2、火曜、水曜、……、金曜


 バー「ナナコ」はキャバクラなんかが並ぶきらびやかな通りとは別の、薄暗い裏通りの、小さな店の集まった中の一軒だった。来てみると、確かに来た覚えがあった。

 カララン、とベルを鳴らしてドアを開け、

「こんばんは」

 と入ると、テーブルが二つの狭い店にお客の姿はなく、カウンターの中もママが一人で立っていた。

「あらいらっしゃい。また来てくださったのね? 嬉しいわ。今日は、お一人?」

 さ、とカウンターの席を指し、うふふ、と妖艶に笑った。ママは40手前くらいか、背の高いモデル体型で、つぶらな瞳に頬がふっくらしてなかなかかわいらしい人だ。

「ああいや、えーと、まあ、じゃあビールを一杯だけ」

 話を聞くだけのつもりだったが、お目当てのヒナコもユキエもいなくて、一対一で微笑みかけられては断るのも気後れして、けっきょく真田は椅子に座って一杯だけとビールを出してもらった。つまみはピーナツだけもらい、

「女の子たちは?」

 と訊いた。ママはすねたふりをして笑い、

「ごめんなさいね、まだ時間が早くて来てないの」

 と謝った。確かにまだ6時を回ったばかりで、この手の店には早いだろう。

「ヒナコちゃんは、何時に来るかな?」

 そう訊いた途端に、ママはハッとした顔になって、慌てて困った愛想笑いを作った。

「ごめんなさあい。ヒナコちゃん、もうここ、やめちゃったの」

 え? と、真田は顔を強張らせた。

「そうなの? いつ? なんで?」

 抑えられず性急に訊くと、ママも困ったように言った。

「ほらあ、お客さん、金曜日に来てくださったとき、あの子、お客さんに変なことお願いしたでしょう? 気持ち悪い呪いのサイトとか言う」

 真田はゴクリとつばを飲みながらうなずいた。

「それでね、お客さんたちが帰った後、あの子を叱ったの。そうしたらいきなりキレちゃって、『ママはわたしに死ねって言うの? ふざけないでよね! こんなしみったれた店、やめてやるわ!』って、そのまま出ていっちゃって、それっきり。しみったれた店で悪かったわよねえ? 失礼な」

