最終話 永遠にともだち

★★★(佛野徹子)



「何故だぁ、俺はソニックビースト……瓶子法久だぞ……これは……なにかの間違いだぁ……」


 瓶子はまだ死んでいなかった。

 半獣半人の生首状態で、自分の状況を受け入れない戯言を吠えている。

 さすがキュマイラ。


 でももう、意味ないけどね。

 早く死んだら? 


 アタシは、足を振り上げた。


「くたばれ」


 残されたハヌマーンの力を使い。


 急加速で思い切り踏み抜いて。

 瓶子の頭を木っ端みじんに粉砕した。


 これで、終わり。


 ……勝てた。


 アタシは勝利を自覚し、崩れ折れるように腰を下ろす。


 血に汚れた、下着姿のまんまで。


 戦って、分かった。

 こいつ、アタシらより格上だった。


 一人じゃ、絶対に勝てなかった。


 全部、彼のおかげだ。

 作戦を全部立ててくれて、アタシに忍ちゃんの仇を討たせてくれたのは、彼のおかげ。


 向こうで、部屋の備え付けの椅子を引っ張り出して、休憩している彼を見た。


 彼を……下村文人を……




「すまん。ちょっと、脱いでくれるか?」


 いきなり言われた時は、ビックリした。

 何でそんなことを言うの? って思ったから。


 でも、彼の顔は別に欲情してるように見えなかった。

 勝てないかもしれない戦いに赴く前に、性欲を解消したいとか、そういうのじゃ無かった。


 だから、アタシは黙って従った。


 戦闘服をさっさと脱いで、下に着ていた白のスポーツブラと、パンツ姿になった。


「全裸がいいかな?」


「悪い。頼む」


 ……別にさ、はじめてじゃないわけなんだよね。

 これまでも、童貞の真面目系の男の子と寝るときに、男の子の前で裸になってきたからさ。


 だから、慣れてるはずなんだけど。


 すごく、ドキドキした。

 彼の前で裸になるの、はじめてだったから。


 何が違うのかな? 


 スポーツブラを下にずり下げて脱いで、パンツも下ろして。


 アタシは素っ裸になった。いつもの居間の真ん中で、アタシは素っ裸で男の子の前で突っ立っていた。

 アタシ、身体のラインには自信あったから、みっともないって気はしなかったけど。


 彼の視線を感じて、心臓が早鐘を打った。


 何でなんだろう? 


 何故、彼はこんなことを頼んできたのか。


 ぐるぐる回りながら。アタシの身体を隅々まで見るように観察し。


「OK。もういい」


 そう、彼は言った。


 何がよ。

 そう、ツッコミながら、許可が下りたので服を着ていると。彼は割りばしをひとつ、台所から持ってきて。


 錬成した。


 彼の腕の中に、素っ裸のアタシが居る。


 ……え? 


 まるで眠っているようだった。

 生気が無いけど。


 アタシが……もう一人? 


「……なんとか、成功みたいだな。どこから見ても、お前だし」


 そして、下着を身に着けた状態で固まっているアタシを見て、再度、それを錬成した。


 今度は、下着姿のアタシ。

 やっぱり、眠っているよう。


 これは……? 


