第五章 十九話 「戦士達の最期」

「伏せろ!弾に当たるぞ!」


 ユーリの頭を押さえて伏せさせながら、後方へと引っ張っていくウィリアムの上空を、高度を下げて飛行するUH-60が飛び去り、M134ミニガンの掃射が防衛線を抜けて、二人に近づきつつあった北ベトナム軍兵士の一団を葬り、サンダースのAR-18から放たれた銃弾がユーリに背後から飛びかかろうとしていた民族戦線兵士の頭を撃ち抜いた。


 猛烈な機銃掃射で後退を援護してくれるブラックホークを見上げ、次いで後ろを振り返ったウィリアムはユーリを地面に屈ませると、後方に向けてM16A1を構え、追撃してくる敵に五.五六ミリ弾の単連射を撃ち込んだ。


 後退する味方の南ベトナム軍兵士に紛れて突撃してくる敵兵士だけを素早い速射で数秒の内に撃ち倒したウィリアムは敵の追撃がないことを確認すると、再びユーリの腕を引っ張って、ヘリコプターが降下可能な後方地点に向かおうとしたが、踵を返した瞬間に上空から響いてきた滑空音を聞くと、反射的にユーリの体の上に覆い被さり、地面に倒れ込んだ。


 一拍遅れて、鼓膜を破るような爆発音ととに二人の数十メートル先の地面がめくれ上がり、大量の土砂が巻き上がった。戦車砲でもなく、迫撃砲でもない……。もっと大きな着弾の爆発を榴弾砲のそれだと察知したウィリアムは茂みの中から立ち上がると同時に傍らで倒れ伏しているユーリの体を起こすと、今度は先程まで撤退して来ていた前線の方へと向かって走り出した。


 敵はこちらの撤退を封じるため、ヘリコプターが着陸できる後方に向かって榴弾砲を撃ち込んできている……。


 瞬時に敵の戦略を見抜いたウィリアムは背後で大型榴弾が次々と炸裂する中、片手で構えたM16A1を向かってくる敵に向かって発砲しながら、味方の巻き込みを恐れて、敵が砲弾を撃ち込んで来る危険の少ない前線に向かって戻り始めたのだった。





 十発近い銃弾を体に受けたのに加え、失った右脚からの大量の出血もあって、意識が朦朧とする中でも照準をしっかりと付けたストーナー63Aを掃射していたアーヴィングだったが、不屈の精神力があっても銃弾が切れてしまっては機銃は撃てなかった。


 合計で八百発近い弾丸を撃ち切って、遂に沈黙したストーナー63Aを放棄し、リーの置いていったM16A1に武器を切り替えたアーヴィングは十メートルほど離れた位置に自分が撃ち倒した民族戦線兵士がM60機関銃を腹の下に据えて死んでいるのを見つけると、満身創痍の体を引きずりながら這って、機銃の元へと近づいた。


「うううう……ッ!」


 四方八方から突撃してくる敵軍の兵士に口から吐血とともに言葉にならない呻き声を発しながらM16A1を撃ち返し、死にかけの動物のようにゆっくりと、しかし確実にM60機関銃のもとへと地面を這って進んで行ったアーヴィングだったが、遂にM16の弾丸も切れてしまい、残された武器は護身用拳銃のブローニング・ハイパワーだけとなった。


 背後に回り、背中にAK-47を撃ち込んできた民族戦線兵士に後ろ手で構えたブローニング・ハイパワーを発砲し、姿を見ることのできない位置にいる敵を何とか撃ち倒したものの、それさえも弾切れになってしまった拳銃を地面に落とすようにして力なく捨てたアーヴィングは最後の力を振り絞って、M60機関銃の元に何とかたどり着いた。


 だが、機関銃の上に覆い被さっていたのは死体ではなかった。アーヴィングの機銃掃射を腹に受けながらも、辛うじて生きていた民族戦線兵士はアーヴィングがM60に手を置くと同時に目を見開き、腰の後ろに回していた右手を目の前のアメリカ人特殊部隊員に向けた。


 モーゼルC96……、男の手に握られた小型拳銃の銃口を見つめ、アーヴィングが己の運命を悟った瞬間、小さな発砲音とともに撃ち出された拳銃弾はアーヴィングの額から後頭部へと頭蓋の中を走り抜け、周囲に鮮血の脳髄を散らしていた。


 十発もの銃弾を体に受けながらも、果敢に戦い続けたアメリカ人機銃手の最期はあっけないものだった。間もなくして増援に来た北ベトナム軍兵士達が各々の銃剣を次々とアーヴィングの死体に突き刺し、敵特殊部隊員の死亡を確認した時には彼に止めを刺したベトナム人兵士も小型拳銃を握りしめたまま、既に事切れて冷たくなっていた。





