第13話
暗闇の中、一輝は極度の疲れを感じた。
自分は今何をしていたのか。
確か、リングの上で、パンチを喰らった。
硬く強い拳。
顎にめがけて撃ち込まれた拳。
どうやら、しばらくの間、自分が気を失っていたと分かった。
全身の力が地の底に吸い取られているように感じた。
このまま眼を開けずにいたい気分にもなった。
妙に周囲がうるさい。
一輝は眼を開けた。
天井の電灯が眩しく眼をくらました。
すると、父親の顔がぼんやりと視界に入った。
「おう、一輝目が覚めたか」
「イッキぃ・・・・大丈夫か???」
石川の声も聞こえた。声の方を向くと、石川は心配そうに一輝を見下ろしていた。
「ああ、もう大丈夫や」
なんとか一輝は上半身を起こし立ち上がろうとした。
「いたた・・・」
顔がはれ上がりジクジクと痛みが走った。
松波が手を貸して一輝を起き上がりやすく引っ張りあげた。
「一輝よ、お前、素人にしては、なかなか、ええ根性してるぞ」
松波の向こうには浅倉がいた。
浅倉は若干、ひねくれた、悪ガキの様な表情をしていたが、立ち上がった一輝に近づき、一輝の肩に手を置いた。
「見てみろ、俺の顔・・・・」
一輝は浅倉の顔を覗き込んだ。
よく見ると、右目の下や左の頬に痣が出来ていた。
「素人に、こんな顔にされたんや、このまま黙っている訳にはいかんな・・・・」
一輝は、また浅倉の拳が飛んでくるのではないかと、警戒した。
浅倉は鼻で大きく息を吐いた。
「お前、いつからジムに来るねん?」
「え?」
「お前、ボクサーになるんやろ?」
「あ・・・ああ、まぁそうしたいけど」
といって、一輝は父の顔を見た。
一輝は意外と気を使っていた。
ボクシングジムに入門するには入会金、月謝などがかかるからである。
「おっちゃん、こいつ、一輝ちゅうんか?・・・・一輝を入門させたってくれ!」
と、浅倉は父である健一に向かって、入門を進めた。
「まぁ本人次第やけどな」
浅倉の顔が明るくなった。一輝の入門を楽しみにしているようだ。
すると背後から会長の声が聞えた。
「おい坊主・・・・」
「はい」
一輝は答えた。
「今日は、ほんまに面白いもん見せてもらった。お前さえ良かったらやが、一か月間、体験入学させたるわ」
「ほ、ほんまですか?」
すると、浅倉は笑顔で一輝の肩をまた叩いた。
「おう、この顔を殴った代償は大きいぞ、俺もしっかり鍛えて、今度は1ラウンドでKOしたるからな!」
そう言って笑いながら浅倉は後ろへ下がり、鏡の前でシャドーボクシング始めた。
去り際の浅倉に、一輝は礼をした。
「ありがとうございました!!」
すぐそばにいた、ガタイのいいボクサーも一輝に応援の言葉を送った。
「確かにひどいボクシングやったけど、お前はええ根性しとるわ。頑張れよ!」
「はい!」
そういって、ガタイの良いボクサーもパンチンググラブを嵌めて、サンドバッグを叩きはじめた。
「会長、ほんならお世話になります!」
と、一輝は自ら、ボクシングジムの入門を希望した。
「一輝、余計なことは考えず、思う存分ここで鍛えてもらえ!!!」
父親の健一は一輝に、家計の心配をさせまいと、そう言った。
「やっぱり、一輝は凄いなぁ・・・・俺も応援させてもらうで!!」
「おう、ありがとうな・・・・」
親友の石川の言葉に、更に一輝は決心を固めた。
松波は一輝の決意を確かめたのち、ジムの奥でシャドーをしている浅倉に指をさした。
「お前との、スパーリングで浅倉の弱点、つまり、あいつ自身のこれからの課題も良く分かった。体力面、特にガードが下がる癖、デビュー前にそのことが分かったことが何より今日の収穫やった」
松波はトレーナーとして、改めてこれから育てる選手の課題を見つけた。今後ボクサーがどの様に成長するかはトレーナーの腕にもかかっている。
「浅倉自身も今日はえぇ経験になったやろう・・・・」
松波は浅倉を眺めて呟いた。
「ほな、帰ろうか!」
健一はジムのみんなに向かい一礼して、ジムの出入り口へと向かった。
「今日はありがとうございました!!」
一輝も石川もジムの皆に一礼して、その場を去った。
足も、背中も、扉を開ける腕にも力が入らないほど疲れていた。
鼻はじんじんと熱をおび鈍い痛みを感じ、顔中もパンパンに腫れあがり左瞼も塞がりかけていた。
辛く、苦しく、疲れて、痛い。
しかし、一輝の心の中にはふつふつと
今までにない充実感。
一輝は、もうすでに、闘いたくなっていた。
完
ラッシュ! 成海 要 @yokukakureiwa
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