最終話『追放者たちはみんなで幸せになるようです!』
ここは森の中。
黒装束をまとった少年が野盗を追い詰めていた。
「あんッ?……テメェが漆黒かぁッ」
「そッ……そうだ! オレが漆黒。悪を喰らう赤き悪魔――全ての悪の敵だ!」
「へぇ……そうかぁ? だけどよぉ……漆黒くん。……おめぇ、詰んでるぜ」
一人だけではなかった。
草むらに隠れ潜んでいた8人の野盗が姿を現す。
狙われていたのは野盗の方ではない。
少年の方だった。
「漆黒ねぇ……ひひっ。テメェの首は金になりそうだなぁ」
「オレは構わないッ! だからおまえ達がさらった人達を。解放しろッ!」
「アホかオメェ。オメェも、あいつらも。おしまいだよ。まぁ……男は売ってもたいした額で売れねえ。クビだけ貰うぜ。――死ねッッ!」
男は子供に向かって大ナタを振るう。
少年は覚悟を決め、目を閉じる。
いつまでもその刃は降りることはない。
……何故なら。
「えっ…………ど…………どういう?……こと」
目の前の大ナタの男は首から上が消えていた。
少年の体に……前かがみに倒れる。
「………クビがッ……クビから上が、……無いッッ」
少年を取り囲まんとしていた野党の軍勢。
目を開いたら……首から上が……無い。
まるで糸の切れた操り人形のように倒れる。
「………目を閉じていた時間は、一秒。一体何が?」
ゆらりと
黒い服。赤い幾何学模様の入墨。
…………間違いない。――本物の赤き悪魔。
悪を喰らう、共喰いの鬼。漆黒。
「……ひっ……ぁ、……悪魔」
「そうだ、少年。赤き悪魔、漆黒だ」
目を閉じていたので何が起きたのかは分からない。
だが、なんらかの魔術? で一瞬で殺した。
9人……。いや隠れていた3人と見張り2人。
あわせて15人が一瞬で首なしの死体に。
「あなたが……オレを助けてくれたのですね……あなたが、……あなたこそが本物の――正義!」
「違う。…………大ハズレだ。思い違いをするな、少年。命を奪う行為。それは、正義じゃねぇ」
そう。だから漆黒は正義を掲げない。
「だけど。その行為で……多くの人達が救われています。ならばそれは、……それこそが正義のはずですッ!」
「少年。漆黒は悪魔だ。悪を殺すのは飢えを満たすため。……悪人の魂を喰らうのは俺にとって食事に過ぎない」
「オレは……あなたに憧れ、赤き悪魔の物語を知り、同じ―――正義になろうと……!」
「駄目だ」
「オレの魂を捧げます。だから……オレをあなたのおともにッ!」
「少年。貴様の魂では飢えは満たせぬ。二度と漆黒を、
「でも……オレは……許せない! アイツラが……ッ」
「そうか、……ならば剣を抜け。己が力を示せ。その剣で斬り伏せてみせろ」
「――――いきます。あなたを殺す。オレが引き継ぐ漆黒を。覚悟を」
「やってみせろ」
少年は剣の柄を握りしめる。
彼の磨き上げた必殺剣。
鞘から抜剣、横一文字に斬り結ぶ。
鞘のなかで加速した剣が放たれる。
一対一なら負けるはずがない。
「…………あ…………」
「どうした。小指一つで防げたが。漆黒を騙るか」
「……っく。オレの完敗です。……喰らってください。オレを」
彼の正義への想いは本物。
だからこそ危うい。
遠からず破滅の道へ進む。
それを見過ごせるはずなど。
「いらん。少年。俺はグルメでな。黒く染まった魂しか喰わぬ」
「…………オレは。……弱い。だから……だれも救えず、正義にもなれないッ」
「正義とはこころの在り方だ。力の強さとは関係がない」
「だけど、オレの力ではあの野盗を倒せなかった」
「人を救いたいのであれば殺傷以外の道もある。それとも、貴様は悪を斬る名目で人を斬りたいのか」
「……断じて。そのような」
知っていてあえて問いを投げかけた。
何か理由があるのだろう。
「ならば、
「赤き悪魔の贄……悪党のことですか」
「そうだ。俺の
「……はっ! 決して、そのようなことはしませんッ」
「よい。ならば悪党の罪状、居場所を紙に書け。そして、王都近くの温泉村に自生しているリンゴの木の枝に吊るせ。どの木でも構わぬ」
「…………なぜ。リンゴの木に?」
「俺はグルメでな。悪人の魂とリンゴしか喰わんのだ」
「魂以外も……食べるんですね」
…………その質問が来るとは思っていなかった。
この男はウソがあまり上手ではない。
だが、気合で乗り切るだろう。
「それは……まぁ、……食べる、時もある。ぞ? リンゴは赤い。人の心臓に似ている。……体にも良い。甘くて美味しい。だから、魂以外を食べても問題――ない」
「…………? なるほど。確かに一理ありますね。勉強になります!」
