第4話 崩壊②

夕焼けに染まった運動場。ドラゴンと影男の戦闘が行われていた筈の場所である。しかし、その戦闘はいまや行われておらず、運動場は静まり返っている。理由は、影男が跪いている姿を見れば一目瞭然だった。


「ははは、やはり生態系の頂点のドラゴン様には敵いそうもありませんなぁ。あっはは」


シルエットは腹部を押さえながら、虚勢を張るように高笑いをした。腹部には先ほどできたばかりの大きな火傷がただれて広がっている。

シュヴァルは目線下のシルエットを見下しながら近寄っていく。


「……もうお前が何者とか興味もなくなった。お前にある選択肢は、そうだな。燃えカスになるか、灰になるかだ」


シュヴァルはそう言って両手に巨大な炎を灯した。人間の等身ほどの直径をしている。こんなものが人体を燃やそうものならすぐにでも灰か、それとも燃えカスになってしまいそうだ。


「嫌ですねぇ。どっちも結果は同じじゃないですか」


死の間際に皮肉を言われても、相も変わらずシルエットは不敵な笑みを浮かべている。


「…しかし最後に聞きたいこともある」


両手の炎を一旦消して、シュヴァルは身を屈める。


「なんでしょう…?」


「お前のその魔術、《禁忌》じゃねぇの?」


「……ドラゴン様は聡明でいられますねぇ」


「そのドラゴン様っていうのやめろ。俺はシュヴァルだ」


「そうなのですね。…申し遅れました。私、シルエットと申します」


「…まんまだな」


「えぇ、よく言われます」


そろそろシルエットも満身創痍という顔だ。シュヴァルは本題へ話を戻した。


「じゃあ、どこでその《禁忌》を学んだ?」


シュヴァルが問いかける。しかしシルエットは首を傾げる。


「学んだ? いえいえ、この魔術は私が最初から、この世に誕生する前から会得していたのです。どこでと聞かれましても……”研究所の中”ですかね?」


シルエットはほくそ笑む。シュヴァルは新たな情報に、顔を顰めた。


「…チッ、お前、ホムンクルス《人造人間》かよ……嫌な話聞いたぜ」


シュヴァルは立ち上がると、再度その手に炎を灯した。その炎は激しく燃え上がっている。止めを刺すつもりなのだろう。


「せめてもの手向けだ。一瞬で焼いてやる」


「…そうですか。それはありがたいです」


「…? 何の礼だ? それ…」


シルエットの発言に眉を顰めるシュヴァルだったが、瞬間、シルエットは一瞬にしてシュヴァルに飛びついた。


「だって、後処理の必要がなくなるでしょう?」


シルエットは微笑みをたたえたまま、身体が一瞬にして炎に包まれていく。その肉は溶け、骨すらも焦がしていく。数秒した後には、跡形もなく、灰と化した。

シュヴァルはシルエットの死に際の異様な行動に唖然としている。


「……何だったんだ…こいつ…!?」


シュヴァルは自分の身体を見て――――驚愕した。

シュヴァルの右手が、真っ黒の”影”のようなものを纏っていたからである。その影はまるでシルエットが纏っていたものと同じであった。


「!? なんだよ、これ!?」


シュヴァルの右手は次第にシュヴァル自身にも自由が利かなくなり、影は更に浸食を始める。遂には、シュヴァルの胴体まで覆ってしまった。


『んぅ……気持ちがいい! 素晴らしいですね、ドラゴンの身体は!』


シュヴァルの体内から、シュヴァルの脳内へ直接語り掛けてくる声、間違いなくシルエットだった。


「てめぇ、まさかこれが狙いで……!」


『考えても見てください、私ごときが、ドラゴンに勝てる確率など万に一つも考えられません。じゃあ、何故挑んだのか? だから言ったでしょう? あなたは周りが見えないのです。今更悔いても無駄です。強すぎるのも、毒ですね』


