3.黄金と純白のコンビ

 二人が出会うきっかけとなったのは、町中で言い寄られる一人の女性をルイスが助けた事に端を発する。


 その相手たるが非番であった三人の憲兵であり、通りがかりのルイスに軽くあしらわれた事に腹を立て、生身では敵うはずのない魔攻機装ミカニマギアまでをも担ぎ出してしまう。

 それを良しとしなかったルイスも魔攻機装ミカニマギアを纏い彼らを鎮圧しただが、その一部始終をたまたま王宮から逃げ出したレイフィールに目撃されていたのだ。


「アンタがリヒテンベルク帝国の皇子だってのは分かった。命を狙われてるだろうこともな。

 けど、納得いかねぇのは、明らかに強そうな魔攻機装ミカニマギアを持ってるのに、何で俺のモノを奪おうとする?」


 高い市壁ですら見えなくなったところで足を止めた黄金の魔攻機装ミカニマギア。ここは帝都から西へと延びる街道ではあるが、徒歩で行くとなると、隣町に着くまでに日が落ちるのは確実だ。


「お前、魔攻機装ミカニマギア操者ティリスチーになって日が浅いだろ?

 俺のオゥフェンは魔力変換率、機動性、外観、どれをとっても並ぶモノの無い素晴らしい機体だ。

 だがお前の白い魔攻機装ミカニマギアからも同等か、それ以上の底知れぬ力を感じた。だから素人同然のお前ではなく、最上位の操者ティリスチーであるこの俺が有用に使ってやるから寄越せと言ったんだ。

 しかし生意気にも、平民の癖に『嫌だ』と言い張る愚か者がいたから、その身ごと頂いてきたというだけの話だ。

 つまり、お前は俺のモノ。腕輪は諦めてやるから、その代わり、俺と共に来い」


 二人が居るのとは真逆に当たる、リヒテンベルク帝国の東側に位置するアナドリィ王国。

 下火になってはいるものの、長き戦争を続ける二国の国境近くに位置したアリキティスは、戦線におけるアナドリィ王国側の補給拠点として重要な町であった。


「一つ教えてくれ。一月ほど前に壊滅したアリキティスは、噂どおりリヒテンベルグ帝国がやったのか?」


 黒き翼を持つ魔攻機装ミカニマギアディザストロに壊滅させられた町アリキティスはルイスの故郷。アンジェラスの言うように世界を混沌とさせるのがヤツの目的なら、帝国側の仕業ではないだろうと予測はつく。


 しかし、アナドリィ王国はリヒテンベルグ帝国に次ぐ大国であり、戦況が傾きどちらかが勝利すれば世界の三分の一を占める超大国が出来上がる。

 こうなれば残された各国は一致団結、もしくは軍門に下るしか選択肢がなく、世界戦争へと雪崩れ込む可能性が極めて高い。


 それを分かっている両国は、長きに渡り “終わらない戦争” を続けているのだ。


「バカを言え。 確かに戦争をしたがる狂った連中はいる。だが、そんな奴らがたった一夜で町一つを滅ぼすような魔攻機装ミカニマギアを手に入れてたとしたら、今頃アナドリィ王国など存在していないだろ」


 その均衡を崩しかねない “アリキティス事件” は世界中を震撼させた。


 アンジェラスという力を得て相対するも、ディザストロを取り逃したルイス。

 なんの手がかりも無いままに、もしやという思いでリヒテンベルグ帝国を探ってみたものの、犯人とされる黒い魔攻機装ミカニマギアを見た者はおろか、碌な噂も無い状態であった。


「ああ……やっぱり?」


 国の中心人物であるレイフィールならば何かしらの情報をにぎっているかもと僅かに期待してみたのだが、予想通りの答えに肩の力を落とす。


 この広い世界の何処にあるかも分からないたった一つの魔攻機装ミカニマギアを探し当てるのは不可能に近いほどに困難だ。その上、装着されていない腕輪の状態では極めて分かり難いもの。

 手がかりとなるのは身体に密着する黒いスーツに強調された豊満な胸と魅惑的な真っ赤な唇のみ……。


「うーん、そうだなぁ。これと言って行く宛があるわけでもないし、一緒に行くのは構わないけど……これから何処に行くつもりなんだ?」


 よほど意外な答えだったのか、一緒に来いと言った割に首を傾げるレイフィール皇子殿下。その様子に “まさか“ と嫌な予感がしたルイスではあったが、一先ず彼の言葉を待ってみることにした。