 ママは笑い、真田もお愛想にはははと笑った。

「最近の子って分からないわねえ。電話したんだけれど全然出なくって。昨日も来なかったし、本当にやめちゃったみたい。ほんと、困ったものねえ」

 ため息をつき、同情を誘うように笑った。真田は笑顔を引きつらせた。

 肝心のヒナコがいなくなってしまったのでは手がかりはもうない。

 諦めるよりない。

 いや、そもそも呪いなんてありゃしないのだと、また自分に言い聞かせるしかなかった。

 引き留めるママに「またね」と断って、真田は店を出た。



 水曜。

 昼休みになると真田は高橋に追いすがるようにして問いつめた。

「おい、なんでもいいんだ、呪いのサイトについて、覚えていること教えてくれよ?」

 高橋は驚き、どうしたんだこいつ?と気持ち悪そうに真田を眺めたが、その必死な様子に迷惑そうにしながら考えた。

「えーーとな……、とにかく俺たちは見てねえからなあ……。ああいや、嫌がる俺たちに、おまえが自分で教えたんだぜ?」

「えっ!? なんて?」

 八方ふさがりの中の光明に真田はますます必死に追いすがった。高橋は眉をひん曲げてえーと…と思い出した。

「期限は七日…… その間に誰かにそのサイトを見せて……そう、名刺をクリックすること」

「名刺?」

「ああ。そのサイトの主はホステスなんだと。で、名刺をクリックすると…………後は聞いてねえや」

「おいっ!!」

「しょうがねえだろう? 俺たちは嫌だって言ってるのをおまえが無理矢理聞かせるからよお、こっちはそんなんでも呪われちゃたまらねえもん」

「他に、他に俺は何か言ってなかったのか?」

「えーと……、ピンクの名刺で……、名前は………ううーーん………」

「なっ、名前は!?」

「さ……」

「さ?」

「さ………だ?」

「さだ?」

「いや、さ…………ま…………」

「さま?」

「ううーーーーん…………」

「・・・・・・・・・」

「悪い。思い出せない」

 思い切り力んでいた真田は、くう〜〜、と天を仰いだ。

「悪りい。多分聞いてない」

「いや、まあ、いいや……」

 真田は自分を落ち着かせ、ポンポンと高橋の肩を叩いた。高橋は疑わしそうに真田の顔を覗き込んだ。

「おまえ、マジで呪いのこと信じてんのか?」

「ハッハッハッハッハッ」

 真田は寒々と笑い声を上げた。

「いやいいんだよ、高橋君。ちょっと、な。ちょっと、その、野次馬根性がわいただけだよ」

「顔色、思いっきり青いぞ?」

 バシバシと肩を叩いた。

「平気だってばさあ、高橋くん!」

 真田は乾いたわざとらしい笑い声を上げながらテーブルにつき、ぼろぼろご飯をこぼしながら弁当を食べた。

 向かいに座った高橋は、そんな真田に声をかけようかかけまいか迷い、けっきょく無言で弁当を食べた。


 終業後、アパートにまっすぐ帰った真田は、パソコンに向かい、

「 呪いのサイト 見ると七日後に死ぬ ホステス ピンクの名刺 」

 と打ち込み検索した。

 結果はごまんと出てきた。

 真田はそれらしい

「見ると呪われます」

 というサイトを片っ端から見ていった。

「違う、違う、これでもない、これも違う、違う、違う、違う」

 夜中を過ぎても真田はおどろおどろしい「見たら死ぬ呪いのサイト」を見続けた。

 違う、違う、これも違う、と言い続けながら。



 金曜。

 夜、真田はにぎやかな居酒屋のチェーン店にいた。

 テーブル席に一人つき、ビールと、適当に焼き鳥を注文して、スマホで一心にネットのホームページを閲覧していた。

 問題のサイトはまだ見つかっていない。

 自分がそのサイトを見たのはどうやら1時半頃のことらしい。

 現在時刻は0時を回ったところ。後、1時間半。

 この店は2時までの営業だ。

 その時が来てどうなるのか? 心臓が止まるのか? 頭の血管がぶち切れるのか?

 血塗れか、ずぶ濡れの女でも現れるのか?

 いすれにせよこれだけにぎやかな人の多いところにいれば、なんとか死の危機を逃れられるかも知れない。

 いや、それよりも、カモはたくさんいる、早くサイトを見つけて、誰でもいい、時間が来る前に、さっさと見せるんだ!・・・・

 違う、違う、違う、と、いったい何百件の「呪いのサイト」を見て回ったことだろう? 訳の分からないハングルだの中国語だののサイトまで見てしまった。いったい世の中にどれだけの呪いのサイトが存在することか!!

 違う、違う、ちが・・・・・・

 いい加減毛細血管が破れて目から血の涙を流しそうになりながら、今開いたホームページに、画面をたぐる親指がガチガチに固まり、ブルブル痙攣した。黒地に目がチカチカするピンクと紫の文字が並んでいる。




  いらっしゃいませ。ここは呪いのサイト、


    サワコの部屋


  でございます。 』



 サワコだったかああ!! と、真田は心の中で叫んだ。



  あなたは一度訪れた方ですね?


  それはつまり、お友達をお連れくださったということですわね?


  嬉しいわあ。


  サワコの名刺をお受け取りください。 』



 ここはまだいいんだよな?と思いながら「→」の矢印を押した。



  サワコでーす。


  裏に(エッチな)写メが

  貼ってありまーす。


  見て(触って)ね? 』



 と赤字で書かれたピンクの四角が現れた。

 ふっ、ふふふふふふふ、と真田は唇を歪めて笑った。

 見つけた、とうとう見つけた。これだ、これが、俺の探し求めた「呪いのサイト」だ!!


 真田は席を立つと、ついたてで仕切られたとなりのテーブルへ向かった。

 三人の男たちがテーブルいっぱいに料理の皿を並べ、わいわいと盛り上がっていた。

「ねえねえお兄さんたち」

 真田は赤く興奮した顔に思い切り好色な笑いを浮かべて話しかけた。

「面白い物見つけちゃったあ〜〜。ちょっと見てみ?」

 男たちはなんだこの酔っぱらい?とあからさまに迷惑な顔をしたが、酔っぱらいは自分のスマホを差し出しているので、(エッチな)とあるし、顔を見合わせ、しょうがねえ酔っぱらいだなあと、近くの奴がピンクの名刺にタッチした。


 ピンクの名刺に赤い滴がパチパチ広がり、真っ赤に染まると、恐ろしい目つきでこちらを睨み付ける女の顔が現れた。


「な、なんだこれ!?」

 男たちはギョッと顔をしかめた。

 文字のスクリーンが下りてくる。




  わたしはサワコ。キャバクラでホステスをしていました。


  わたしには愛する人がいて、その人にわたしのすべてを貢いできました。すべてです。


  しかし、わたしは裏切られた。


  わたしに銀行から多額の金を借りさせて、それを猫ばばしてわたしの前から姿を消した。


  もちろんわたしは彼を捜した。しかし、彼がわたしに言っていた住所も、名前も、勤め先も、すべてでたらめだった。


  わたしに彼を見つけだす術はない。


  多額の借金だけが残り、わたしはこの体を売るしか返済の道はないだろう。




  あの男が憎い!!!!!!!




  わたしは必ずあの男を見つけだし、復讐する、なんとしても!!!!!!!


  これを見たおまえ! 次の人間に必ずこのサイトを見させろ!!


  必ず、1週間以内にだ!!!!


  あの男にたどり着くまで、絶対にこのリレーを途切れさせてはいけない。


  もし1週間以内に次の人間にこのサイトを見せなければ、




  おまえを殺してやる!!!!!!!




  いいな? 絶対に、絶対に、あの男に辿り着かせるのだ。


  いいな?




  分かったな!!!!!?????  』




「なんだこれえっ!?」

「てめ、バッカやろう、よくもこんなもん見せやがったな!?」

 激高した男のパンチが真田の頬に飛んだ。

 慌てた店員が止めに入ったが、怒り狂った男たちの気は収まらず、真田はボコボコに殴られ、蹴られ続けた。

 それでも真田は、

 これで俺は助かったぞ、と、

 笑っていた。

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