第五章 二十話 「後退不可能」

「まだ着陸できないのか!」


 眼下の敵にAR-18を撃ち込みながら、サンダースは苛立った声でパイロットのハル大尉に叫んだ。


「無理です、少佐!敵の対空砲火と砲撃が激しくて、今降りたら撃墜されます!」


 致命傷ではないものの、既に数十発の弾丸を受け、弾痕だらけになったブラックホークを操縦しながら叫び返したハル大尉の声を聞いたサンダースは舌打ちとともに今度は傍らの無線手から交信機をもぎ取ると、ソリッチ少佐が操縦するA-10対地攻撃機との回線を繋いだ。


「ソリッチ!サンダースだ!敵の砲撃が激しく、我々が地上に降りて、ブラボー分隊を回収することができない!弾着の観測から砲撃地点を割り出して、敵の榴弾砲を潰してくれ!」


 無線に叫びこんだサンダースの必死の声を強化ガラスとチタニウム合金の装甲に包まれたA-10のコクピットで聞いたソリッチは、


「着弾から割り出して、砲弾を撃ってきた大砲を潰せだって?俺らは弾着観測機じゃねぇんだぞ!」


と毒づいたが、同じく戦闘空域を飛ぶもう一機のA-10のパイロットとの無線回線を開いたのだった。


「トム!アルファ分隊のイカれ野郎から頼み事だ!砲弾を撃ち込んでくる敵の榴弾砲の位置を割り出して黙らせろだとさ!」


「榴弾砲の発射位置を割り出すなんて……、俺達を観測機と思ってんのか?」


 もう一機のパイロットもソリッチと同じ不満を漏らしたが、やらなければ仲間が死ぬのも事実だった。


「それはそうだが、これは奴らへの貸しだ!やらなきゃ、下の奴らは全員犬死にすることになる!行くぞ!」


 そう言って無線の交信を切ったソリッチが両足のの間の操縦桿を傾けると、特徴的なフォルムの機体に大量の兵装を搭載したA-10サンダーボルトは機体を殆ど上下逆さまにするようにして傾け、敵が砲撃陣地を敷いていると思われる方角へと飛翔して行ったのだった。





「クソ!無線が壊れてる!」


 硝煙の中から突撃してくる敵にストーナー63LMG軽機関銃を掃射しながら毒づいたアールは隣でマークスマンライフルの単連射を放つイーノックの脇に転がり込むと、


「大尉と無線を繋げ!」


と叫んだ。


 片手でHK33を撃ちつつ、命令された通りに隊内無線を開いたイーノックの数メートル脇に前方から硝煙の中を滑空してきたB-40ロケット弾の弾頭が突き刺さり、HEAT弾の炸裂がアールとイーノックのすぐ側で応射の火線を張っていた南ベトナム軍兵士の体を吹き散らた。肉片と血を含んだ土砂が頭上に降り注いでくる中、イーノックの小型無線機に取り付いたアールは隊内無線に叫んだ。


「大尉!大尉!私です!アールです!戻ってきました!」


 すぐ脇でイーノックのHK33が激しい銃声を轟かせる中、骨伝導イヤホンを通して、ウィリアムの声が帰ってくる。


「アール戻って来たのか?今どこだ!」


 この半日の間に起きた想像を絶するような出来事のお陰で数年ぶりに聞くような錯覚のする分隊長の声にアールは左手で小型無線機の骨伝導イヤホンを耳の下に押し当てたまま、右手で握ったMk22 Mod0 "ハッシュパピー"を突撃してくる敵に向かって発砲した。


「現在、北側の防衛線で敵と交戦しています!」


「イーノックはどうした!」


 ウィリアムの声に傍らでマークスマンライフルを単連射するイーノックの顔を一瞥したアールは再び隊内無線に叫んだ。


「すぐ側にいます!」


 無線に叫ぶアール、そしてイーノックも前方から圧倒的な数と戦力で攻め込んでくる敵の猛攻に後方へ撤退したかったが、後方には遥か彼方から撃ち込まれてくる砲弾が雨のように降り注いでおり、そうすることはできなかった。


 弾倉の空になったMk22をホルスターに戻し、片手で戦闘ベストから外したV40ミニグレネードを前線へと投げつけたアールだったが、小型手榴弾が硝煙の中で炸裂したのを確認する余裕もなく、隊内無線に必死で叫んだ。


「そちらに向かいたいですが、敵の砲撃がきつく、後方に下がることもできません!」


「分かっている!サンダース少佐がソリッチ少佐の対地攻撃機に敵の砲撃陣地を破壊するように命令した!敵砲撃陣地の殲滅と同時に後方に撤退しろ!我々も後方に退く!」


 隊内無線から聞こえてくるウィリアムの声もアールと同じように必死で叫び声の向こうには無数の銃声と爆発音も聞こえており、アールは分隊長も厳しい状況に追い込まれていることを悟った。


「了解しました!」


 そう答え、イーノックに骨伝導イヤホン付きの小型無線機を返したアールは傍らのストーナー63LMGを構え直し、硝煙の中で煌めく敵のマズルフラッシュに向けて、フルオートの引き金を引いたのだった。





「リー!アーヴィング!応答しろ!」


 熱帯樹の根本に出来た窪地に身を隠したウィリアムはイーノックと合流したというアールとの交信を終えると、今度は北西側の防衛線を守っている二人の部下にも隊内無線で交信を呼びかけたが、返答が帰ってくることはなかった。


(戦死……)


 悟った事実は重かったが、まだ生きている部下と傍らのユーリを守らなければならないウィリアムには部下の死そのものよりも、北西側の防衛線が完全に破られたことに対する衝撃の方が大きかった。


 今はまだ前方だけで済むが、その内、側方や後方からも攻撃されることになる……。そうなる前にソリッチ達が敵の砲撃陣地を破壊してくれなければ、砲撃で分断された各防衛線は戦力を結集することのできないまま敵に包囲され殲滅されるだろう……。

「手遅れになる前に頼むぞ……!」


 上空のソリッチ達に独り言ちたウィリアムは傍らのユーリに身を伏せさせるとともに、隠れていた木の根本から身を乗り出し、M16A1を敵に向けて単連射した。


 上空からの猛攻を受けたためか、装甲車や戦車の姿はなくなったが、代わりに迫撃砲とロケット弾による攻撃が激しくなり、すぐ近辺にも次々と着弾の火柱が立ち上がる中、ウィリアムはジャングルの中を突撃してくる敵の兵士に向けて、一人一発ずつ迎撃の銃撃を放ったのだった。

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