そう言ってシルエットは、シュヴァルの体内で微笑んだような気がした。

シュヴァルの中で沸々と煮え滾るものがあった。しかし、もうその気持ちを癒すものも、必要も、なくなった。


「くっ……そがあああああああぁぁ!!」


シュヴァルは吠えた。捌け口のない怒り。後悔。喪失感。それらの感情が一気にシュヴァルを襲った。学校全体に響き渡った遠吠えは、夕焼けの中でいつの間にか消え去った。

遠吠えがどこかで掻き消えた頃、シュヴァルは笑みを浮かべて言った。


「さぁて、ゲームを始めましょう……ククッ」



――――――――――――――――――




「…というわけで話をさせてもらおう。私の名前はトムという。別に覚えなくてもいい。今回限りで関わることはないだろうからな」


ごく普通の家具、ごく普通の物、ごく普通の広さの部屋で、フードコートに身を包んだ骸骨男は自己紹介を始めた。この部屋は、修のものであった。ただ今日家に親がいなかったのでトムとの話し合いの場として無理矢理設けられた。この場に白雪カナン、青砥、浅黄も相席している。


「へぇ、スケルトンって初めて見たよ」


「エラーと関わること自体まずないからな」


「取り敢えず用件を言って。じゃなきゃ私も時間を取った意味がないわ。この街がどう危ないのかしら?」


白雪がトムをキッと睨みつけ、言い放った。この視線の鋭さに交じっている圧で、エラーである筈のトムすらも気圧されている。白雪のその精神的な強さには感服さえ。

する。


「…順番に話そう。そうしたら君たちも整理がつくだろうし、私としても気持ちの整理がついてなくてね。そうして貰えるとありがたい」


「別にいいわよ」


「その言葉、ありがたく頂戴する」


(ねぇ、なんで白雪さんが僕らのリーダーみたいになってるの?ねぇ、なんでなんで?)


浅黄が青砥と修に小声で話しかける。しかし、そのことについては青砥も修も考えていた。


(知らん。しかし、女って大体メンタル強いだろ。そういうことだよ)


(え、どういうこと?)


青砥が適当に返し、浅黄も案の定首を傾げるが、構わずに二人はトムの話に耳を傾けた。浅黄は未だに思考を巡らせている。


「まず、この街の結界が壊れる」


「待ちなさい。話が急展開すぎるわ。ドラゴンの作った結界は、同じドラゴンでもないと破壊など到底不可能な筈よ。だからこの一年間、人類の都市は安寧を保ってきたのよ」


「確かにそうだ」


修が同調する。


「うむ、確かにそうなのだが、”組織”は既に結界を破壊する方法を見つけてあるようだ」


「なんだろうね? もしかしてドラゴンとか連れてくるのかな?」


「いや、それはないだろ。ドラゴンに人間と敵対してる奴がいるなんて聞いたことないぞ?」


「いや、十分ある」


「……へ?」


トムが衝撃の事実を告げる。この場にいる白雪や浅黄までも、この事実に驚いてしまった。


「奴らは《禁忌》を犯してしまっている。生物を操る術も、生物を蘇らせる術すらも奴らは所持しているのだ」


「蘇らせるって…そんなの聞いたことないよ?」


「当然だ。その魔法の代償として数十人の命が奪われるのだからな。隠すのも無理はないだろう」


「うげぇ…」


浅黄は顔を顰めて後ずさった。《禁忌》、話さえ修らは聞いたことがないが、名前的に危険そうだ。


「そしてまぁ、結界が壊れてしまえば外からのエラーの侵入を許すことになり、人間の魔術は未だ発達段階、よって滅ぼされる未来は目に見えているのだ」


「……なるほどね。だけど一つ疑問なのは、その組織とやらは何故都市を狙っているの? どういった組織なの?」


トムは腕を組んで少し考え込む。少しした後、答えを出したのか顔を上げて言った。


「何故都市を狙っているのか、という質問に答えるならば、《禁忌》が人間でないと完成しないからであろう。ここには人間を生け捕りにしに来ていると言っても過言ではない。そしてどういった組織なのか、という質問だが、私も正確には内情を知らされていない。私は組織の外部から情報を集めていた故……ただ、組織の上層部にはホムンクルスがいるらしい。しかも多数だ」


