転生者チート規制法案~異世界に魔王が生まれた理由~

寝る犬

異世界転生者チート規制法案

 自分が他の人と違うと気付いたのは、3歳のころ。

 ふとした瞬間によみがえる、知らない世界、知らない自分の記憶。

 電車、パソコン、飛行機、テレビ、電子レンジ、スマホ。

 今自分が生きているこの世界には存在しない様々なものたち。

 知らない父親、知らない母親、知らない恋人。

 そんな自分が転生者であることを知ったのは6歳になったある日。

 隣の国に転生勇者が現れたという噂が、街中でささやかれた日のことだった。


 ◇ ◇ ◇


「ロートカイル、今日も早いな」


「やぁカカトゥ。それはそうさ、あの法案についても大詰めだからね」


 朝、いつものように議員宿舎の玄関を出たところで、親友のカカトゥオイデスに声をかけられた。

 王立学院を卒業し、国会議員になって初めての夏。

 途中の屋台でサンドイッチを買って、ぼくらは王国議会への道を歩いた。


「しかし、ほんとに通るかね、あの法案は」


「通さなきゃいけない。人間にはとても太刀打ちのできないあの力は、法律できちんと規制しなきゃいけないんだ」


「でもなぁ、相手は転生勇者だぜ? チート持ちの。お前の言うとおり、人間はどうあがいても転生者には勝てない。それに、議員の中にも家族の命を救われたものがたくさんいる。正義の味方を人間が規制するなんておかしいと、世論もそっちに傾いてる」


「わかってるさ。でも転生者だって神じゃない。選択を間違えることだってあるんだ。そうならないために、ちゃんと力を使うためのガイドラインとなる法整備をしなきゃいけないんだ」


 もぐもぐとサンドイッチをほおばったカカトゥは、冷たいコーヒーで喉を湿らせる。

 脇に挟んでいた新聞をぼくに放り投げると、小さくため息をついた。

 ぼくは一面に視線を走らせる。

 そこには大きく「チート規制法反対」の文字が躍っていた。


「その新聞だけじゃない。どの新聞もだいたい同じような論調だ。あの転生勇者さまは、ほんとに聖人君子そのものだからな。俺たちの常識を覆して、国ですら『人の命は世界よりも重い』っていうあの言葉に追従したくらいだ。彼を法で縛るなんてとんでもないと、みな思ってる。まぁかくいう俺もだ」


「……あの転生者がいかに聖人君子だからと言って、次の転生者もそうだとは限らないじゃないか」


「次の? あの勇者以外に転生者が生まれるとでも?」


「あぁ、そうさ」


「あり得ないだろう。あの勇者が異世界から転生したのは神の奇跡だ。奇跡はめったに起こらないからこそ奇跡なんだぜ」


「そうかな。みながありえないと思っているところに起こるからこそ、それが奇跡なんだとぼくは思う」


 王国議会の周囲は、こんな朝早くから「チート規制法反対」のシュプレヒコールを上げる人々でごった返していた。

 扉の前の警備員へ、ぼくらはバッジを見せて、中に入る。

 背後で閉められた重い扉は、まぶしい朝の光をさえぎり、ぼくたちを薄暗い中へと隔離した。


 ◇ ◇ ◇


「それでは、チートの使用をすべて転生者の思うがままに許可するというのですか?!」


「当然だ! 逆に聞くが、ロートカイル議員、キミは転生勇者をどうやって取り締まるというのかね?! 力のないものが権利ばかりを主張するのはみっともないとは思わんか?!」


 アガシジィ議員の声は大きく、王国議会に響いた。

 周囲から大きな拍手が沸き起こる。

 視線の端に、カカトゥオイデスも拍手をしているのが見える。

 ぼくは奥歯をかみしめ、机に両手をついた。


「我々は王国議会を取り仕切る国会議員です。文官です。王国議会は力ではなく、知性と正義により法をつかさどる最高機関であり、唯一の立法機関のはずです。力のあるなしではなく、何が国や国民にとって有益なのかで決めるべきです」


「国や国民が何を求めているかだって? それはキミ、表に出てみたまえ。国民の大半はこの『チート規制法』を不要だと思っている。現実を見なさい」


 アガシジィ議員が答弁を終え、両手もろてを上げて万雷の拍手に迎えられながら席へ戻る。

 ぼくはただ、うつむいてそれを見ていた。


「ロートカイル議員、席に戻りたまえ」


 議長がぼくにも席へ戻るようにと促す。

 それでもそこを動かずにいたぼくは、最後に発言を求めて手を上げた。


「ロートカイル議員、手短に」


「はい」


 大きく深呼吸して、ぼくは周囲を見回す。

 大声でヤジを飛ばしていた議員たちは、ぼくの目に射すくめられ、やがて静まり返った。


「みなさん、ぼくはたとえ転生者であろうとも、法に従うべきだと考えています。その考えは今も変わりません。しかし、国の最高機関である王国議会が、転生者のチートをいかなる場合でも合法であると認めたことも、わたしは尊守致します」


 ふぅっと小さく息をつき、ぼくは天井を見上げる。


「……ぼくはこの国が好きです。でも――」


 つむった両目から、一筋の涙が流れた。


「――もう、ぼくを縛る法はない」


 瞬間、周囲に炎が渦巻いた。

 炎の柱が王国議会の高い天井を吹き飛ばす。

 天まで届く劫火ごうかは少しずつ大きさを増し、議員たちを焼き尽くした。


「ロートカイル!」


「カカトゥ」


「ロートカイル、お前まさか!」


「そう、ぼくも転生者さ」


「なぜだ! じゃあなんで転生者の力を規制しようだなんて――」


 ぼくの親友、カカトゥオイデスの声はそこで途切れた。

 もうどの消し炭が彼だったのかもわからない。

 ぼくはどんどん大きくなる火柱を引き連れて、王国議会の外で騒いでいる民衆の方へと足を向けた。


「カカトゥ。ぼくは本当にこの国を好きなんだ。この国が定めた法律も、その法律を守って暮らす国民も、本当に大好きだった」


 魔法を射出する警備員へと手をふる。

 炎の翼が大きく広がり、辺り一帯を焼け野原に変えた。

 逆の手を振る。

 王国議会の外の国民が数百人単位で燃え尽きるのが見えた。


「でもね、この強大なチートの力も、とても魅力的だった。だからこの国の……美しいこの国の法律で、チートを規制してほしかったんだ。法律さえあれば、ぼくは正しくその法を守って穏やかに暮らせた。……暮らしたかった」


 ぼくの流す涙はすぐに蒸発し、やがてぼくは自分が泣いていたことも忘れてしまった。

 三日三晩ぼくは王都を焼き、焼け野原で糸が切れたように眠る。

 目覚めると、炎を崇拝する魔術師の一団と、そいつらが使役する魔獣たちが、ぼくに向かってこうべを垂れていた。


 ◇ ◇ ◇


 あれから2年。

 王国の土地はすべてぼくの所有するところとなった。

 転生勇者たちは、いまだぼくの元へたどり着くこともない。


 ぼくの作る美しい法律を守る、美しいぼくの国。


 その法には、魔王ロートカイル以外のものがチートを使うことを規制する、チート規制の法が定められていた。


――了

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