第一章 星が集いし町

1.金ピカのカッコいい奴

「バカ……おいっ、やめろ! そんなモンで何するつもりだっっ!!」


 にこやかに微笑む金髪碧眼の美男子。だが、その笑顔とは似ても似つかない凶悪なモノを振り上げる様はシュール以外の何物でもない。


「何って……言わなきゃ分からんか?」


 男の指先一つでモーターをフル回転させ、相手を挑発するかのように唸り声をあげる凶器。

 一繋ぎにされた細かな歯が一枚の板の周りを回転し、モーター音が鳴り響く度に『仕事するぜぃっ!』と猛烈なアピールをする。


「察しはするけど、分かりたくはない! だいたいチェーンソーなんてどこから取り出したんだっっ!?」


 頬を痙攣らせるルイス。恐怖に染まった顔に恐怖を上塗りしながら後退り、逃げ出すタイミングを図る。


「どこって、鞄からだが?」


 当たり前のことを聞くなと言わんばかりの小馬鹿にした様子の美男子。

 街中でそんな事をやっていれば人目を惹かぬはずもなく、遠巻きにではあるものの二人の周りには人垣が出来ていた。


「疑問には答えてやった、次はお前の番だ。俺の要望に応えて素直にソレを渡せ」


「いや、だからぁ……」


 美男子が欲するのはルイスの左手に嵌る白いブレスレット。一見するとなんの変哲もないただの腕輪であり、そうまでして強請られるほどの物ではない。


 しかしその実、内包する秘密があり、一月前に手に入れてから今日に至るまではなるべく隠してきたつもりだったのに……感情を抑えきれなかったが故に露見してしまい今に至るのだが、己の軽率さに後悔してももう遅い。

 見るからに身なりの良い格好をした美男子に目を付けられ、唐突に「ヨコセ」と言われてしまったのだ。


 しかし、そうは言われても、物理的に外せない物は例えあげようと思ったとしてもあげることなどできやしない。


「だからも何も、その問題は俺が解決してやろうと言っているのだ。大人しく腕ごと差し出すが良い」


 しかし、このイカレポンチはルイスの腕を切り落としてでも白い腕輪を自分の物にすると言う。自らの腕には小さな宝石のあしらわれた金の腕輪が二つも嵌っているというのに、である。


「人間の腕はトカゲみたいに生えてこないのっ!少なくとも俺の腕は生えないっ、だから無理っ!!」

「生えてこないだと?それは試してみたのか?試した結果、俺の提案を蹴ると言うのか?」

「試さなくても人間の手が再生しない事くらい常識だろうっ!?」


 お供は連れていないようだが、見た感じからしてあからさまにお貴族様。そういう手合いに一般人の常識が通じないのはこの男に限った話ではない。


 己の都合を押し売りする輩、権力に訴えかけられれば何の力も持たない一般市民など簡単に取り押さえられることだろう。そして奴の望み通り、腕を落とされ殺されるのが関の山。

 奴が一人のうちに逃げねばと機会を窺うが、これがまたどうにも隙だらけなようでいて隙が見当たらない。


「お前と問答してる時間は……」


 不意に視線を逸らす美男子。釣られてルイスもそちらを向けば、人集りの向こうに見える灰色の突起が三つ。他者より頭一つ分高いソイツ等は良くも悪くも目立ってしまい、集まった民衆を押し退けこちらにやって来るのがハッキリと分かる。


「緊急だ!どけっ!!邪魔立てする者は執行妨害でぶちこむぞ!どけぇっ!!」


 奴等はこの街の治安を護るべく配置されている憲兵。この男に絡まれる直前にルイスの起こした騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。


「チッ」


 憲兵といえば貴族様の下僕にも値する存在だ。しかし、耳に入る舌打ちに振り向けば、美男子はあからさまに嫌そうな顔をしていた。


「一先ずお預けだ、来いっ!」

「おっ、おい!!」


 突然握られた手は意外にも憲兵とは反対の方向に引っ張られる。

 それは予想外の行動であり、なぜ貴族が逃げ出すのかルイスには理解できなかった。


 しかし今捕まれば犯罪者として奴隷落ちにされてしまう可能性が極めて高い。ルイスとて憲兵に捕まるわけにはいかないのでこれ幸いとばかりに慌ててそれに従う──隙あらばこの男からも逃げ出す腹づもりで。



△▽



 人垣を抜ければそこまで人通りは多くない。手を引かれて走るというのは非常に走りにくく、石畳のくぼみに何度も足を取らて転びそうになる。


「手を離せ!走りにくいだろうっ」

「そんな手に乗るか!俺からも逃げるつもりだろう?黙ってついて来い!」


 人通りの少ない裏路地、勝手知ったる庭のように迷いなく駆けて行くが『コイツ本当に貴族か?』と疑問に思い始めたとき、一軒家の扉を無造作に蹴り開け連れ込まれてしまったルイス。

 そこには誰かが住んでいる気配などはなく、薄暗くて物音のしない寂れた家屋。誰もいないことに少しばかり安心し、壁に背を預けて乱れた呼吸を整える。


 意外にも足の速かった美男子、これからの人生に関わる事だとはいえ十五分もの全力疾走は辛いモノがあった。


「何でアンタまで憲兵から逃げるんだ? アンタ、貴族だろ?」


 外の様子を窺うように意識を集中させていた美男子に小声で話しかければ、宝石のような碧眼がルイスに向けられた──かと思いきや、素早い身のこなしでルイスに覆い被さるではないか!



