第五章 十話 「再度の攻撃」
丘を降り、隠していたトラックに乗り込んだアール達は敵の追撃を受けながら、来た道を前線へと戻っていた。
「くそ……、どこまでついて来やがる!」
砂利道で跳ね上がり、左右に激しく揺れるトラックの荷台で悪態をつきながら、アールは追撃してくる敵のジープに対して、ストーナー63LMGを掃射していた。
「大尉達が待っている!何としても前線に戻るぞ!」
追撃してきていたジープが運転手の頭を撃ち抜かれ、横転するのを確認したアールは更に追撃してくる敵の車両に向かって、機銃掃射を撃ち込みながら、運転席につく"部隊長"に向かって叫んだ。
☆
北側の防衛線では戦闘が休止となったジャングルの中でウィリアムがM16を構えて、敵の様子を窺っていた。
「イーノック、敵の姿は?」
「見えません……」
三十メートル後方の樹の上で狙撃位置についている部下から隊内無線を通して帰ってきた声にウィリアムは嘆息をついた。
「もう、一時間になるな……」
あれほど激しかった敵の猛攻は現在は静まり返って、ジャングルの中には硝煙の残り香と死体の腐臭だけが漂っている。
「敵の指揮所を叩いたのが効いたか?このまま、攻撃を中止したまま済めば良いが、あの猛攻の様子では無理だろうな……」
ウィリアムは背後を振り返って呟いた。彼の数メートル後ろでは全ての砲弾を敵の司令部に向けて撃ち切った四基の一〇七ミリ迫撃砲が丸い砲口を空に向けて沈黙していた。重迫撃砲は弾薬切れ。軽迫撃砲は各方角の部隊に五基ずつ、無反動砲は一基ずつ配備していたが、先程の戦闘でリー達の防衛する北西側の前線で軽迫撃砲が全滅し、タン中将の防衛する南側の防衛線では無反動砲が使用不能となった。機銃弾はまだまだ余裕があるが、それだけで次の戦闘を乗り切れるのか……?ウィリアムがそう考えた時だった。
「隊長、前方百メートル。十時の方向に動きがあります!」
隊内無線に響いたイーノックの声にウィリアムは双眼鏡を構えて、十時の方向を窺った。しかし、人間の動きのようなものは見えない。
(藪に紛れているのか……?)
ウィリアムはそう考えながら、双眼鏡の眼を左から右に巡らせた。
(十一時の方向、十二時、一時、二時、見えた!)
ウィリアムが双眼鏡の拡大された視界の中にジャングルの草木の間を体を低くして動く異形の影を見つけた瞬間、隊内無線にイーノックの声が弾けた。
「前方十二時、正面方向に敵!」
反射的に双眼鏡の眼を前方に向けたウィリアムの網膜に分解した重機関銃らしい大型の金属塊を背中に背負った数人の民族戦線兵士の姿が映った。距離は五十メートルほど、かなり近い。
「砲兵隊に六十ミリ迫撃砲の準備を、照準は前方五十メートルと伝えろ!」
ウィリアムは傍らの南ベトナム軍兵士にそう言って、後方への伝令に出すと、横にいた無線兵が背中に背負うAN/PRC-25無線機の交信機を手に取り、タン中将の部隊に無線を開いた。
「タン中将、敵の第二波が来ます!こちらから仕掛けますので用意してください!」
「敵の数は……?」
無線から緊張した様子の声が返ってくる。
「把握不能……。しかし、大規模です!」
「了解した……」
タン中将との無線交信を終えると、ウィリアムは今度は北西側の防衛線に無線回線を開いた。
「リー、アーヴィング、敵の第二波が来るぞ!備えろ!」
「了解!今日はえらく賑やかな一日になりそうですな……」
いかに追い詰められた状況でも、ユーモアを忘れないリーの返答にウィリアムは微笑を浮かべた。無線交信を終えると同時に傍らにやって来た伝令の南ベトナム軍兵士が迫撃砲の発射準備が整ったことを伝える。それを聞いたウィリアムは再び、双眼鏡を除き込むと、茂みの中に隠れている敵の姿を睨んだまま、ゆっくりと左手を挙げた。
「攻撃開始!」
ウィリアムが挙げた左腕を勢いよく下ろすと同時に、十数メートル後方に設置されていた三基のM2 六十ミリ迫撃砲が次々と砲弾を空に向かって撃ち上げ始め、無線兵が攻撃開始の連絡を他部隊に送った。
重機関銃を設置しようとしていたところで突然、前方で発した炸裂音に身を固くした民族戦線兵士達の頭上に滑空音とともに落下してきた迫撃砲弾が発射から数秒遅れて、次々と地面に突き刺さり、爆発と噴煙を吹き上げた。奇襲攻撃を察知され、逆に先手を打たれた状況に民族戦線の小隊指揮官が正確な判断と命令を下すよりも先に、ウィリアムのM203から放たれたグレネード弾が炸薬の爆発で民族戦線の指揮官を吹き飛ばした。
混乱の中で指揮官を失った民族戦線部隊は各々の判断で行動を始め、一部は撤退、一部はウィリアム達に向けて必死の突撃を開始した。
「押せ!押し返すんだ!ここを抜かせるな!」
突撃してくる民族戦線兵士の一団にM203グレネードランチャーを撃ち込んで葬ったウィリアムは傍らで一緒に戦う南ベトナム軍兵士達に叫んだ。
☆
ウィリアム達の北側の防衛線で戦闘が始まると同時にリー達の班が防衛する北西側とタン中将の部隊が防衛する南側でも、民族戦線の伏兵部隊による突撃が始まった。
「よーし!来るぞっ!!迫撃砲班、今度は敵にやられるなよ!撃てっ!!」
リーが傍らの無線兵に指令を出すと同時にウィリアム達の班から譲り受けたM2迫撃砲が六十ミリ砲弾を怒涛の勢いで撃ち上げ始め、同時に前線に設置された南ベトナム軍のM1919重機関銃とアーヴィングのストーナー63A汎用機関銃が突撃してくる民族戦線の歩兵部隊に対して、猛烈な機銃掃射を浴びせ始めた。
敵の集中砲火を避けるための擬装と、ロケットランチャーの直撃を弾くために丸太で作った即席の増加装甲を前面に貼り付けたコマンドウ装甲車も連装機銃を搭載した小型砲塔を旋回させ、四十ミリグレネード弾の嵐を敵前線に向けて撃ち込む。
「よし!この調子だ!迫撃砲は一度に撃ちすぎるなよ!」
盾にしている木の陰で弾倉の空になったXM177E2カービンに新たなマガジンを装填しながら、リーは後方の部隊に叫んだ。
こちらが先手を打てた上に装甲車と迫撃砲の援護もあるので、先程よりも戦況が良いのは確かだったが、それでも彼らの前線には敵から撃ち込まれた大量の銃弾が空を掠め、標的を逃したロケットランチャーの流れ弾が地面を吹き散らしていた。依然、敵は圧倒的な物量をもって、リー達の防衛戦を崩そうとしている。
(少しでも、こちらが隙を見せれば、終わりか……!)
いずれはこちらが先に直面する弾薬不足の恐怖を感じながらも、トム・リー・ミンクは目の前の敵を撃ち倒すのに全力をかけたのだった。
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