 アタシの視線に応えて、彼は教えてくれた。


「人体錬成。まぁ、生きてないから肉体錬成って言った方が正しいか」


 彼は別に誇らしげでも無く、事実を言うようにして、続けた。

 彼曰く、肉体錬成したアタシの身体を、床に下ろして、その出来栄えを確かめながら。


「これが奥の手だ。これを完璧にやるために、お前の全裸を見ておく必要があったんだ。……ごめんな。脱がせてしまって。嫌だったろうけど」


「モルフェウスって……こんなことまで、出来るの……?」


 絶句する。想像もしてなかったから。


 何とか口に出来たのがそれだった。


「出来そうだな、って思ってたからな。神崎瑠璃絵氏にも散々質問して、可能性を確かめたし、本で読んだ過去事例からでも、出来る目はあると踏んでいたんだ」


 それが今回役に立つ。彼はそう言った。


 作戦はこうだ。

 彼は言った。


 まず、アタシが瓶子に哀願を装い、瓶子がアタシの弱みを握り、肉体関係を強制するように仕向ける。

 で、興奮しきったところを、待機して隠れていた彼が後ろから襲い、仕留める。


 ようは色仕掛け作戦。


 それが失敗した場合、彼とのコンビネーションで、ガチ戦闘で仕留める。


 これがプランB


「で」


 それでも駄目そうな場合、奥の手がこれ。

 プランC。


「疲労をな、感じてきたら、僕に倒れ込んでくれ。それが合図だ」


 まだ体力が残っているうちに、それを合図に体力の限界を装い、煙玉で視界を切った時にコレとアタシを入れ替える。

 アタシはエンジェルハィロゥのエフェクトで、光を屈折させて姿を隠し、彼がこの肉体錬成のアタシを抱いて、まるで動けなくなったアタシを抱いているように装う。


 そして、勝利を確信した瓶子を、アタシが後ろから仕留める。


「多分、騙せるはず」


 何せ、一般にこれを実行したの、僕がはじめてのはずだしな。

 そう、彼は断言した。


 ……この人……すごい。凄すぎる……


 アタシは震えてしまった。


「絶対に、勝つぞ」


 彼の言葉。

 頼もしかった。




 もうだめ。

 もう、抑えらんない。


 アタシは彼に駆け寄った。

 ちょっとだるかったけど、関係ないよ。


 もう、抑えられないもん。


「あやと!!」


 椅子に座った彼に、アタシは縋りついた。


 彼の視線がこちらに向く。

 アタシは言った。


「アタシ、アンタが好き! アンタの女になりたい!!」



★★★(下村文人)



「ううん、そうじゃない! アンタの奥さんになりたい! ずっと一緒に居たいの!」


 ……徹子の表情は、普通じゃ無かった。

 目が爛々と輝き、狂気の色さえ帯びていた。


「でね、でね、結婚指輪は無くていいから、爆弾首輪作って! できるでしょ!? あやとなら!」


 でね、あやとを裏切った瞬間、首輪が爆発して牝豚になったアタシは死ぬの! 

 これなら絶対にアタシ、アンタを裏切らない! だって死ぬんだもの! 名案! なんで思いつかなかったんだろう!? これならアタシも恋愛できるじゃん!! 


 言ってることが、どんどんおかしくなっていく。

 こいつ、本気で言ってる。間違いなく。


「アタシ、何でもするよ!? 何だってやってあげるし、拒否しないよ!? だからお願い! アタシを選んで!!」


 ……


 僕は、覚悟を決めた。


 本当のこと、言わなきゃな。


「悪い」


 僕は、そう言った。

 それを聞いた瞬間の徹子の顔が、可哀想で見てられなかった。


「それは無理だ」


 時間が停止し、静寂が降りる。


 やがて。


「……なんで?」


 彼女は、言った。

 底冷えする声で。顔から表情が消えている。

 整った顔立ちの徹子だから、鬼気迫るものがあった。


「何が気に入らないの? ……ひょっとして、アンタの奥さんになっても、他の男と寝るとでも思ってる? ……そんなわけないじゃん。アタシ、元々そんなにセックス好きじゃないし。大体、そのための爆弾首輪じゃん」


「そうじゃない」


「……もしかして、処女じゃ無いから? 女のアタシが言うのもなんだけど、処女に価値なんて無いよ。膜なんて、一回破れたら後は一緒だよ」


「違う」


「じゃあ、何でよ!!」


 僕を見上げる彼女の眼には、憎悪が宿りつつあった。


「アンタ、一緒に半年以上生活して、幸せを感じなかったの!? アタシは幸せだったよ!! 毎日、どんどんアンタのこと好きになっていった!」


「それなのに、アンタ、アタシを選ばないんだ!? ふざけんな!! 殺してやる!! 背骨を引き抜いてやる!!」


 僕の身体に指を食い込ませ、怒りの形相で僕を睨みつけてくる。


 ……本当のこと、言わなきゃな。


「……僕だって、幸せだったさ。当然だろ。お前の事、好きだったし。わりと最初から」


 目は逸らさない。逸らしてはいけない。


「仕草の可愛さも好きだったし、妙に純粋なところも惹かれてた。僕に無いところだったからな」


 そう言った瞬間、徹子の表情が、呆然としたものになった。

 理解できなくなったんだろう。


 だったら、何で拒否するの? って。


「お前さ、大事なことを忘れてるぞ」


 ずっと黙ってた。

 だから「お前に友達以上の感情は無い」って嘘を言い続けていたんだよ。

 その理由。


「僕はこれで二人目」


「お前は、これで三人目」


「誰かに命じられたわけでもなく、身を守るためでもない。『憎いから、許せないから』って理由で、僕らは人を殺したんだな」


 彼女の目を見つめ続けて、続けた。


「そんなやつに、愛を語らう資格は無い」



★★★(佛野徹子)



 え……? 


