ったく、人の心配なんて気にもしないんだから……」


 一瞬、憂いを浮かべた銀の魔攻機装ミカニマギアを纒う男──ウィルバー・クラフトは、ここ、リヒテンベルグ帝国の騎士、及び、機士の頂点に立つ “双頭” の片割れ。レイフィールの放った魔法を防ぐなど造作もないことであった。


 その証拠に、彼自慢の美しき銀鎧【シーラ】には傷一つ付いていやしない。


「それにしても、まさか現実になるとは……流石は代々帝国を支え続ける【星見】という事ですね、デネヴ様。

 資格を失い能力が低下したなどという悪い冗談をどうして仰られたのか……」


 広き世界の中で僅か三名しか居ないとされる未来を見ることのできる占い師【星見】。未来視とも言える占いの的中率は実に九割にも登る。


 そんな特異性を持つ彼女は保全の観点から秘匿されており、帝国の上層部でも極々限られた一握りにしか存在を知らされていない。



『次代を担う男子は運命に従い旅立ちを迎える』



 マイノリティーの一端であるウィルは前日、今代の【星見】デネヴに呼び出されて、つい今しがたの出来事が起こると告げられていた。

 レイフィールの性格や思考、境遇をよく知るウィルからしたら遅かれ早かれ帝都を飛び出すであろうとは考えるに難しくないことであったものの、日時や時間、一時的に潜んでいた隠れ家屋までもを正確に言い当てられては流石と言う以外に言葉がない。


「ご武運を……我が君」


 まざまざと力を見せつけたリヒテンベルグ帝国最大の屋台骨に敬意を表すると同時、既に地平の影となり見えなくなってしまった弟とも呼べるレイフィールに向けて胸の内を漏らしたウィルは踵を返すと、彼らとは反対に位置する王城へ向かうべく空へと舞い上がる。




 世界一の強国だと謳われるリヒテンベルク帝国の第一皇子であるレイフィール・ウィル・メタリカンと、運命の魔攻機装ミカニマギアを託されしルイス・エルスマイン。


 世界を激動へと導く二人の旅はこうして幕を開けたのだった。



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