第5話 崩壊③

「ブルゥアアアアア!!」


オークが民間人を手に持つ金槌でなぎ倒していく。―――その金槌に血を滴らせながら。民間人は慌てふためきながら逃げ去る。


「おいおい待て待て、俺ぁ足が遅いんだからぁザァ!」


オークが地面を蹴り上げると、その巨体が宙へと浮かび上がる。その身体は民間人の向かう先へと飛んでいき、そして着地と同時に民間人の身体を圧し潰す。血が濡れ雑巾のように零れた。


「ハハハッ! 人間を殺したのは何時ぶりだ? もうこの快楽の感覚も忘れていたぞ! さて、他の仲間に獲物を取られる前に向かわねば‥‥‥」


瞬間、オークの死角からスコップが現れ、顔面に衝突した。


「…!!」


オークはかつてない衝撃を与えられた頭部を押さえながら、振り返る。そこには、中学生ほどの小柄な少年がスコップを肩に担いで立っていた。手に湿り気を感じた。見てみると、血がこびり付いていた。


「ふむ、誰だ貴様…?」


「僕? 僕は浅黄 太助。…みんなを殺したね」


浅黄はオークを睨みつける。その眼光は今まで記憶にないほどの鋭さを帯びていた。


「あぁ、殺したな。で、お前は俺を殺せるのか?」


「ごめん、僕、実戦経験ない。でも……」


浅黄はスコップを構える。


「僕も殺されるつもりはないよ」


「そうかい。じゃあ見当違いだったな。———ここで死ね!」


瞬間、オークは浅黄に金槌を振り下ろす。金槌は空を切り裂きながら、浅黄に襲い掛かる。その様は、まるで人間が蟻を潰すようであった。しかし…。


「…! 何!?」


浅黄は、その金槌を片手に携えたスコップ一本で受け止めた。浅黄は余裕の表情で、スコップを振り上げて金槌を浮かせる。


「なっ、しまった…!」


「《飛沫》‼」


瞬間、無防備に曝け出されたオークの身体を、スコップの刃で切り裂く。同時に、オークの身体から大量の血が噴き出す。


「くっ、こんな…ガキに殺されるなど…笑止千万…冥土の土産にもなりはしない…」


そう言ってオークは地面に膝を突き、倒れた。


「……ふぅ…」


浅黄は構えていたスコップを降ろす。


「…すげぇ、絶対あのオーク強かったのに、瞬殺しやがった…!」


青砥が感嘆しながら近づく。


「いや、そんなことないよ…ちょっと魔力使いすぎちゃったみたい。少し休んでいい…?」


浅黄はスコップを地面に置き、近くの壁に身を寄せた。


「あぁいいぞ! 死なないのが一番だからな! …しっかし、向こうは大丈夫か? 二手に分かれたのはいいものの…」


「大丈夫でしょ…白雪さんだっているんだよ…修が足手まといになっても、白雪さんなら助けてくれる…」


少し掠れた小さな声で浅黄はそう言った。


「……だな!」


青砥は安心した笑顔を見せると、浅黄の横に座り込んだ。街は今や地獄絵図の惨状、青砥達に出来ることは、力のない民間人を地下に設置してあるシェルターに避難させることくらいだった。


「……あとどれくらいの人が残ってるのかな」


「さあな。でも、百人ももういないだろうな」


「……修も青砥も白雪さんもトムも…皆生きてて欲しいな」


「…! ばっか、本人目の前にしてそんなこと言うんじゃねぇ! そういうこと言ってると死んじまうぞ!」


青砥は声を張って言った。しかし、浅黄はいつものような豊かな表情も、屈託のない笑顔もしていなかった。…出来なかった。


「でも、本当に生きようね」


「…あたん前だろ! 死んだら天国で説教な!」


「あは…は‥‥‥はは」


浅黄は意識を失った。


「浅黄!」


青砥が慌てて声をかける。肩を揺らして、呼吸が出来ているかを確認する。


(…死なれちゃ困る。じゃなきゃ、修に顔向けできねぇだろ!)