(悪魔はリンゴが好き。生前読んだ漫画に書いてあったしなぁ……たぶん変なことは言っていない、はず。堂々と言いきれば信じてくれる、はず。……リンゴの木の枝に吊るして欲しい理由。俺が村に住んでるから。それ以外の理由はない。最近は商売大繁盛で王都に顔を出す余裕もないしなぁ……現実問題。村の近くじゃないと紙巻き付けられても目を通すのムリっす)
「うむ。まぁリンゴ以外は食べない。もちろん人肉も食べない。安心しろ」
「――あさすが赤き悪魔。深いですッ! 必ずや贄を捧げましょうッ! リンゴよりも美味しい黒き魂を。貴方の供物に捧げることを誓います」
「…………くれぐれも、ムリはするな。自分の生活を最優先にしろ。不必要に危ない事をすることを禁ずる。赤き悪魔との約束。誓えるか」
「わかりましたッ! オレ絶対に
「……いや、殺っては駄目だ。頼むぞ。誓いだぞ。少年?」
「任せてくださいッ!」
「うむ。まぁ……気持ちは伝わった。少年」
「さすが赤き悪魔。人の心を見通す能力は有名ですもんねッ!」
「……えっ心とか読むの? なにそれ怖い。赤き悪魔ヤバいね。マジで?」
「はいッ! 赤き悪魔は人の心を読み、黒き魂を喰らう。有名ですッッ!」
「あぁ~……アレね。うん。知っている。いや、思い出した。千ある能力の一つ。そうそう。アレね? 心を読む、心眼っていう能力なんだけど。あー。人の子に知られちゃってたかぁ。……うむ。俺は貴様の心を少し読んだ。チラッとね?」
「――――さすが漆黒ッ! さすが赤き悪魔ですッッ!」
憧れで光り輝く少年の瞳。
少年にとってはユーリは勇者よりも
「少年。悪を憎み、正義に憧れる。それは人として立派なことだ。だがな、少年。貴様は人だ。人ならば、悪魔とは違う方法で人を救えるのではないか?」
「……オレにできるのは剣を振るうこと。それだけです」
「……ならば、冒険者では駄目なのか。人を害するのは魔獣も同じだ。それで救える者たちも居るはずだ」
「……それでは救えない人達がいます。……いました……だからオレはッッ」
「………………」
「…………救いたかった! オレの妹を……力がなく……救えなかった、だから憎い……許せない!」
少年の肩に手を置く。
悪魔らしくない振る舞いだと知りつつ。
その顔があまりに苦しそうだったから。
奪われなお黒く染まらぬ魂。
少年の心の強さに敬意を示したかった。
「辛かったな」
「……ッ……」
「少年よ、貴様の気持ち、理解した。ならば殺傷で救う事は、俺に任せろ。俺が貴様に代わり、黒き魂を喰らい尽くそうぞ」
「でも……では……オレは……何をすれば……」
この男も、漆黒と同じなのだ。
愛する肉親を奪われた。
その怒りが彼を駆り立てる。
だが、それは正道ではない。
お天道様に恥じない生き方を。
そんなことを考える。
「同じような痛みを抱える者たちに寄り添う。心を救うという生き方もある」
「…………考えたこともありませんでした。ゆっくり考えます」
「それでいい。ゆっくりでいい。焦るな。正道を進むのだ」
「はい。ない頭で考えてみます」
「うむ。頑張れ。森は足場が悪い。帰路はご安全にな?」
「はい! ありがとうございます!」
*
「ユーリさん。お疲れさまでした。このハンカチ使ってください」
ユーリはハンカチで顔をぬぐう。
赤いペイントが落ちる。
今は自壊式は使わない。
この赤い模様は塗料。
リンゴの皮と謎の赤い虫を潰し作った塗料。
多少、かゆみはあるが、概ね問題ない。
風呂に入れば元通りだ。
「いやぁ、まいった。まさか、漆黒に憧れる者が現れるとはねぇ」
「赤き悪魔の物語。この半年の間で、随分広がりましたね」
「……半年かぁ。俺にとってはまるで昨日の事のように感じるぜ」
「私も同じです。長いようであっという間でした」
「俺たちは村の再建とかイロイロあってバタバタだったからな」
「はい。忙しかったですが、……とても楽しかったです」
「ははっ、そうか。そりゃ嬉しい言葉だぜ」
少し間をおいてアルテが口を開く。
「ユーリさん、さっきの木陰から見てました」
「……俺、赤き悪魔、うまくやれてたかね?」
「はい! ユーリさん。最高にかっこよかったですよ」
「あんがとよ。アルテ」
アルテはユーリを抱きしめる。
ユーリはポンポンとアルテの頭を軽く触れる。
「好きです。ユーリさん」
「ああ。あんがとよ。俺も、好きだぜ」
今のユーリなら気持ちに応えられる。
自壊式で余命間近の頃とは違う。
生きてその責任を負うことができる。
だから、それが嬉しい。
「あー。まーたアルテ、あたいのパパに抱きついてるっ!」
ルナがあらわれた。
「アルテ。また。抜け駆け。ダメ絶対」
テミスがあらわれた。
「テーさんの言う通りですよ。今日はムーさんが当番ですよ」
ユエがあらわれた。
ユーリはにげられない!