「これから?」

「そう、これから」

「…………」

「……考えも無しに国を飛び出したのか? アンタ、馬鹿なのか?」

「うっせー、黙れ!向かう先はキファライオだ。それと、俺のことはレイフィール様と呼べ!」

「あ〜分かった、分かった。今、思いついたんだとよ〜くわかったよ、レーン?」

「何で平民のお前が、皇族である俺を愛称で呼ぶんだっ!」

「皇族って言ってもさぁ、国を追われて逃げ出したんだろ?それなら今はもう身分なんてないわけだ。つまり俺が何と呼ぼうとも、いちゃもんつけられる覚えはないね」


 元々、国を継ぐ意思が無かったとしても、跡目争いに負ける形で帝国を飛び出して来たレーン。

 ルイスの指摘に納得してしまい、反論できずに拳を握りしめた──が、そのとき、悔しさに噛み締めた奥歯から急速に力が抜けると、今は見えなくなった帝都の方角へと顔を向ける。


「……?」


 突然の態度の変化に違和感を覚えて視線を辿るルイス。

 遥か向こうで立ち上る砂埃はほぼ間違いなく魔攻機装ミカニマギアが起こすものだろう。


「チッ、連戦かよ。しゃーねぇなぁ」


 金の腕輪から発した黄金の光が全身を包み込めばレーンの身体は二回りほど大きく膨れ上がる。

 ほどなくして光が霧散すれば、つい先ほど腕輪に戻したばかりの黄金の魔攻機装ミカニマギア【オゥフェン】が姿を現す。


 右手に握るは前後の長さが違う円錐状をした双頭ランス、小盾バックラーが取り付けられた左手を腰に当てて敵を待つ姿は威風堂々たる騎士そのもののようだ。

 滑らかな曲線で形造られる鎧部分と、機械的な直線が特徴的な肩や背中に着けられた付属品。そのバランスは見事なもので、改めて目にする荘厳な立ち姿にルイスは声もなく見惚れてしまう。


「何だよ、宮廷十二機士イクァザムのクセにわざわざこんなところまでお出ましとはご苦労なこった。なぁ、ギヨーム・バレス」


 そうこうしているうちにやって来た十機の魔攻機装ミカニマギア

 正三角形に組まれた陣形の先頭に立つ黒紫の機体が一歩前に出ると、悠然と彼らの到着を待っていたレーンを嘲笑うかのように不敵な態度で胸を張る。


「能力も無いくせにクソ生意気な事だけはいう皇子殿下を正当な理由で八つ裂きに出来る……こんな機会、二度と無いんでね。私自ら立候補して意気揚々とやって来たんですよ」


 全体的にどっしりとした機体は明らかにパワータイプ。膨らんだ両肩には裏側まで貫通する穴が開いており、何かしらのギミックとなっているのが一目で分かる。

 ギヨームと呼ばれた男は両腰に挿した剣を引き抜くと、ブウォンッという魔力独特の音を立てる。すると、切先が地面を向いた二本の剣は炎に包まれ、待ちきれないといった感じで戦闘の意思を露わにした。


「ワクワクしてるのはお前だけじゃねぇぜ?今まで散々舐めた態度をしてくれたツケ、今この場で身をもって払って行けやっ!」


 奴に応えるよう突き出したランスに稲妻が走る。普通は一属性しか操れない魔攻機装ミカニマギアではあるが、レーンの纏うオゥフェンは炎に続き雷まで操ってみせる。


「おいっ、黒髪! 雑魚はお前にくれてやる。俺の従者として相応しいかどうか、そいつらで証明してみせろっ!」


 顎で指されたギヨームの部下。九機全てがモスグリーンの同じ機体で、特色の無いツルリとした、人の身体に鎧を合わせただけのような形をしており、示し合わせたようにお揃いの手斧を持っている。

 唯一の特色は腰に着けられた帯状のギミック。青白い魔力光が漏れていることから、オゥフェンの背中に生える翼のような鉄板【アリベラーテ】の下位版なのが伺い知れる。


 つまり、町を巡回する衛兵等が所持するような、帝国兵の大多数が使用するほぼノーマルに近い状態の量産機。

 帝国を代表する戦力たる宮廷十二機士イクァザムギヨームの直属の部下ではなく、急遽有り合わせで連れてきた部下であるとは見た目に理解できる。


「俺は従者に立候補したつもりはないんだけどなぁ。

 まぁ、旅は道連れと言うしぃ?嫌気が差すまでなら付き合ってあげるよ」


 ルイスの意思により白い光が左手に灯る。それが瞬く間に全身を包み込めば、少しばかり膨らんだ光は役目を終えたかのように風に流され消えて行く。


 後に残るは白い魔攻機装ミカニマギア、白は白でも純白と言えるほどに一点の曇りなき美しい白。

 見た目はモスグリーンの帝国機とさほど変わりはないが、所々に細い金のラインがあしらわれ、穏やかでありながら自然と人を傅かせる威厳ある気配と相まって神秘な雰囲気を漂わせる。


「……なんだ、あの機体は……」


「残念だったな、てめぇの相手は俺なんだろ?おらっ、始めるぜ!!」



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