第五章 十七話 「後退」

 AH-64アパッチのスタブ・ウィングから放たれた無線誘導の対戦車ミサイル、AGM-114ヘルファイアが二基、硝煙とスモークに包まれたジャングルの中を滑空し、それぞれが標的として弾頭の赤外線シーカーに入力されたPT-76水陸両用戦車と六三式装甲兵員輸送車に向かって直撃すると、内部の成形炸薬弾を炸裂させ、二両の北ベトナム軍戦闘車輌は随伴の歩兵もろとも紅蓮の炎に包み込まれた。


 突然、ジャングルの中から飛翔してきた対戦車ミサイルに葬られた仲間達の凄惨な最後を数十メートル離れた位置から目撃し、恐怖した北ベトナム軍兵士達の一団がいたが、その直後、上空から急接近してきたターボファンエンジンの甲高い飛翔音を頭上に聞いたのを最後に彼らも死の連鎖に飲み込まれた。急降下からGAU-8アヴェンジャーを掃射しながら、北ベトナム軍地上部隊の上空を飛んだA-10サンダーボルトIIの飛行した直下ではCA-30トラックのような通常車両や生身の兵士達は勿論のこと、五九式戦車のような重装甲車両でさえも、三十ミリ劣化ウラン弾の掃射を受けて、車体を溶かされ爆散した。


 北、北西、南の三方向で炊かれたスモークグレネードの煙幕の外側に近接攻撃機と対戦車ヘリコプターが上空からの機関砲掃射や爆撃を行う中、対空砲の攻撃を避けるために高度を上げて退避していたUH-60ブラックホークのキャビンから地上の凄惨な戦闘の様子を見つめていたサンダースは思わず呻き声を出した。


「なんてこった……。これは大変なことになるぞ……!」


 数十両の戦闘車両と千人近い数の敵の兵士達が三十人足らずにまで戦力を減少させた南ベトナム軍部隊を包囲し、その激烈な戦場の上を二機の対地攻撃機と二機の対戦車ヘリコプターが飛び回っている。更に南側の空には他の航空部隊からは遅れて到着したAC-130Eペイブ・イージスの巨大な機体が太陽を背にして、戦場に接近してくる姿もあった。





「へへへ……、いい気味だぜ……、ベトコンの野郎どもが……」


 近接航空支援の攻撃を受け、炎の中に包まれていく北ベトナム軍と民族戦線の混合部隊を見つめながら、リーは黒い煤と血で汚れた頬を緩ませたが、彼の傍らで倒れているアーヴィングの容態は重症だった。先程、すぐ間近で炸裂した戦車榴弾の爆発が撒き散らした鉄片が体のあちこちに刺さり、爆発の衝撃波をまともに受けた右足は膝から下がなくなっていた。


「大丈夫だ。こんくらいの傷は……、すぐヘリコプターに乗せてもらって帰れるぞ……!」


 自分自身も右肩に砲弾の破片が突き刺さり、大量の血を流しながらも、アーヴィングの右腿に止血帯を巻いたリーは笑顔を浮かべて、傍らに倒れる戦友の顔を一瞥した。


「気休めは言うな……。衛生兵なんだから、見れば自分の状態は分かる……」


 苦笑しながら、そう返したアーヴィングは左腿にモルヒネを刺そうとしたリーの手を止めた。


「モルヒネは要らん!意識が曇って、射撃の精度が保てなくなる!」


 口から吐血しながら、そう言うとアーヴィングは何とか動かすことのできる上半身と腕の力で傍らのストーナー63機関銃を手繰り寄せた。


「まだやれるか?」


 ストーナー63のフィーディングカバーを開け、弾帯を装填し直した後、チャージングハンドルを引いて薬室に初弾を装填したアーヴィングは傍らのリーの方を見上げて、


「当たり前だ!」


と言い切った。覚悟を決めたアーヴィングの顔を見返したリーは、


「それでこそだ!」


とその肩を叩くと、アーヴィングの側を一瞬離れ、すぐに戻ってきた。その手には死んだ南ベトナム軍兵士から回収してきたM16A1と五本の二十発弾倉が抱えられており、リーは倒れた姿勢で敵に向かってストーナー63を構えているアーヴィングの前にそれを並べた。


「じゃあな、戦友……。これが俺達を迎える最後の死地だ……。派手に散れ!」


 いつもと雰囲気の違う戦友の声に思わずリーの顔を見上げたアーヴィングが頷くと、頷き返したリーは立ち上がり、前線に向けて走り去って行った。硝煙の中に消えていくその後ろ姿をアーヴィングはリーの姿が見えなくなった後も暫くの間、見つめ続けていたが、前方の熱帯林の中で激しい銃声が轟くと手元の機関銃を構え直した。近接戦に備えて、腰のホルスターからブローニング・ハイパワーも取り出しておき、残っている弾倉とともにリーが置いていったM16の脇に並べたアーヴィングはストーナー63の照星の向こうに広がる戦場を睨んで、胸の中に一人呟いた。


(これが最後の戦い……、最後の死地……!)


