地獄のような夏の始まる日
祟
会戦
水平線から日が昇る。
神官たちが涙を流して太陽神に祈りを捧げていた。
これが人が見る最後の光になるかもしれぬと嘆きながら祈り続ける。
絶望の夏はそんな光景から始まった。
照りつける朝日が祈りに応えるように海岸に集まる兵たちの鎧を輝かせた。
人類軍の最精鋭たちが遺棄された鎧を装着して海岸に集まっていた。
それは、幾たびもの敗戦を生き残った敗残兵の集まりだった。
侵略者に追い詰められた人類は、最後に残された極東の小さな島国に集まった。
人種や年齢を問わず、武器を持ち戦える気概を残す戦力が海岸に結集していた。
彼ら彼女らの瞳は暗く、捨て鉢な笑顔を浮かべながら海を眺め続ける。
潮の匂いがきつく広がり、兵たちの鉄と汗の匂いが口内まで広がっていく。
緊張感が最大まで浸透した時、明るく輝く海に黒い影が浮かび上がった。
人類の敵、海の深淵から世界を蹂躙しつくした軍勢が姿を現した。
「イルカが攻めてきたぞっ!」
監視塔に居たレンジャーが声を張り上げた。
陸上服を着けてタンクを背負ったイルカ部隊が海の中から姿を現した。
海の底で文明を築いたイルカたちが光線銃を乱射しながら攻め上がってくる。
それまで沈黙を守っていた軍勢が一斉に動き始めた。
海岸線に作成していた防御陣地から猛然と弓矢の射撃を開始する。
イルカの背負うタンクを狙い撃ち、次々と海へと追い返してく。
瞬くうちに数百を超える撃退報告を数えた。
それでも恐ろしい数のイルカたちが海から出現して飽和攻撃を続けてきた。
兵が海の家と呼び親しむ鉄壁の防御陣地がイルカの光線銃を受けて溶けていく。
イルカは頭の良い生物である。
エコーロケーションで防御陣地の弱い部分を定めて集中して突破してきたのだ。
火線の弱い部分を集中して進んできたイルカたちが海岸を抜けようと迫りくる。
防衛部隊の悲鳴に耳を傾けていた隊長が、震える声を抑えながら命令を下した。
「魔法部隊に法撃要請。制圧開始」
寄せ集められていた魔法使いたちが雷撃を放った。
防御陣地の薄い箇所の奥には火力が集められ、キルゾーンが形成されていた。
進出してきたイルカたちに弱い雷撃の嵐が浴びせられる。
人類側の罠にはまったイルカたちが、きゅーきゅー鳴きながら撤退していった。
これなら何とかなるかと隊長が息を吐いた時、全軍が息をのんだ。
切なげな声を上げながら、一頭のイルカが海岸に倒れる。
矢を体に受けたイルカの一体が活動を停止した。
イルカに恨みを持った兵のひとりが、命令を無視して凶行に走った。
彼は元漁師だった。
絶望する隊長の元に下士官から報告が入った。
「イルカの殺害を確認しました。作戦は失敗です」
「……そうか。ここが死に場所だな」
隊長は晴れ晴れとした笑顔を見せて、震える兵たちを見た。
「よくやった! 俺が先頭を行く! 奴に一矢報いるぞ!」
下士官の背を叩き、以後の指示を投げ捨てた隊長は海に近い場所まで進んだ。
イルカたちが撤退した後の海から大きな影が迫ってくる。
海の中から巨大な牧羊犬が出現した。その場にいた全員の頭の中に声が響く。
「なぜ殺すのですか? 可愛くて頭の良い生物を殺すと世界中から嫌われますよ」
巨大な圧力を持った海の犬が話しかけてきた。
大きく口を開けて毒ガスを放ち始める。
人類の敵。海の守護者を自称する犬が、極東の島国を滅ぼそうとしていた。
隊長が拳を振り上げ、全軍に命じた。
「これは生存競争だ! 全軍突撃せよ! 最後の人間の意地を示すのだ!」
弓矢が飛び交い、毒ガスが海岸を、人を削る。
怒号と悲鳴の叫び声が上がり続ける。
そこは海辺の夏。地上の地獄。夏の地獄を最後に笑って過ごす人間たちがいた。
夏が終わり、数千年先の未来では文明を持ったカニが地上を支配していた。
地獄のような夏の始まる日 祟 @suiside
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