3、土曜、翌週


 土曜。

 バー「ナナコ」に現れた真田の姿を見て、一同は愕然とした。

 顔はガーゼを包帯で留められ、その下から無惨に膨らんだ青あざが覗いていたからだ。

「ど、どうしたんだ、その顔?」

 洋行帰りの中田が派手な銀色シルクのスーツ姿でびっくりして訊いた。

 真田は半分閉じた目で一同を見回した。

 派手な中田と、ものすごく気まずい顔をした高橋と、ママと、ユキエと、ヒナコ。

 中田が怪しい素振りの高橋を責めた。

「おい、おまえ、真田に何したんだよ?」

 高橋は、

「すっ、すまん!」

 と手を合わせて真田を拝んだ。そうっと顔を上げ、

「昨日、さんざんここに来いって、会社でも言ったし、電話もしたし、メールもさんざんしただろう?」

 真田は昨日一日、何をするにもまったく上の空だった。酔っぱらった以上に昼間の記憶なんて全然ない。生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。

 高橋は中田の責める視線に身を縮めながら助けを求めるように真田に説明した。

「だからさあ、ここに来たところで、チャンチャン♪って種明かしするつもりだったんだよお? おまえさあ、まあだ、昨日、金曜日がなんだったか、思い出さねえか?」

 むっつり黙っている真田に、高橋は今度は中田に助けを求める視線を送った。中田は、

「しょうがねえなあ」

 と、カウンターの中に立っていたユキエちゃんを呼び出すと、なんと、大胆にブチュ〜っとキスした。唇を離すと照れながらも誇らしそうにして、

「思い出したか?」

 と言った。反応の鈍い……実はショックで固まりながら包帯で表情が分からなくなっていたのだが、真田を見て、中田は呆れ返った。

 真田も脳裏にチラッと閃くものがあった。

 中田はクリスマスかエイプリルフールと間違ったようないかれたスーツ姿をし、ユキエもお揃いと言えばお揃いの、体にぴったり張り付くようなシルクのアジアンドレスをまとっていた。それも、ブチュ〜っと破廉恥なキスをされて、怒るどころか嬉しくて堪らないように頬を染めている。

 中田が言った。

「昨日の午後の便で帰国して、夜こっちに帰ってきて、昨日は俺の誕生日だ」

 あ、という顔をする真田を見て、ようやくかと、呆れて笑った。

「先週おまえらをここに連れてきて、彼女を紹介しただろう?」

 中田はシルクのぴったりしたユキエの細い腰を抱き寄せている。

「さりげなく俺たちがお付き合いしてるって匂わせたら、酔っぱらったおまえが絡んできて、ママがちょうど来週お誕生日よねえ?なんて言うもんだから、おまえ、ちょうどいい、出張先でウエディングドレス買ってきて、誕生日に婚約してしまえってわめきやがってよお。最初はうるせえよって迷惑してたんだが、まあ、その、なんだ、ユキエも、そうしてくれたら嬉しいなみたいな顔して、それで俺も、よおしここで決めるか! って、決心したんじゃねえか?」

 そう…………だった…………。真田もすっかり思い出した。すっかりいい気分で帰宅した真田は、酔っぱらっている自分を自覚し、忘れないように、わざわざカレンダーに二重丸で印を付けたのだった……………

 すっかり忘れていた。

「な、なんだよお。おいこら、高橋! じゃあおまえなんだって俺に呪いのサイトなんて嘘を教えた!?」

 高橋は悪がりながらへらへら笑った。

「だってよお、おまえがすっかり忘れてやがるから、ちょっとからかってやろうと思ったんだよお? すぐに思い出すと思ったのによ、おまえ、全然思い出さねえんだもん、いったいどこまで思い出さねえのか見極めてやろうと思っちゃったんだよお。それで、おまえがこの店に向かったもんだから、ママに電話で話を合わせるように頼んだんだよ」

 ママもごめんなさいと真田を拝んだ。火曜の夕方のことだ。

「おまえ、俺の後をつけてやがったな?」

「だってよお、面白れえんだもん」

 へらへら笑っていた高橋も、顔中怪我した真田に睨まれて慌てた。

「いやいや待てよ。そもそも呪いのサイトを言い出したのは、ヒナコちゃんだぜ?」

 真田が視線を向けるとヒナコはちょっと魔女っぽい顔を真剣に青ざめさせて

「そんなつもりじゃなかったんだけど……、ごめんなさい」

 と謝った。高橋がかばうように続けた。

「あの後、すっかり二人のお祝いムードで盛り上がって、二人をからかって、実はユキエちゃんはすごく嫉妬深くて、浮気なんてしたらたいへんよ?って話になったんだよ。そこでヒナコちゃんが、そうそう、そういえばネットでこういう話があってね、って、『呪いのサイト』の話をしたんだよ」