「ほむんくるす?」


「文献で読んだわ。人造人間のことね」


白雪が答える。


「あぁ、ホムンクルスはエラーなんかよりずっと厄介だ。なんせどんなエラーとも違う特性を持たせることが出来るんだからな」


「それは……俺たちで戦えるのか…?」


青砥が頭を抱えて言う。


「戦えるかどうかは、私にも分からんが…立ち向かわないことには始まらないだろう」


…部屋の中に静寂が漂った。みなそれぞれ考えるところはある。そんな中、白雪が言った。


「でも、あなたが嘘を言っている、という事はないのかしら…?」


立ち上がり、白雪は魔法で光の剣を作り出すと、トムの首元へ突き立てた。トムは冷静に、諭すように言う。


「私が君らを殺す気であれば、君らは既に死んでいる。態々嘘を言う必要もあるまい。それに……」


トムは何かを感じ取った。悔やむ表情をしている。なにかあったのだろうか…そう考えている間は、修らにはなかった。


「少しばかり私は出遅れていたようだ」


瞬間、近くから花火が立ち上るような音がいくつも聞こえた。その音はだんだんと近づいてきて―――――瞬間、修の家は爆発に巻き込まれた。家は二階から崩壊し、崩れていく。爆発によって一瞬にして、修の家は炎の中となった。


「……危ないところだった」


トムが家の前でそう呟いた。腕には青砥と修が抱えられ、肩には浅黄と白雪が乗せられている。家は……数分前の面影すら消え、炎に包まれている。周辺の家も同じように炎の中となっていた。


「さぁ、降りてくれ」


トムが四人を地面へ降ろす。トムから降りた後、白雪は気まずそうな表情をしている。


「ごめんなさいトム。私疑ってたわ」


「すまない白雪殿。今は謝罪を聞いている場合ではない」


トムは白雪の話を遮って修らの前に立つ。また、あの音が近づく。トムはフードコートを脱ぎ棄て、その下から甲冑と腰に携えた剣を現した。


「では、参る」


トムは飛び上がると、近づく爆弾に剣を引き抜く。剣は一瞬にして黒いオーラを纏う!


「こんなに大きなものを斬るのは久しぶりだ!」


瞬間、爆弾が一刀両断され、その場で爆発した。その光景は綺麗なもので、修らは少しの間目を奪われていた。

トムが上手く着地する。


「今の内に安全なところへ向かってくれ。そしてまだ残っている民間人を避難させるんだ!」


「え……トムは…?」


「私は……どうやらお呼ばれのようでね」


トムの後ろから、科学者のような男が近づいてくる。頭は真っ赤に染まったボサボサの長髪で、歯がとても鋭い。


「…何あの人…?」


「立ち振る舞いからして、組織の幹部の奴らだろう…私はこいつの相手をする。君たちは…」


「おいおいおい! こんなところでスケルトンの固体を見れるたぁ! 今日は厄日か吉日か!? しかもその上位種のジェネラルスケルトンじゃないですかぁ! こりゃ幸運か? はたまた不運か!」


その男は爆発の渦を背景にして喜々の表情を浮かべている。修らにはその光景がさながら狂気のように感じた。


「その呼ばれ方はあまりしっくりこないな……」


トムは振り向き、剣を抜いた。最後に、修らに囁く。


「……行け」


…それからすぐに…修らはその場を去った。出来るだけ素早く、速く。あの場から一刻も早く立ち去るために。


「ねぇ、ねぇ! 本当にトム置いてって良かったの!?」


「知らないけど…! 行くしかないだろ!」


「えぇ、きっと私たちがいても何も変わらない。足手まといになるのがオチね」


「へぇ! あの実技試験1位候補の白雪さんもそんな弱音吐くんだな!」


青砥もパニックになっているのか、この状況で白雪に皮肉を吐いた。


「……私だって、自分には自信は持ってたわよ……でも…」


白雪は思い返すように目を細める。


「敵わないわよ…あんなの…」

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