第五章 九話 「敵指揮所、砲撃」

 本隊への最初の砲撃指示を伝えて一分足らず、甲高い音とともに降下してきた迫撃砲弾は民族戦線と北ベトナム軍の混成指令部の中心部に着弾し、通信用の大型アンテナを備えたトラックを周囲のテントもろとも爆発の炎の中に包んだ。更に続けて、二発目の迫撃砲弾が物資を集積していると思われる区画に着弾して、誘爆の炎を巻き起こすのを確認したアールは無線兵の"ラジオ"を傍らに引き寄せ、最初の着弾から割り出した観測指示を本隊へと無線連絡した。


「本部!着弾の観測指示送る!一発目の砲弾は南西へ四ミリ修正!二発目は北東方向へ三ミリ修正だ!」


 アールが無線に叫ぶ丘の下では北ベトナム軍の指揮所に六キロ離れたウィリアム達の防衛線から放たれた迫撃砲弾が次々と着弾しつつあった。





 こちらの攻撃計画を見抜き、待ち伏せ攻撃を仕掛けてきたアメリカ兵と南ベトナム軍による奇襲で混乱する前線部隊を何とか布陣させ直したブイとグエンは深い嘆息を吐こうとしたところで、装甲車の床から突き上げてきた衝撃波に体を揺さぶられて、危うく体勢を崩しそうになった。


「何事だ!」


 グエンが傍らの通信士に叫んだ瞬間、今度は更に大きな爆発音とともに強力な衝撃が装甲車の壁越しに弾け、グエンとブイは体勢を立て直すよりも先に横転した指揮装甲車の中で転倒した。


「な……、何が起こっている……!」


 打ち付けた頭から血を流しながら呻いたグエンの声と同時に破壊された無線機から悲鳴が途切れ途切れに聞こえてきた。


「攻撃……、敵が……、砲撃です!」


 朦朧とする意識の中で無線からの報告を聞いていたブイは床に倒れ伏していた背中をグエンに引き上げられた。


「ブイ、行くぞ!待避するんだ!」


 装甲車の後部ハッチから興奮した様子で飛び出そうとしたグエンを、まだ意識が朦朧としながらも、ブイは後ろから肩を引っ張って止めた。


「砲撃が止まるまで待て!ここが一番、安全だ!」


 グエンが足を止めて振り返った瞬間、新たな迫撃砲弾が装甲車のすぐ脇で再び弾け、先に車内から飛び出していた二人の通信技師達がすぐ間近に着弾した迫撃砲弾の爆発に体を引き千切られて、粉微塵になった。ブイの判断は正しかった。状況も分からぬままで砲撃の中へ飛び出すよりは、横転していても装甲の施された車内にいた方が良い。


「体を低くするんだ!それと通信座席を掴んで、体を投げ出されないように!」


 まだ、敵の砲撃が続く中、旧友に叫びながらブイは次に取るべき行動を頭の中で考えていた。





「よし!上手く行った!撤退するぞ!」


 味方の砲撃が敵の指揮所を破壊し、陣地をクレーターだらけにするのを双眼鏡で確認したアールは背後の南ベトナム軍兵士達に叫び、敵に発見されるよりも先に撤収しようとしたが、北ベトナム軍は既に彼らの姿を見つけていた。


「まずい!伏せろ!」


 突然、丘の麓より放たれた機銃掃射の銃弾がアール達の間近で弾け、その内の一発が無反動砲を抱えた"剽軽者"の腹に直撃した。


「おい、大丈夫か!」


 アールは銃弾に吹き飛ばされるようにして、後ろに倒れた"剽軽者"に駆け寄ったが、既に手遅れだった。命中したのは一四.五ミリの大口径弾、"剽軽者"の上半身と下半身は皮一枚で何とか繋がっている状態であり、既に絶命していた。


「くそ!」


 即死した仲間の手から無反動砲を取ったアールは毒づくと同時に麓の敵に向けて、砲口を構えた。五十メートルほど離れた麓から丘を登ってくる敵はBTR-60PB装甲車と数人の随伴歩兵。スコープの中央の十字線に追撃してくる敵の姿を捉えたアールは憤怒の叫び声とともに無反動砲のトリガーを引ききった。


「逃げるぞ!」


 激しい後方噴射とともに無反動砲から撃ち出された五七ミリ弾が装甲車に命中し、敵車両が大破の火柱を上げるのを確認したアールは燃え上がった装甲車を盾に銃撃してくる敵の歩兵に向かって、ストーナー63LMGを掃射しながら、"ラジオ"と"部隊長"が先に逃げ込んだ背後のジャングルの中へと撤退していった。





