第五章 十四話 「単身の斬り込み」

 ユーリを引き連れたウィリアムと二人の南ベトナム軍兵士は北側の防衛線から南側の防衛線へと全力で戦場の中を駆け抜けていた。


 最初の砲撃で敵が撃ち込んできた榴弾砲やロケット弾の着弾跡が真新しく熱気を放つクレーターとして残る中、ジャングルに包まれたクメール寺院の遺跡の中を突っ切って、三人は全力で走った。無反動砲を背負った二人の南ベトナム軍兵士は訓練を遥かに上回る疲労に途中嘔吐し、何度も座り込みそうになったが、それでも先頭を走る異国の特殊部隊員の背中を追って、必死で走り続けた。


 前線から後方、そして後方から再び別の前線へ……。六百メートル近い距離を四人が走り切ったところで前方から激しい銃声の応酬が聞こえ始め、同時に漂ってきた硝煙の刺激臭がウィリアム達の嗅覚を刺激した。タン中将の防衛する前線まではもう僅かだった。


「君はここにいろ!」


 衛生兵が傷病兵の手当をしている後方の塹壕にユーリを伏せさせると、ウィリアムと二人の南ベトナム軍兵士は走り続けた。


 連続する銃声と爆発音、緊迫する叫び声とともに最後のラストスパートを走り切った三人の前に防衛線の前線は突然現れた。無反動砲を失った部隊は突撃してくる戦車部隊に為す術なく撤退し、迫撃砲は近過ぎる敵部隊を前にして、有効な攻撃を撃ち込む事ができず沈黙している。そんな混沌とした前線に辿り着いたウィリアムは背後についてきた二人の南ベトナム軍兵士を振り返ると、


「君達はそこにつけ!戦車の足を止めるんだ!」


とポジションを指示して、自分はM16A1を抱いたまま、前線の更にその前に単身で突っ込んでいった。


 M16の銃身下に装着したM203グレネードランチャーに四十ミリ擲弾が装填されていることを再確認し、敵の前線の中に単身で突撃していくウィリアムの姿を前線の少し後方で部下達に指令を出していたタン中将も目撃していた。


「何をするつもりだ、大尉!やめるんだ!」


 中将の悲痛な叫び声が隊内無線に響いたが、ウィリアムも無策で突撃して行った訳ではなかった。狙いは前進し過ぎて、味方から孤立しかけている一両の五九式戦車とケネディジープ……。その二両の周辺に展開する歩兵を彼らが自分の気配に気づくよりも先にウィリアムは次々と撃ち倒しながら、敵の左側より急接近した。


 突然現れた新たな敵に動揺の気配を一瞬見せた北ベトナム軍兵士達にウィリアムは一気に畳み掛けようと、戦車に残り三十メートルの距離を肉迫しようとしたが、その動きは五九式戦車の砲塔に搭載された重機関銃の掃射によって封られた。重機関銃の掃射を避けて、右に逃げ始めたウィリアムを追って、ケネディジープの機銃架に搭載されたM60機関銃と二人の北ベトナム軍兵士の五六式小銃の掃射が更に追撃し、その内の一発がウィリアムの左腕を掠め、彼が倒れると同時に、ゆっくりと砲塔を旋回させていた五九式戦車の一〇〇ミリライフル砲が地響きとともに砲弾を撃ち出して、ウィリアムが倒れた辺りの茂みを地面もろとも榴弾の爆発で巻き上げた。


「大尉……!」


 その状況にウィリアムの死を確信したのはタン中将だけでなく、北ベトナム軍の兵士達も同様だった。


 勇敢だったが、無茶な兵士だった……。


 その感想を抱き、再び前方の南ベトナム軍部隊に対して、彼らが攻撃を開始しようとした瞬間だった。戦車榴弾が巻き上げた硝煙の中で人影が茂みから、ゆらりと立ち上がり、同時にケネディジープに乗る機銃手が頭を撃ち抜かれて死亡したのだった。


 まさか、死んでなかった?