 ヒナコはうなずいた。高橋が補足する。

「おまえが悪いんだぜ? おまえが、じゃあ俺はヒナコちゃんにプロポーズしちゃおうかなあ?なんて調子よくからむもんだから、いい加減ヒナコちゃんも迷惑してそういう女の怖い話をしたんだよ。そうだ! 酔っぱらいのおまえが悪い!」

 と、高橋は責任転嫁したが……記憶がないほど飲んで酔っぱらった自分が悪かったとも思わないでもなくて、真田はむっつり悶々とした。自分としては友人のおめでたい話が嬉しくてついつい羽目を外しすぎたと思いたい。今見比べてもやっぱりユキエの方が断然かわいくって、友人に対する嫉妬もあったのかも知れないが。

 そのせいで、こんなに馬鹿げたひどい目に遭ってしまった。

 真田はため息をつき、ようやくカウンターの席に着いた。

「分かった。俺が間抜けだったよ。もういいや。中田。ユキエさん。えーと、じゃあ、ご婚約おめでとう?」

「おう、サンキュー」

「ありがとうございます」

 二人は揃って幸せそうな笑顔になり、真田は本当に、ま、いいか、と思った。

「さあさあ、じゃあ今日はお店、貸し切りだから、好きなだけ飲んでちょうだいね?」

 ママが景気よく言ったが、真田は口の中まで傷だらけで、

「お印のビール一杯でいいや」

 と、苦く笑った。


 その夜遅くまで、店からは愉快な笑いが響いていた。






 月曜。

 真田のパソコンとスマホにはおかしな迷惑メールが殺到していてまいっていた。

 先週水曜の夕方から、ネット上のありとあらゆる「呪いのサイト」にアクセスしてしまった。焦りまくるあまり、セキュリティーは思い切り甘くなっていた。こっちのメールアドレスはだだ漏れで、変なウイルスにも感染してしまったらしい。

 こりゃあ専門的なメンテナンスが必要かと、手間の掛かる作業にうんざりしたため息をつかされた。



 金曜。

 思い切ってパソコンとスマホを専門店に出して全面的にメンテナンスしてもらい、痛い出費となり、この夕方引き取ってきた。

 幸せ顔の中田と悪びれた高橋からまた「ナナコ」へ飲みに誘われたが、真田はまだ傷が直りきらず断った。まあ、全快の暁には二人におごらせてうんと飲みまくってやろうと思う。

 アパートに帰ってきた真田は、うんと薄めた焼酎のお湯割りで我慢し、さっそくパソコンとスマホのチェックをした。問題はなさそうだった。


 やはり怪我のせいか、シャワーを浴びると食事もそこそこに、ひどい眠気が差してさっさと布団に入って眠ってしまった。

 夜中、0時45分。

 真田は何かの気配に目を覚ました。

 テーブルの上に開いたノートパソコンの画面が光っている。

 閉じたと思っていたが、眠くて閉じ忘れていただろうか?

 それにしてもとっくにスリープしているだろうに、何故画面が点いているのだろう?

 真田は布団から起き上がり、パソコンの動作を眺めていた。メンテナンス後で、何かソフトの更新をしているのだろうかと思った。

 暗い中電子的なメロディーが鳴ってギョッとした。

 今度はパソコンの隣に置いたスマホだ。

 中田か高橋が電話をかけてきたのだろうか?

 真田が設定していたメロディーとは別の呼び出し音だ。

 呼び出しはじきに止まった。

 しかし、パソコンの画面とスマホの画面が、同時に真っ赤な光を放った。

 真田は布団から抜け出し、両方の画面を覗いた。



   サワコです。


   あなたの次の人間がサイトを次の人間に見せませんでした。


   一つ前のあなたは1週間以内に別の人に見せ直してください。


   でないと、




     おまえも殺すぞ!!!!!????  』



 パッと画面が変わり、パッ、パッ、パッ、と恐ろしい形相で事切れたような、あの居酒屋の三人の男たちの写真が映った。

 画面が真っ赤に戻り、じわっと、こちらを睨み付ける恐ろしい女の顔が浮かび上がった。

 真田は歯をカチカチ言わせた。

 女は真田を睨み付け、パソコンとスマホは、同時に切れた。

 真っ暗になった部屋で、真田は心臓をドクドク鳴らして、呆然と固まっていた。

 パソコンとスマホ、両方にウイルスが残っていた?

 いや、ウイルスはウイルスでも、これは機械的に除去できる種類のウイルスではないだろう。

 しばらくして、布団に寝直した真田は考えた。

 中田と高橋、どっちに見せてやろう?

 パソコンとスマホ、両方に届いたのだから両方に見せてやろうか?

 見せるのは、中田とヒナコでもいい。あの二人は、邪魔だ。

 真田は体にぴったり張り付いたアオザイ姿のユキエを思いだして、ニヤリと悪い笑いを浮かべた。

 俺はやっぱり、彼女が欲しい。

 そうだ、俺は「呪いのサイト」を探していたんだ、このために。



 終わり



 2011年10月作品

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