 アメリカから持ち込んできた装備の中で最後に残った一つであるスティーブンスM77Eショットガンさえも失い、敵から奪ったPPSh-41サブマシンガンを掃射しながら、敵陣の中を駆け抜けていたリーは徐々に周囲を包囲されつつあった。


 後方から敵の分隊に追いかけられ、走って回避した先で今度は右前方三十メートルの位置に現れた五九式戦車から主砲を発射され、滑空してくる戦車榴弾を身を翻してかわした先では左前方二十メートルの位置に現れたM274ミニトラックに車載した一〇六ミリ無反動砲を撃ち込まれたリーは悪態をつきながら、ジャングルの茂みの中に飛び込んだ。


 すぐ真後ろで炸裂した戦車榴弾と数メートル真横で爆発した無反動砲弾が撒き散らす爆風と鉄片の嵐の中、何とか死を免れたリーは地面を転がりながら、回避の姿勢を取ると、再び茂みの中から飛び出し、前方から突撃をかけてくる北ベトナム軍兵士に対して、PPSh-41を掃射しながら突進した。


「死ねるかぁッ!」


 敵が撃ち込んできたAK-47の銃弾を腹に食らいながらも怒声をあげながら、倒れる敵兵士に飛びついたリーは敵の手からAK-47をもぎ取ると、倒れた敵の後ろから更に突撃してきた別の民族戦線兵士をAK-47の銃床で殴り飛ばした。


 銃床を使った殴打の一撃に顎の骨を砕かれ、後ろによろめいた敵兵士とその更にに後ろにいる民族戦線兵士の心臓にAK-47を撃ち込んだリーに今度は背後から左肩に銃弾が突き刺さった。


 背後から襲ってきた鉛の衝撃に前のめりに倒れそうになりながらも何とか姿勢を維持し、逆に転倒しそうになった加速を生かして、後ろを振り返ったリーのすぐ脇を休む間も与えず、一〇六ミリ無反動砲弾が高速で飛翔する。血と汗で霞む視界の中、二十メートルほど離れた位置にM274ミニトラックが搭載した大型無反動砲の砲口を自分に向けているのを視認したリーは叫声とともにAK-47を乱射しながら、ミニトラックに向けて突撃した。


 リーの接近に気づき、無反動砲に次弾を装填する兵士を援護する二人の北ベトナム軍兵士が発砲した五六式自動小銃の銃弾を二発腹に受けても突撃を止めず、甲高い奇声とともにAK-47を発砲して、二人の敵兵士を撃ち倒したリーは続けて、無反動砲弾を装填する北ベトナム軍兵士に飛びかかった。懐に飛び込んできて殴りかかってきた敵特殊部隊員に気づき、傍らの無反動砲に立て掛けていたSKSカービンに咄嗟に手を伸ばした北ベトナム軍兵士だったが、その手がソ連製カービン銃の木製銃身を握った時にはリーが振り上げたAK-47の銃床が兵士の後頭部にめり込んでいた。


「うわァァァァァァッ!」


 森中に響く奇声とともに狂人のごとく、弾切れになったAK-47の銃床を振り下ろして北ベトナム軍兵士の息の根を止めたリーは返り血を拭いながら、傍らのSKSカービンを手に取ると、ミニトラックの車体から飛びのき、V40小型手榴弾を置土産代わりにトラックの上に投げつけた。


 数秒後、車体の上で炸裂した小型手榴弾が無反動砲弾を誘爆させ、M274ミニトラックの小さな車体が炸薬の爆発に飲み込まれて四散したのを背後にしながら、茂みの中で敵の動きを探ったリーは期を見計らって、藪の中から飛び出したが、その左胸を突き破って後方から前方に飛び出した銃弾にリーは再び地面に跪くことになった。


(後ろから?しかし、敵の姿はなかった……。まさか狙撃?)


 その考えがリーの脳裏に浮かんだ瞬間、八十メートル離れたジャングルの茂みの中から放たれた狙撃弾が背後からリーの後頭部に突き刺さり、被弾の衝撃により頚椎が切断されるほどの勢いで首を前に倒したリーの体はそのまま地面に倒れ伏し沈黙した。


 奇襲の狙撃弾により命を絶たれたトム・リー・ミンクに己の死を自覚する暇はなかったはずだが、最後まで部隊のため、仲間のため、一人になっても戦い続けた一等軍曹の口元は死しても満足げに笑みを浮かべていた。


 狙撃弾の命中から十数秒ほど経って、恐る恐る接近してきた北ベトナム軍兵士達はリーの死を確認すると、自分が殺されるかもしれないという恐怖から解放されるとともに、一人になっても最後まで果敢に戦った戦士に畏怖の念を抱いた。その念からか、現場指揮官は弔いのため、部下に命じて傷だらけになったリーの死体を自分達の後方陣地に運ばせたのだった。

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