「……!」


…青砥は安心した。浅黄の口から、呼吸の音が聞こえたからだ。


「なんだよ。寝てるだけかよ……びっくりさせんなよ…なっ!」


青砥は浅黄を背中に担ぎ、歩き出す。


「絶対に…死なせなんかしねぇぞ…!」


ゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。あまり乱暴にしては、すぐにでも浅黄が死にそうに感じたのだろう。慎重に、シェルターのある地下へ向かっていく。

その時だった。青砥を、大きな影が覆いつくした。青砥は見上げる。そこにいたのは、白装束に身を包み、単眼の仮面をした長身の男だった。青砥は一気に血の気が引いた。


(なんだ……こいつ…)


「ナンダコイツトハ失礼ナ。吾輩の名ハ”クルエル”。高潔ナル”ホムンクルス”ナリ」


青砥は一瞬にして思考を巡らせる。思い当たったのは、トムの話だ。


(ホムンクルス…! この事件の首謀者共……!!)


青砥はその手に魔法によって作り出した球体を握りしめる。そして、白装束の男の方へ殴りかかる。しかし、空振りだった。背後から白装束の男が囁く。


「オマエノ魔法、メズラシイ。オモシロイ」


「俺の魔法をお前は知らねぇだろうがよ!」


青砥は背後へ拳をふるうが、それもまた空振りだった。また背後から囁く。


「シッテル。オ前ガ知ッテルノナラ、吾輩ハ知ルコトガデキル」


青砥は何度も、四方八方へがむしゃらに拳を振るうが、どの攻撃もクルエルに当たることはない。


「オ前ノ魔法ハ消滅ダ。球体ガ触レタモノヲ『消滅』サセルコトガ出来ル」


「……! お前まさか…!」


青砥が後ろを振り向いた時には、またクルエルは消えていた。そしてまた、青砥から数十メートル離れた先で現れる。


「……お前、心が読めるのな」


「左様。オ前ノ考エテイル事ハ吾輩ハ自分ガ考エタヨウニ知ルコトガ出来ル。当然、オ前ガ知ッテイル事ハ吾輩ガ元カラ知ッテイルヨウニ把握出来ル。ソレガ吾輩ノ《禁忌》ナリ」


「……なるほどな」


青砥は少し歩き、近くの家の壁に浅黄を寝かせると、拳を鳴らしてクルエルの前に立つ。


「ドウシタ? 逃ゲナイノカ? 折角手ヲ出サナカッタノ二……」


「俺は逃げる気も負ける気も死ぬ気もねえんだよ。ほら、さっさとかかってこい」


青砥は右手で挑発した。クルエルの仮面の眼の方向がグルッと上を向いた。


「ハハッ、オ前、パパガ喜ブカモシレナイ。殺シテデモ持ッテ帰ルゾ!」


クルエルは不気味な笑い声と動きをしながら、狂ったように襲い掛かった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




白雪は颯爽と飛び上がると、その手に光の剣を握りしめる。


「これで終わりよ…。《霧雨一閃レイニー・レイ》」


瞬間、剣から光が放たれ、エラー達を貫通する。まるで刹那のように現れたその光は、一瞬でエラー達に風穴を開けていた。


「ぐああああ!」


エラー達は立ち上がることなく血を噴き出しながら地面に伏した。


「す、すげぇ……」


「いいえ、ちょろいものよ。でも、本当にシュヴァルはどこに消えたのかしら。彼がいればこんなもの、すぐに終わると思うのだけれど……」


「た、確かに…」


シュヴァルはドラゴンの中でも素晴らしい能力を持っている。その代わり頭が悪い…とフランから聞いたことがあった。確かにシュヴァルがいればこの状況は変えることが出来るだろう。しかし出来ないのは…。


「なぁもしかしてだが、この結界内にシュヴァルはいないんじゃないか?」


「それは有り得ないでしょ。結界というのは内部に術者がいないと成立しないのよ。あなたも授業で習ったでしょ」


白雪は振り向いてそう言い放った。


「確かにそうなんだが……じゃなきゃこの状況はおかしくないか?」


「………」


白雪は信じたくないという顔をしている。修も、実のところまだ実感が湧いていない。あのシュヴァルが、俺たちを裏切ったと。だが、それ以外考えられなかった。


「……考えても仕方ない。先に進もう」


「……えぇ、そうね」


白雪と俺は歩き出した。白雪は歩いている中ずっと何か考えている様子だった。修は、彼女に何も言ってあげられなかった。実際、修自身も彼が自分だけみすみす逃げるような真似をする男ではないと知っている。


(きっと……きっと何か理由がある筈だ…!)