 北ベトナム軍兵士達がその可能性を察知した時には既に手遅れだった。ウィリアムのM16から放たれた銃弾はジープの運転手、ジープの周辺に展開した二人の歩兵、そして戦車の重機関銃手を一瞬の内に流れるようにして撃ち倒し、続け様にM203グレネードランチャーから放たれた四十ミリ擲弾が五九式戦車の車体後部に搭載された燃料タンクを粉々に吹き飛ばしていた。


 燃料タンクの爆発で油圧系に異常を生じ、砲塔を動かせなくなった上、砲塔内に立ち込めた硝煙に呼吸が出来ず苦しんでいた北ベトナム軍の戦車兵達はその隙に戦車の砲塔上に登り、キューポラを開いたウィリアムが撃ち込んだコルト・ガバメントの銃弾に脳天を頭上から撃ち抜かれて死亡した。


「大尉!気をつけろ!」


 沈黙した五九式戦車の砲塔に乗り、開いたキューポラから拳銃を車内に撃ち込んだのに加えて、念押しにV40小型手榴弾を一発、キューポラの中に放り込んだウィリアムに数十メートルほど離れた位置で防戦するタン中将が全力で叫んだ。


 その声にウィリアムが顔をを上げると、彼が無力化した戦車の右側三十メートルの位置に大木をなぎ倒し、藪をひねり潰して突撃してきた別の五九式戦車が口径一〇〇ミリの細長い主砲をウィリアムに向けている姿があった。


「避けるんだ!」


 タン中将が叫ぶよりも先にウィリアムは砲塔から飛びのき、無力化した戦車の車体を盾にするようにして、戦車の左側にジャンプしていた。それと全く同じタイミングで先程の五九式戦車が主砲を発砲し、ライフリングで弾道を安定させられた一〇〇ミリ戦車榴弾がウィリアムの無力化した五九式戦車の砲塔右側面に直撃した。


 対戦車弾の直撃を受けた戦車は内部で生じた熱エネルギーを炎に変えて、キューポラから噴出したが、榴弾が直撃したのとは反対側の車体の陰に身を伏せていたウィリアムは頭上から飛び散った火花を少し浴びる程度で済んだ。


 しかし、彼にとっての試練はこれからだった。体勢を立て直し、M16を構え直したウィリアムが味方の前線の方へと駆け出そうとした時、今度は彼の左方向から轟音とともにPT-76水陸両用戦車が藪を突き破って現れたのだった。その鋼鉄の車体を見て、常人では考えられないほどの反射速度でM16を構え、戦車に随伴する敵歩兵を一瞬の内に撃ち倒したウィリアムだったが、水陸両用戦車の主砲は既に彼の姿を捉えていた。


 無力化した戦車を挟んで右に五九式戦車、左にPT-76水陸両用戦車、双方を敵の戦車に挟まれ、後退も間に合わないと鋭い洞察力で察知した瞬間、ウィリアムは死を覚悟したが、次の瞬間、彼の視界を高速で横切った白煙の残像がウィリアムの運命を救ったのだった。


「大尉!早く退がるんだ!」


 筋をかいて右から左へと飛んだ白煙の塊が直撃したと同時に周囲の歩兵もろとも粉々に砕けて、主砲を散らしたPT-76水陸両用戦車の爆発から一瞬遅れて聞こえたタン中将の叫び声にウィリアムは味方の防衛線の方を向いた。


 自身もM1A1トンプソンを片手に持ち、戦闘するタン中将の傍らにはウィリアムが引き連れてきた二人の南ベトナム軍兵士が砲筒後部から白煙を噴き出しているM18 五七ミリ無反動砲に次弾を装填する姿があった。


(彼らに助けられた……)


 事態を理解すると同時に味方の防衛線の方へと走って撤退したウィリアムの後方では大破した五九式戦車が二発目の一〇〇ミリ砲弾の直撃を受けて、車体を爆炎に包まれて、砲塔を粉々に散らしていた。

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