第五章 十一話 「救出のための出撃」
前線で再度の戦闘が始まった頃、横転した装甲車から仮設のテントに指揮所を移したブイとグエンは今後取るべき攻撃方針について、議論を交わしていた。
「前線で再度、戦闘が始まりました!」
通信士からの報告を聞くグエンとブイの額からは先程流れたばかりの血の跡が残っていた。あろうことか、こちらの指揮所を見つけ出し、前線から迫撃砲による攻撃を仕掛けてきた敵……。恐らくはアメリカ人特殊部隊の仕業である奇襲、その末恐ろしさにブイは恐怖すら感じていたが、グエンの方は恐れ以上に怒りの炎が煮えたぎっているようだった。
「これしきの砲撃で我々の戦意が崩せると思うなど、見くびりおって……!戦車を投入する!」
勢いで命令を下したグエンをブイは制止しようとした。
「待て!車両が通れるとはいえ、ジャングルの中だぞ!戦車の投入はまだ待て……!」
敵が優秀すぎる分、下手な命令を出せば、多数の犠牲者が出る。そう考え、旧友を落ち着かせようとしたブイの発言だったが、怒りに囚われたグエンにその真意は伝わらなかった。
「お前はどちらの味方だ!」
怒鳴ったグエンの剣幕にブイはそれ以上、言い返すことができなかった。いや、剣幕に負けたのではない。家族を奪われた怒り、アメリカへの怨念に取り憑かれた旧友の姿にブイは言葉を失ってしまったのだった。家族も居て、帰れる場所と幸せがまだある自分には分からぬ絶望……、ブイはグエンが過去に負った傷の重さに気圧されたのだ。
「車両が突入できる北西側と南側に戦車を先頭として、車両部隊を投入!」
前線ではブイの部下が大勢死んでいたが、彼に口を挟む隙をグエンは与えていなかった。
☆
ブラボー分隊が敵と激戦を繰り広げている時、リロイ達が待機するタイの空軍基地でも動きがあった。
「連絡!MACV-SOGが昨夜より不審な戦力展開をする北ベトナム軍の部隊を補足していたそうです!」
コーディのその報告に、コントロールルームで仮眠についていたリロイは飛び起きた。
「どこの地区だ!」
「中部高原の国境沿いです!」
コーディの返答とともにコントロールルームの中にアラート音が響き、電子板に表示された地図上の一点に赤い光点が輝き、オペレーターの一人が切羽詰まった声を出した。
「無線傍受!国境のカンボジア側で戦闘が発生している模様!」
その報告を聞き切るよりも先にリロイは待機している"ゴースト"のアルファ分隊に無線を通して、命令を下していた。
「カンボジアの中部高原にて、ブラボー分隊の活動形跡発見!直ちに出撃!」
(何としても、メイナードより先にブラボー分隊と"サブスタンスX"を回収しなくては……!)
胸中にあるその決意だけがリロイを突き動かしていた。
☆
昨夜の騒動以降から常に出撃準備を整えていたシルフレッド・サンダース少佐は無線から命令を受けると同時に、部下の誰よりも先にUH-60ブラックホークに飛び乗った。
「急げ!早く出すんだ!」
急かす、サンダースの声に呼応するかのようにして、二機のUH-60と二機のAH-64アパッチがエンジン起動の甲高い機械音を飛行場に響かせ、遅れてサンダースの部下達がヘリに乗り込んだ。
「全員搭乗よし!命令確認よし!テイクオフ!」
格納庫から運び出された新型攻撃機のA-10サンダーボルトIIが滑走路の隅で離陸の準備を整える傍ら、必要な浮力を得た二機のブラックホークは直掩のアパッチ部隊を引き連れて、東の空へと飛び立ったのだった。
☆
「トラックは捨てろ!行くぞ!」
前線まで一キロ余りまで近づいたアールと二人の南ベトナム軍兵士は弾痕だらけになったトラックを捨てると、深いジャングルの中に飛び込んだが、そうした後も敵の追撃は彼らを追い続けていた。
「逃がすな!」
「追え!」
ベトナム語の怒声とともに背後から銃声が轟く中、軍用犬まで放ってきた敵に時折振り返っては銃弾を放ちつつ逃走するアール達だったが、このままでは逃げ切れないのは自明だった。
「くそ……、どうする……!」
アールがそう毒づいた瞬間だった。手榴弾を全身に括り付けた"部隊長"が逃げる足を止めると、敵の方向へと向かって、逆走を始めたのだった。
「おい、何して……!お前……!」
そこまで叫んだアールだったが、振り返った"部隊長"の目を見て、制止を諦めた。
(こいつは既に覚悟を決めている……)
追撃してくる敵に向かって、全力で疾走して行った"部隊長"の姿はジャングルの生い茂った藪に隠されて、すぐに見えなくなったが、直後に生じた大きな爆発音と地面を震わせた激震がその最期をアール達に伝えた。
残された無線兵の"ラジオ"とアールは一瞬だけ振り返り、ジャングルの木々の間から見える黒煙の立ち昇りを見て、事態を悟った。既に追撃してくる敵の怒声もその気配も無かった。"部隊長"がその身を犠牲にして、敵の追撃を一掃したのだった。
(すまない……!)
そう胸中に詫びたアールは前線へと急ぐ足を走らせた。
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