第五章 十五話 「防衛線崩壊」

(今だ……ッ!)


 タイミングを見計らい、スモークの煙の中でトム・リー・ミンクが放り投げた六十ミリ迫撃砲弾は放物線状に宙を舞った後、北ベトナム軍の六三式装甲兵員輸送車の車体上部で爆発し、溶接鋼板の車体を一瞬にして紅蓮の炎で包み込んだ。


「よっしゃ!五両目!」


 小さく歓声を上げると、反撃の射撃が撃ち込まれるよりも前にリーとその後ろについた二人の南ベトナム軍兵士はスモークの中に飛び込み退避した。


 反撃の火線が三人の後を追ったが、それがスモーク弾の煙の中でかえって北ベトナム軍の車両部隊を目立たせることとなった。リー達を追う火線の一つに向かって、全く別方向から発射された五七ミリ無反動砲弾が飛び込み、直後に側面に対戦車弾を受けたBTR-60PB装甲車が内部から吹き飛ぶ。別動隊がリー達の撤退を援護したのだ。これで彼らが破壊した敵の車両は戦車一両を含む六両になった。


「もう残りの弾が少ないな……」


 十八基のスモークグレネードが焚いた人工の霧の中でクレイモアの爆発が作った窪地に同伴する二人の南ベトナム軍兵士とともに飛び込んだリーはハイスタンダードHDM消音拳銃に最後の弾倉を装填しながら独り言ちた。


(あと十発……。消音拳銃の残弾を考えると、敵に騙し討ちができるのもあと一回が限界か……)


 そう胸中に考え、呼吸を整えたところで二人の南ベトナム軍兵士と目配せして頷きあったリーは、


「よし!行くぞ!」


と言って、窪地から飛び出そうとしたが、その声を遮るような大きなエンジン音と草木を捻り潰す轟音が彼の体を強張らせた。自分達の身を守るために張っていたスモークがここに来て仇となったのだ。


 濃緑色の煙にその巨体を隠して、リー達が身を隠す窪地に迫ってきていた五九式戦車の駆動音にリーは音とは反対側の茂みに反射的に逃げ込んでいたが、二人の南ベトナム軍兵士は間に合わなかった。


 一人は窪地の中に飛び込んできた戦車の三十六トンの巨体に悲鳴を上げる間もなく、体を捻り潰され、もう一人は窪地から逃げ出したものの、戦車の目の前に躍り出てしまったがために砲塔上部に取り付けられた重機関銃の掃射を浴びて、体を粉々に散らした。


「こなくそが……!」


 突然の襲撃に一瞬の内に二人の仲間を葬られ、自身も同軸機銃の射撃に追われながら、藪の中を匍匐前進していたリーであったが、さすが特殊部隊員というだけはあって、この数秒の間に戦車から十数メートルは離れた位置に移動していた。


「喰らいやがれ!」


 そう叫んで藪の中から飛び出したリーの影に向かって、五九式戦車が砲塔を旋回させたが、戦車の照準が整うよりも前にリーのM203グレネードランチャーから放たれた四〇ミリ閃光弾が五九式戦車の照準器に直撃して炸裂していた。





 体を外に出し、目の前で閃光グレネードのフラッシュと轟音の洗礼を浴びた重機関銃手は言うまでもなく、照準器を通して閃光を浴びた砲手も目を潰され、五九式戦車の狭い砲塔の中では車長が視力を失った砲手に変わって砲塔座席に着こうとしていたが、丁度その時、砲塔の上で何かを叩きつけるような金属音が響き、敵が登ってきた、と悟った車長は護身用のPM-63 RAK短機関銃を頭上のハッチに向けて構えた。


 しかし、ハッチから落ちてきたのは敵ではなく、頭を撃ち抜かれて死亡した重機関銃手だった。腹の上に落ちてきた同僚の死体の重さに車長は一瞬、胃の中のものを吐き出しそうになったが、それ以上に同僚の次にハッチから落ちてきたものを見て、車長は精神的なショックで吐瀉物を吐き出してしまった。