「うぇっ!?」



 顔のすぐ横に突かれた左肘、十センチまで迫る作り物のように整った顔……その体勢は主に男性が女性を口説き落とすときに使う “壁ドン” という手法。

 美男子は当然のように男であるが、ルイスもまた正真正銘の男である。


「お、お、お、俺っ!そういう趣味は……」

「知らなかったとはいえ憲兵をぶっ飛ばしたんだ、捕まればどうなるかくらい分かってるんだろ?それを俺は助けてやった、違うか?」


 股の間に膝を突き入れられれば目の前の美男子をどうにかしなければ逃れられやしない── “股ドン” である。


 相手は貴族、この場を力任せにねじ伏せて逃げ出すのは後々を考えると少々リスキーだ。

 この国にいる限り追手は止まず、国外に逃げ出したとてそれが止むとは限らない。


「改めて問う、ソレが外せないとは本当のことか?」


 ルイスの黒い瞳を覗き込むエメラルドのような瞳。冷や汗を垂らしながら逃れようとするが、すぐ後ろは壁で塞がれており逃げ道などはない。


「近い!近いって!! それに関しては何度も本当だって言ってるだろ!? 気が付いたら腕に着いていたんだっ。どうやって着けたのかも俺は知らない! 分かったら離れてくれ!」


「フム…………」


 男に迫られ叫び出したい心境。しかし今それをすれば、せっかく憲兵を巻いたのが無駄になってしまう。

 今のルイスには『早く離れろ!』そう願いながら解放を待つしか選択肢が無かった。


「この俺でも知らない特別な事情がありそうだな。

 それならお前、俺のモノになれ」


 これでもかというほどに見開かれるルイスの目、我が耳を疑うものの現状がそれを否定する。



──俺のモノ!? それは、つまり……



「じょっ、冗談じゃねぇ!お貴族様の遊びに付き合ってられるかっっ!俺は女が好きだっ、男は無理!!!!」

「ばっ、バカ野郎!そういう意味じゃ……」


 ハッとした表情を見せた美男子に腕を握られ外へと連れ出された直後、轟音と共に今までいた家が崩れ落ちる。


「クソッ!何故ピンポイントで居場所が……チッ」


 細い路地の両側には灰色の鎧を纏った憲兵が二人の行手を塞ぐように待ち構えていた。

 幸いな事に距離は空いている。だがその分、数が増えていたのはいただけない。


「レイフィール殿下、貴方にはアシュカル第二皇子殺害未遂の容疑がかけられております。逃げれば逃げるほどそれを認めているのと同じになりますよ?

 此度の罪が冤罪である事を証明する為にも大人しくご同行ください」


 瓦礫の中から現れたのは一際目立つ銀の鎧を身に纏う男。

 磨き上げられた鏡のように光を反射する眩い鎧は、先程追いかけて来ていた灰色の鎧を纏う憲兵とは一線を画していた。


 各パーツを縁取りするかのように全身に施された細い金色のライン、美術品として飾られていても違和感がないほどに立派に見える。


 そして灰色と明らかに違うのは、背中から生える一対の翼のような板。

 地面を向く端の部分が青白い光を灯し、機動力を上げる為の魔法が発動状態であることを示していた。



 彼らが身に纏う鎧は【魔攻機装ミカニマギア】と呼ばれる特殊なモノ。

 筋肉の形を模した金属製の鎧は、肘から先、膝から下の見た目は一般的な騎士の纒う全身鎧と然程の相違がない。


 だが、大きく違うのは胴体部分。


 背中側は操者ティリスチーを包み込むようにあるのに対し、前側には金属部分が一切無いので生身が剥き出しの状態なのだ。


 高さが二メートルもある半機械仕掛けの装甲は、ベースとなる機械部分に埋もれる形で装着する為に “身に付ける” と言うよりは “乗り込む” という表現の方がしっくりきたりもする。


 組み込まれる魔導回路により操者ティリスチーの体内を巡る魔力を魔法へと変換することのできる魔導兵器。

 また、魔法を使わずとも魔力により強化される身体能力は絶大で、生身の人間が束になって戦いを挑もうともほぼ負けることはない。


 この魔攻機装ミカニマギアを纒う “機士” の登場により町の警備はおろか、国家間の戦争の在り方は大きく様変わりすることとなった。

 より強力な魔攻機装ミカニマギアを開発し、より優れた適性を持つ操者ティリスチーを確保する。こぞって競い、争うこと五十年。未だ戦火は燻り争いは絶えぬが、それでも落ち着きを見せ始めたのがここ数年である。



「ウィル、俺は何もやっちゃいない」

「そんな事は分かっています、だからそれを証明しなさいと言っているんじゃないですか。逃げたら向こうの思うツボなのですよ?レーン」

「戻ったら戻ったで罪を着せられ消されるのがオチだろ?だったらそんな面倒はしねぇ」

「しかしっ!」

「しかしもカカシもねぇんだよ!

 だいたい、皇帝なんて面倒くせぇ立場、欲しければくれてやるってんだ。そんなことも直接言えねぇような陰湿な弟を持った俺は不幸だねぇ。

 つーっわけで、俺は旅にでも出る。邪魔するならお前でも許さない、さっさとそこ退けやっ!」


 金の腕輪から放たれる金色の光、それが美男子──レイフィールの全身を包み込む。

 次の瞬間には粒子と化して風に流れる光の粒達。その下から現れたのは装甲部分が金色に染められた黄金の魔攻機装ミカニマギアであった。



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