修にはそう思う事しか出来なかった。歩いている中、民間人は全く見つけられなかった。…赤く染まった肉塊は死ぬほど見たが。暫く歩いた頃、見慣れた空色の髪と翼を携えた女性が目に入った。


「……! フラン! 白雪さん行こう!」


「……えぇ…!」


修と白雪は急いでフランの下へ向かう。


「フラン!」


「…! 赤城君! それと…白雪ちゃん!」


修と白雪がフランの下へ辿り着いた時、フランはなぜか膝をついていた。


「……? フラン、何してるん……だ……?」


修が道の先に視線を向けたとき、修は凍り付いた。そこにいたのは、紛れもなくシュヴァルであった。


「……! シュヴァル!?」


「………!!」


白雪と修は目を見開く。さっきまで逃げたと思っていたシュヴァルが、ここにいたのだから。しかしどこか様子がおかしい。二人は違和感を感じずにはいられなかった。


「あれ? まだこんな子供が死んでないんですか? 想像以上にうちの下っ端弱すぎですね。心底悲しいです」


シュヴァルはそう言うが、その表情は笑っていた。


「ねぇ、シュヴァル、どこか様子がおかしい…」


「二人とも……そいつ、シュヴァルじゃない……シュヴァルは、操られてるの…!」


「「……!?」」


二人は驚愕する。操…られてる…? 瞬間、トムの話が頭を過った。


「なるほど…これが《禁忌》ね…。ドラゴンすらも操れるなんて……想像以上の性能の魔法のようね」


「これが…《禁忌》…!」


すると、シュヴァルは腹を抱えて笑い始める。


「あははは! そんな絶望しきった顔を直接見たのは初めてですよ! そんな顔見る前に、みんな殺してしまいましたから」


「赤城君、ちょっと下がって。《霧雨一閃レイニー・レイ》」


瞬間、いつの間にか白雪が握っていた光の剣から、光線が放たれる。しかし、シュヴァルは全く動揺することもなくするりと光線を躱した。


「……鈍いですね。やはり人間の魔法は未発達。相手にもなりません。ましてや今のドラゴンの身体になど通用するわけないでしょう!」


刹那、シュヴァルは白雪の眼前に現れ、白雪の腹部を蹴飛ばした。


「っ!」


白雪の身体は吹き飛び、家の壁にぶつかった。壁はクレーターのように凸凹が出来ている。


「白雪!」

「あなたもこの場に要りません」


シュヴァルは修の前に現れると、腕に赤いオーラを纏って修を殴り飛ばした。吹き飛びはしなかったものの、修は脳震盪を起こして倒れてしまう。


「……修…!」


白雪が遠くから声をかける。しかし、修の反応はない。シュヴァルはふと自身の手を覗く。何故か、その手は震えていた。


「…? まぁいいでしょう。では次にあなたです。フランギスカ」


跪くフランに、シュヴァルは足を振り上げる。


「…! やめろおお!」


白雪が叫ぶ。瞬間、シュヴァルの足が止まった。シュヴァルは首を傾げ、何度も何度も足を振り下ろすが、フランの身体にその足が到達することはない。


「………困ったものですね。何故かあなただけは殺すことが出来ない。あなた、バリアか何か張っておられるのですか?」


「張ってるわけないでしょ……。私の体力も魔力ももう限界よ」


「ふむ、であればこの反応はこの身体によるものだと思われますね。よほどあなたに思うところがあったのでしょう。こんな反応今まで発現したことはありません」


「そう。なんかキモイけど、その恩恵はありがたいわ」


「…ですが時間の問題ですね。私がこの身体に適応しきってしまえば、この身体に残っている意思は全て消え去ります」


シュヴァルがそう言うと、フランは噴き出したかのように笑い始めた。


「……何がおかしいのです?」


「あいつの頑固さ舐めないでよ。あいつが「こうする」と決めたら絶対そうなっちゃうんだから。あんたみたいな我の弱そうな奴じゃすぐに逆に乗っ取られるわよ」


「…ふっ、勝手に言ってて下さい!」


シュヴァルはまた、足を振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Real Pain Game ウジ @UJ2867

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