……元々はユーリの補佐はアルテが担当していた。
それでは不公平ということで日替わり制になった。
今日は、ムーの当番の日だったのだが忘れていた。
少年の一件があったからだ。
『アルテ。ユーリの私的専有は禁じられていますと、わたしは警告します』
ムーだ。随分グラマラスな美少女になったな?
ムーよ。おいムーよ。おまえの胸、ハンパないな。
ムーも俺と同じように肉体を得た。
彼女たちが王都で起こした『奇跡』の副産物。
――それはまた、別の話。
一言で言えば俺たちはテミスの体と同じになった。
月によって転製された。肉の器。
転製自体は、空の器を造るだけ。
その空の器に漆黒を想う者たちが魂を注ぎ込んだ。
これが奇跡の正体。
ムーが実体を持ち転製したのはその奇跡の副産物。
それはそうと。……胸がでかいな。
目のやり場に困る。
……まぁ。見るのだけどね。
今のムーの姿はマキナの母の面影がある。
あの時にムーのセルフイメージが出来上がったのだ。
「(なるほどね。やっぱ、胸がでかいよなぁ……)」
『ユーリ。心の声がもれてますよ』
「……マジ?」
『はい。マジです』
「セクハラ発言、すみません」
『まったく、問題ありません。私はユーリのスキルです。つまり、伴侶。旦那に容姿を褒められたら妻としては悪い気はしません』
「ん……伴侶? いつの間にそんなことになってたっけ?」
『ともに逝こう。死後も君のような可憐な乙女と一緒なら地獄も楽園さ。そう、最後の瞬間にユーリはわたしに告げました。……私は、ユーリのスキルで、良かった』
「おい。ムーよ。記憶がバグってるぞ? 俺、そんなセリフ言ってないからな?」
「おい。ユーリ。おい。ユーリ。おい。ユーリ」
「名前を連呼すんなよ。……テー、顔が怖いぞ」
「地獄に行く。それ、わたしへのプロポーズの言葉。忘れた?」
「……えっと、うん。それも、俺絶対言ってないぞ?」
「ユーリ。絶対言った。『テミスを愛している。我が妻となれ』。そう言った」
「そんなキザなセリフ言わないし、俺は『我』とか言わないからね?」
「いいえ。わたしは。間違えない。なぜなら。――月だから」
「月かぁ……月ねぇ。でかぃねぇ。器が」
「はい。正妻なので。貴方の」
混沌とした戦場に現れる救世主ユエ。
一番の常識人。そして同性だ。
ユエは俺の味方だ。万軍の助成に値する。
「いやいや。ユーリさんも大変ですね。僕はユーリさんの味方です!」
「……さすがユエ。頼りにしてるぜッ!」
「はい! さらに今の僕は、異性に転性することも可能です」
「…………。…………。はい?」
「僕は、
「なるほど? えっと、ちなみに今はどっちの方で?」
「今の僕は女性です。分かりませんか、違いが?」
「…………すまん。えーっと……全然違いが、分からない」
「大丈夫です。僕が女性であることを証明する方法は……今日、僕の部屋に来てください。僕の違う一面をユーリさんにお見せしますよ。僕の新たな
「え?! 俺の性別まで変えられちゃうの? なにそれ怖い」
「全てを僕に委ねてみましょう。何も怖いことなんてありませんよ? ユーリさん」
「うん。……ユエ。すでになんか、怖いんだけど?」
「わはは。パパはあたいのモンだぁっ! そしてあたいは――パパのママだぁっ!」
「ルナルナは親友。ユーリの第二夫人になることを裁定者の名において許す。でも、正妻は……テミスちゃん」
『いっそダンジョン内に大きな家を建て、そこでみんなで暮らしましょう。わたしはユーリの一番の理解者。全員がユーリの妻になることを認めます』
「あの……ムーさん?」
『大丈夫です。すべて分かっています。わたしはユーリのスキル。つまり、正妻みたいなものですよね?』
「つまり、――相棒、みたいな?」
『つまり、――正妻、みたいな?』
アルテがユーリの手を取り駆ける。
「ユーリさん。行きましょう。愛の逃避行です!!」
おわり
**************************
最後までお読みいただき誠にありがとうございます。
これにていったん、本編は完結です。
アルテとユーリはそのまま逃避行はしないのでご安心を!
なんだかんだで村に戻り仕事を再開します。
ユーリと彼女たちとの間にこの後も修羅場はなく、
みんななんだかんだで楽しく仲良く暮らしましたとさ。
王都で奇跡を起こすために尽力した少女の話。
王都の後日談。随時追加していきたいと思います。
ユーリ、シャドウ、エッジ、マルマロ、
アルテ、テミス、ルナ、ユエ、ムー、マキナ。
みんな最後の瞬間まで幸せに暮らしました。
引退した最強処刑人はハグレ者達と仲良くやります~法で裁けぬ巨悪に鉄槌を!~ くま猫 @lain1998
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