 彼にそう言われたとき。

 自分は、何を言われたのか理解できなかった。


 アタシたちに、愛を語らう資格が無い……? 


「どうして?」


 意味不明だった。


「アンタ、こんなやつ、殺されて当然だと思わないの!?」


 首を失い、背骨を引き抜かれた瓶子の死骸を指さして、アタシは言う。


「思うよ」


「じゃあいいじゃん!!」


「良くない」


「なんで!?」


「……僕らが殺されて当然だと思った相手は、殺していいのか」


 すげえな。僕ら、神様だ。


 ……その一言で、アタシは分かっちゃった。

 彼が、言わんとしてることが。


 アタシらの「許せない」「死んで当然」って。

 結局、アタシらの主観でしか無いんだってこと。


 やったことは後悔して無いよ。

 だって、許せなかったのは本当だから。


 でも、勝手な判断で一方的に他人の命を絶っておいて。


 終わった後に、愛しい人と愛を語らう? 


 ……そんなの、許されるの? 


 思いあがったゴミのくせに? 

 他人に平気で「死ね」とか「殺したい」とか言ってる奴より酷いのに? 


 ……そっか。

 だから、資格が無いのか……。


 悔しいなぁ……


 納得、しちゃったよ……


 ぼろぼろと、涙が溢れてきた。

 だって、反論できないんだもの。

 納得しちゃったから。


「だからさ」


 そんなアタシに。

 彼は優しく言ってくれた。


「友達でいいだろ。人殺しのクズでも、友情くらいあってもいいと思うんだ」


「僕と心通える本当の友達になれるの、多分お前だけだし」


 彼の手が、アタシの髪に触れる。

 だからさ、何で、そんなに優しいのよ。

 気遣ってくれるのよ。


 ……そんなんだから、こんなのになったんじゃない。

 無責任。

 いい加減にして欲しい。


 だったら、このくらい、要求していいよね? 