 アール達が敵の追撃と交戦しながら、敵地より撤退しようとしている時、前線ではトム・リー・ミンクが勢いを盛り返してきた民族戦線の猛攻に苦戦していた。


「クソ!どうなってやがるんだ!」


 敵の八十二ミリ迫撃砲から放たれた砲弾が周囲で炸裂し続け、爆音とともに土と草木が立て続けに空高く舞い上がる中、民族戦線の兵士達は味方の砲撃の巻き添えさえも恐れず突進してきた。


「こいつら、死も恐れず……!」


 盾にした木の左側から叫び声とともにAK-47を乱射しながら突っ込んできた民族戦線兵士を毒づきながら撃ち倒したリーだったが、今度は部下を全て失い、自身も顔の左半分を失った民族戦線の将校が半狂乱になって、モーゼルC96を撃ちながら突撃してきた。新たな標的にリーはXM177E2カービンを構え直そうとしたが、引き金を引くよりも先に落下してきた八十二ミリ迫撃砲弾の滑空音がジャングルに轟き、リーは反射的に身近な熱帯樹の陰に身を隠した。


 僅か数メートルの距離で炸裂した迫撃砲弾の衝撃波と破片の嵐を障害物に身を隠していたリーは何とかやり過ごしたが、先程の民族戦線将校は半狂乱のまま、粉微塵になったようだった。


「クソ……!死ぬなよ……!」


 数メートル脇の木の裏に身を隠し、自身の小さな体の半分くらいは長さのあるM16A1を敵に向かって猛射する南ベトナム軍の少年兵に向かって叫んだリーだったが、彼自身も自分の身を守るので精一杯だった。敵からの銃撃は激しく、死を恐れぬ民族戦線兵士達が次々と突撃してくるため、身を隠すポジションを変更することは愚か、メインアームのカービン銃に新しい弾倉を装填する余裕さえもなかった。


「ええい……!いくら殺ったら止まるんだよ!この攻撃は!」


 カービン銃に弾倉を装填する間がなく、肩にかけたスリングで背中に背負っていたポンプアクション式ショットガンのスティーブンスM77Eに武器を切り替えたリーは正面から突撃してくる民族戦線兵士達に向かって、十二ゲージ弾を撃ち込みながら、銃声の中で叫んだ。


 しかし、いくら叫んでも敵が突撃を止めてくれるはずはなく、ついに散弾銃のマガジンチューブ内の弾丸も全て撃ち尽くしたリーは最後の武装であるブローニング・ハイパワーをホルスターから引き抜き応戦したが、それでも突撃してくる敵の勢いは止まらず、倒れた兵士の後ろから味方のの死体を踏み越えて、次から次へと突撃してくる民族戦線の猛攻にリーは自動拳銃の弾丸すらも切らしてしまうのであった。


「ああ……、くそ……!もう、これでやるしかねぇか……!」


 ブローニング・ハイパワーの弾倉の残弾も残り数発となり、リーが戦闘服の胸につけたM7ナイフを左手で引き抜こうとした瞬間、彼の数メートル前に迫っていた民族戦線兵士の足元が土煙と爆炎を上げて、立て続けに弾け、粉微塵にされた民族戦線兵士達の肉片が宙を舞った。


 その爆発が何であったのか、そんなことを考えるより先にリーは敵の突撃にできた隙をついて、両手にカービン銃と散弾銃を手に、後方数メートルの位置の新たな防御ポジションに付いた。


「何だったか知らねぇが……、助かったぜ……」


 熱帯樹の陰に隠れ、安堵の嘆息を吐きながら弾倉交換しようとしたリーは後ろを振り返ったところで先程の爆発の正体が何であったかを目にした。


 敵の猛攻を受けて、北西側の前線が押し下げられていることを聞いた南側防衛線の南ベトナム軍兵士達がV-100コマンドウ装甲車に乗って、後方から応援に駆けつけたのだった。


 小型砲塔を旋回させ、XM174自動擲弾銃とブローニングM2重機関銃の連装機銃を突撃してくる民族戦線兵士達に向けて猛射しながら、ジャングルの不整地を強引に前進する小型装甲車の後ろに付いたリーはカービン銃に新しい弾倉を装填しながら、積層構造の装甲板を片手で叩いて大声を張り上げた。


「よーし!いいぞ!やっていけ!」


 突然の装甲車の登場に猛烈な突撃の勢いを挫かれた民族戦線の兵士達が隊形を散らしながら後方へと撤退していく背中を狙って、アーヴィングのストーナー63A汎用機関銃と南ベトナム陸軍のM1919A4重機関銃が追撃の機銃掃射を浴びせる。


「APCを援護しろ!防衛線を死守するんだ!」


 少年兵の体を前進する装甲車の後ろに引き込んだリーはショットガンに散弾を装填しながら、周囲の仲間達に叫んだ。英語が分からずとも、途切れ途切れの単語とハンドサインでリーの指示を理解した南ベトナム軍兵士達は装甲車を死守しつつ、前線を維持する隊形を取るのだった。

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