 目の前の硝煙を抜け、叫び声とともに突撃してきた民族戦線兵士の姿が照星の先に見えた瞬間、アーヴィングは怒声とともにストーナー63Aの引き金を引き切り、五.五六ミリNATO弾の猛烈な機銃掃射を突撃してくる敵の兵士達に向かって撃ち込んだのだった。





 アーヴィングの元を立ち去り、硝煙の中を前線の塹壕に戻ったリーはジョシュアから引き継いだXM177E2カービンを拾い、弾倉を装填し直すと、続けて傍らで息絶えていた南ベトナム軍兵士の手に握られていたコルトM79グレネードランチャーも接収した。死体から取り上げたグレネード弾の弾帯を肩からかけたリーは数秒の間、銃声と敵の気配に感覚を研ぎ澄ませて沈黙すると、見計らったタイミングと同時に右手にカービン銃、左手にはグレネードランチャーを構えて、塹壕から勢い良く飛び出し、立ち込める硝煙の中、大量の戦車と歩兵が進行してくるジャングルの中へと走り出した。





 ウィリアムから撤退命令を受けたイーノックの号令が各分隊長を通して、南ベトナム軍兵士達にも伝わり、後退を開始し始めた北側の防衛線だったが、上空からの猛烈な航空攻撃を受けても突撃してくる敵の機甲部隊に追い詰められていた。


「行け!行け!早く退くんだ!」


 言葉が通じないと分かっていても、イーノックは南ベトナム軍兵士達に叫びながら、右腕で構えたHK33SG/1を発砲しながら、左手で負傷したベトナム人兵士の体を引きずって後退していた。


「機銃陣地の構築を急げ!敵を攻め込ませるな!」


 後ろで機関銃を背負って撤退する南ベトナム軍兵士達にイーノックが背後を振り返って叫んだ瞬間、スモークグレネードの煙幕を突き破って飛翔してきたB-40ロケットランチャーの弾頭が彼の数メートル手前に着弾し炸裂した。


 地面に深く突き刺さって爆発した対戦ロケット弾は撒き散らす鉄片の数こそ少なかったものの、地面を吹き上げた衝撃波は数メートル脇に立っていたイーノック達にもまともに当たり、イーノックは空中を五メートルほど吹き飛ばされることとなった。


 大木の根本にぶつかったところで何とか転倒が止まり、全身の痛みに呻きながら立ち上がったイーノックが本能的な感覚で察知した危険に反射的にマークスマンライフルを構えた瞬間、その視界の先でPT-76水陸両用戦車の灰褐色の車体がスモークグレネードの煙幕を突き破って現れた。


(まずい……!)


 目の前の水陸両方戦車との距離は十メートルほど……。小銃では葉が立たない相手にイーノックは戦闘服に装着した手榴弾を取り出そうとしたが、戦車の主砲がすでにこちらを睨んでいるのを見て、愕然とした。


(殺られる……ッ!)


 その直感と同時に全身の筋肉が強張り、体の感覚が他人のもののように現実味を失った瞬間、イーノックの目の前で主砲を向けていたPT-76水陸両用戦車が吹き飛び、襲ってきた衝撃波と爆風にイーノックは再び背後に吹き飛ばされ、十メートル以上も転倒することになった。


「くそ……!何が……!」


 汗や土が入り、染みる目を何とか開き、口の中の血を吐き出しながら呻いたイーノックは首根っこを掴まれ、半ば無理矢理に上体を起こさせられた。


(敵か……?)


 本能的にそう思い、M7ナイフを戦闘服から引き抜き、突き刺そうとしたイーノックだったが、その腕の動きを引き止められると同時に耳鳴りのする鼓膜に聞き覚えのある上官の声が聞こえてきた。


「大丈夫だ!俺だ!」


 痛む首を動かし、顔を上げて見上げると、泥土で汚れた視界の中にアール・ハンフリーズの顔があった。


「しょ……、少尉。何故……?」


 アールの後ろには砲筒尾部から白煙をたなびかせる無反動砲を背負ったベトナム人の男が立っていた。アールとともに敵本部に斥候に出た南ベトナム軍の無線兵だった。


「こいつと一緒に敵の前線の中を突っ切って来たが、向こうは戦車が十両以上もいる!ここはもう持たんから退がるぞ!」


 イーノックを立ち上がらせながら、傍らに落ちていたHK33SG/1マークスマンライフルを手渡したアールはイーノックの背中を叩くと、後方に向かって走り出した。その後ろに続き、感覚も正常さを取り戻しつつあったイーノックはスモークグレネードの中を突撃してくる敵の兵士達に向けて、ライフルを単連射で撃ちながら後退を始めたのであった。

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