「……一回だけ」


 アタシが、ポツリというと。

 彼が反応した。聞いてくれてる。


「一回だけ、恋人としてキスしようよ。双方ナイショの思い出で、とっておくの」


 この提案は、受け入れてもらうつもりだった。

 駄目だ、なんて言わせない。


 もし言ったら、これまでの私に対する優しさ、労いの数々を列挙して、追い込んでやるつもりだった。


 男だったら、責任は取るべきだよね。


「……」


 彼は、アタシの目を見て。

 アタシの覚悟を感じ取ったのか。


「分かった。一回だけ、しようか」


 って言ってくれて。


 ちなみに僕は経験ないから、って付け加えてきた。

 やっぱ、童貞だったんじゃない。

 最初に捨てときなさいよ。させてあげるって言ったのにさ。


 ……そのせいで、やりそびれたじゃん。

 アンタと。


 ほんと、ムカツク。


 まあ、童貞だけ捨てたいって言うなら、いつでもさせてあげるけどさ。


 アタシ達二人は、見つめ合って、立ち上がった。


 リードはアタシ。

 だって、彼、経験無いんだもんね。


 アタシはスッと、彼の首に腕を回し、背伸びして彼の唇に自分の唇を重ね合わせ。


 いきなり舌まで入れた。


 さすがに、彼は驚いたみたいだった。


 ……当然だよね。

 一回こっきりなんだから。


 心残りは無しにしておきたいもの。

 このぐらいは認めてもらわないと。


 彼の口腔内を舐めまわすと、彼もぎこちなく応えてくれる。

 なんだかおかしかった。


 オーヴァードとしては天才の領域なのに、こっちはこんななんだ、って。

 ホント、可愛いな。

 また、彼が好きになった。


 ……封印しなきゃいけない気持ちなんだけどね。


 彼と口腔内で深くつながると、頭の中に、イメージが湧いて、消えていった。


 見たかった夢。


 彼と結婚する夢。

 彼の奥さんになる夢。

 彼の子供を産む夢。

 家庭を築く夢。


 流れて、消えていく。


 長いキスが終わると、双方息があがってた。


 彼の唾液が、アタシの唇についてる。

 アタシは、それを舐めとって。


「……初めて、本当に好きな男の子とキスしちゃったよ」


 って言って、笑った。

 本当は、泣きたかったけど。


 だって、もう、できないんだもん。


 ああ……


 彼とは、汚れる前に会いたかったなぁ。

 汚れる前なら、彼と何も問題なかったのに。

 恋人にも、夫婦にもなれたかもしれないのに。


 でも、汚れないと彼と出会えてないんだよね……


 悔しいよ……


 そう思ったらさ。

 急激にこみ上げてくるものがあって、号泣しちゃった。


 彼はまた、質の悪いことに、そんなアタシを優しく抱いてくれた。

 だから、そんなことをしないでよ……


 そのときだった。


『素晴らしい!!』


 アタシたち二人しか居なかったはずの指導教官室に、声が響いたんだ。


 驚いて、見回すと。


 瓶子の死骸の上に、黒い靄が立ってて。

 その靄、人間の顔みたいだった。


 何、これ……? 


 文人が、アタシを庇うように前に出てくれる。


 靄は、攻撃の意思は持ってないみたいだった。

 ただ一方的に、自分が言いたいことを言ってくる。


『その憎悪、恨み、呪い、そして殺しに対する姿勢、全て私の美学に合致する!』


 靄は続ける。


『お前たち二人を、是非我がセルに迎え入れたい!! この我が「闇の虎」セルに!!』


 これが。

 後でずっとお世話になる闇の虎セル・セルリーダーの「先生」との出会いだった。

 アタシらは、ここで養成所卒業後の行き先を決められたんだ。




 そして。


 それからずっと、文人とは仲良くやってる。

 支え合う友達として。


 仕事では「相棒」「相方」って呼び合ってるけどね。


 その日、仕事の明くる日。


 いつものように学校の制服のブレザー姿で、ファミレスで彼とダベる。


 今のアタシは、17歳。

 高校二年生だ。


 養成所では黒髪だったけど、今は金髪。

 染めている。

 こうした方が人払いできるかなと思って。


 容姿もだいぶ牝豚化が進んできて、鏡を見るたび血は争えないなと嫌になるよ。


「そういやさ」


 アタシは言った。彼の向かいの席で、アイスコーヒー(無糖)を飲みながら。


「ん?」


「来海仁君。覚えてる?」


「無論」


 本を読みながら、彼は答えてくれた。

 ああ、覚えてくれてたんだ。


 ……ちょっと、嬉しかった。


「彼、どうなったのかな? 何か知らない?」


 ちょっと調べようと思ったんだけど、上手く行かなくて。

 そう言ったら


「ああ、見事『グリーンビートル』ってコードネームとって、卒業後の就職先も決まったらしい。かなり優秀なんだとさ」


「へぇ」


 良かった。

 彼には生き残って欲しかったもんね。


「ちなみに、どこのセル?」


「軍神の娘(ハルモニア)さんのとこのセル」


 あぁ、そこだったら無茶させないから、幸せにいけるかも。

 まぁ、ちょっとセルリーダーが甘すぎるから、そこのところが不安ではあるけど。


「良かったね」


「どうかな? 僕としては、あいつ、セルリーダーにセクハラして追い出されないか心配だわ」


 あいつ、絶対年上好きだから。

 そう付け加えてきた。


「そうなの?」


「お前に抱かれるたびに、あいつは性的に興奮していた」


 涼しい顔でそう言う文人。

 よく覚えているね。


「そりゃ、思い出だからな」


 思い出というキーワード。


 アタシは、ナイショの思い出をふと思い起こして。

 自分の唇に触れて、小さく微笑んだ。


 彼を見つめながら。


(了)

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FHチルドレン養成所の話 XX @yamakawauminosuke

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