 六十ミリ迫撃砲弾……。


 安全装置を抜かれた砲弾を見て、車長にできることは死を悟ることしかなかった……。





「へへ……、ざまぁねぇぜ……。へへ……、おわっ!」


 迫撃砲弾を戦車の車内に放り込み、砲塔から飛び退いた直後、リーの背後で砲塔ハッチを吹き飛ばして、爆発の炎を上げた五九式戦車に仲間の仇を討った爽快感もあって、リーは笑みを浮かべながら毒づいたが、戦闘はまだ終わっていなかった。破壊された五九式戦車の後ろから更に突っ込んできたM113ACAV装甲車が重機関銃の猛射をリーに浴びせたのだった。


「ちょ、おま……!待て!」


 地面に倒れた状態から動物のように飛び上がって、回避の姿勢を取ったリーだったが、今回は距離が近すぎた。数秒の間にどんどんと迫ってきた重機関銃弾の直撃がリーの体を射抜きそうになったその瞬間、再び濃緑色の煙の中を白煙が走り、リーを追い立てるM113ACAV装甲車に直撃した。


「あぁ……、助かったぜ……」


 背後で無反動砲弾の攻撃を受けた敵の装甲車が吹き飛ぶのを見ながら、もう少しで重機関銃の弾丸に撃ち殺されるところだったリーは地面に倒れ込んだまま笑って、スモークの向こう側にいるであろう味方の別働隊の方を見た、その刹那だった。霧の別の場所から戦車砲の轟音が聞こえ、一拍遅れて着弾した砲弾がリーの視線の先で濃緑色の霧を赤い炎の色に染めたのだった。一際大きく爆発したその炎は別動隊が敵の戦車砲に排除されたことをリーに教えてくれた。


(別動隊もやられた……、無反動砲も失ったか……)


 巻き上がる炎と爆発音の大きさから、全てを悟ったリーはXM177E2カービンを手によろめきながら立ち上がると、アーヴィング達が防衛線を張る方向へと向かって走り始めた。そのすぐ後ろを数両の北ベトナム軍機甲車両と大勢の歩兵が追撃していた。





「撃つな!撃つな!」


 追撃される混乱の中でXM177E2カービンも失い、後方にブローニング・ハイパワーを発砲しながら、味方に対する叫び声とともに丘を越えたリーに向かって、丘の下の塹壕に隠れていたアーヴィングのストーナー63Aが火を吹き、放たれた機銃掃射の弾丸がリーのすぐ後ろについていた数人の北ベトナム軍兵士と民族戦線兵士をなぎ払った。


「あ……、危ねえだろうが!」


 反射的に後ろを振り返り叫びながら、アーヴィングの塹壕に飛び込んだリーの右肩からは血が流れていた。


「撃たれてるぞ!」


 隣に飛び込んできた旧友の姿を見て指摘したアーヴィングだったが、リー自身にはそんな事を気にしている暇は無いようだった。


「知るか!すぐ来るぞ、退け!」


 緊迫した声でそう返したリーは塹壕の中で死んでいる南ベトナム軍兵士のM16A1とマガジンを借用すると立ち上がった。泥や煤の汚れに加え、擦り傷も無数にできたリーの顔を見返し、


「戦車も来るのか?」


と聞いたアーヴィングに、


「戦車もだ!」


とリーが返事した瞬間、ディーゼルエンジンの雄叫びとともに汚れた車体底面を見せながら、五九式戦車が丘を乗り越えてきた。


「逃げろ!逃げろ!」


 リーが叫ぶよりも早く、各々の塹壕から飛び出して後退し始めていた南ベトナム軍兵士達に向かって、敵の銃撃の火線が襲いかかる。


「くそが……!どこまで下がれば良いんだ!」


 叫びながら、放ったアーヴィングのストーナー63Aの機銃掃射が戦車とともに突撃してきた敵の兵士達をなぎ倒したが、機銃弾では戦車の装甲は貫けなかった。ゆっくりとこちらに砲塔を向ける五九式戦車を前に、


「引くぞ!」


と叫んだリーがアーヴィングの背中を引っ張った瞬間、戦車砲の砲声がジャングルに轟き、二人の十メートルほど手前で爆発の炎が地面をめくり上げて膨れ上がり、リーとアーヴィングの体は榴弾の爆風に押されて、地面を十メートルほど転がることとなったのだった。

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