第3話 崩壊①
砂を綺麗に整えられた運動場。
シュヴァルはどっしりと構えながら、浅黄の襲撃を待つ。余裕と言わんばかりに微笑むシュヴァル。浅黄は、その手にスコップを握っている。
「おいおい、そんなんでいいのか?」
「うん! このスコップは僕の子供の頃から使ってる愛用のスコップなんだ!」
「…舐めてんなぁ」
シュヴァルはただこの浅黄の突飛的とも言える行動に、面白さを感じていた。浅黄は相変わらず大きな笑みを浮かべている。
「じゃあそっちから来な。しっかりと審査してやる」
「うん分かった!」
浅黄は空中に飛び上がると、スコップの先をシュヴァルに向ける。
「まずは特攻します!」
「どうぞぉ!」
浅黄はシュヴァルのいる方向へ飛び、スコップを刃として一本の矢のように形を取る。シュヴァルのもとへ、50kgの矢が襲ったのだ。きっと普通の人間なら逃げ出すだろう。しかし…。
「はぁ、確か愛用のスコップだったよな。めんっどくせぇ…」
頭を掻くと、矢が迫る瞬間、シュヴァルは最低限の動きでその矢を躱した。
「燃やせねぇじゃねぇか」
「えいっ!」
瞬間、地面に接触した浅黄はすかさずスコップを振り回して攻撃を仕掛ける。シュヴァルはその攻撃を人差し指と親指によって受け止めた。
「大体人間の平均筋力の5倍か…なるほど。身体強化はやっぱずば抜けてんなぁ浅黄!」
「よく分かんない!」
浅黄はスコップから手を放し、肉弾戦で勝負を仕掛ける。浅黄がシュヴァルを殴りかかる。その時―――――――勝負はついた。
いつの間にか浅黄は倒れており、シュヴァルは何事もなかったかのようにどっしりと構えていた。すぐさま体育の先生が浅黄の身体を抱えて運ぶ。
「ハイ次!」
「はい! 出席番号5番! 赤城です!」
「硬ぇよ修。男ならびくびくすんな!」
「…分かってるけどさぁ…」
「…確かにお前はまともな魔法を使いこなせてねぇな。でも出来るさ。多分この授業でも覚醒すんじゃね?」
「何の根拠があってそんな…」
修はシュヴァルから目をそらし、シュヴァルに聴こえることがないように呟いた。しかし、ドラゴンというのは生態的に地獄耳なようで、修の愚痴は丸聞こえだった。
「……信じてんだよ」
「……!」
「信じるなんて”根拠”の枠に入らないかもしれねぇ。けどなぁ、信じとかなきゃ何も出来ないぜ? せめて自分くらいは信じてやりな」
(……俺は今、信じれていなかった。自分すらも信じれていなかった。でも、信じなきゃ、自分を信じなきゃ、何も出来ない!)
瞬間、修の身体が赤いオーラを帯びていく。とても鮮明で、純粋な色をしている。
「…! いいぞ……!」
「行けるぞー! 華見せてみろ! 修ー!」
「後で大根パーティーしよー!」
青砥と浅黄も、修に声援を投げかける。
そのオーラはどんどん肥大化し、校舎ほどの高さにも及んだ。そして最後には‥‥‥。
「……くっ…」
オーラは、全て消え失せた。修はあまりの疲労に膝をつく。
「…惜しかったな、修。次は絶対成功させようぜ!」
笑顔で手を伸ばすシュヴァル。その表情の裏側が、修には見えたような気がした。
(がっかり…しちゃってるよな…)
修がシュヴァルの手を取るのには、少しばかりの間があった。
そうして、修たちのクラスの実技試験は、幕を閉じるのであった。
―――放課後、フランとシュヴァルは、実技試験の後片付けをそそくさとこなしていた。魔術というのは危険を伴うもの。しかし…、今回の怪我人は相当な数を出してしまった。
「はぁ、だからやらかすなって言ったのに‥‥今日保健室に連れていかれた生徒が何人いると思ってんの?」
「言っとくがあれはショックを与えただけだ。なんの外傷も与えてない」
「じゃあ、浅黄君のはちょっと触っただけ?」
からかうようにフランは言った。
「……ちゃんと見てんじゃねぇか」
「彼は逸材ね。戦闘能力5倍なんて、ドラゴンとまではいかなくても、上級のエラーとなら戦えるかもしれないほどの魔力よ」
「いやぁあれはミスった。浅黄のパンチ思ったより速いんだもんよぉ。思わずデコピン食らわしちまったぜ。なのにあいつ保健室には行かずに修の応援し始めるし、その頃には傷完治しちまってんだもんよぉ。もうちょっと強くしとけば良かった気がするぜ」
シュヴァルは冗談でそう言ってみる。
「馬鹿ね。そんなことしたら浅黄君の首どころか私たちの首も飛ぶわ」
「そうか? あいつなら余裕で耐えて笑い飛ばしそうなもんだけどな」
「あはは、そしたら浅黄君、間違いなく化け物確定ね」
「違いねぇ」
二人は笑いあった。夕焼けの明かりで、二人は顔を赤らめている。
「…それにしても赤城は面白いぜ。これだから臨時教師は辞められねぇ」
「赤城君? 彼は確か……魔法も使えないんじゃなかったかしら?」
「あぁ、でも魔力量で言えば、もしかしたら…」
シュヴァルは会話を止めると、後ろを振り向く。
一見誰もいないように見える運動場。しかし、シュヴァルは確かに誰かの気配を感じ取っていた。
「おいおい、盗み聞きとは質が悪ぃなぁ。どこのどいつだ?」
シュヴァルがそう言うと、観念して現れたのは、真っ黒のシルエットだった。シルエットはまるで人間の成人男性のような形をしている。
「流石ドラゴン、というべきかな。恐れ入りますよ」
「そりゃどうも」
(気配を今さっきまで感じ取れなかった…。魔法か? いや、それにしては精度が…)
シュヴァルは思考を巡らせる。そして、背後のフランに伝言を頼む。
「フラン、ちょっと本気出すかも。周りの人間避難させといて」
「分かったわ」
フランは翼を広げ、飛び立つ。最後に、フランはシュヴァルに伝える。
「出来るだけ手加減して! で、負けないくらい本気で!」
そんな矛盾しているようなことを言い残し、フランは夕焼けの空へ飛び立っていった。シュヴァルはその姿を見送ることなく、影男を見据える。
「…注文多いっての。さぁて、君にはたくさん聞きたいことがあるんだが?」
「僕に答えられることならいくらでも?」
「お前ら、どうやって結界を潜り抜けた?」
「…はて、なんのことやら」
シルエットはふざけるように肩をすくめた。
「とぼけんな。ここは俺とフランで結界張ってんだ。ドラゴンの結界を通るのにも相当な魔力がいるってのに、二匹となればほぼ不可能。さぁて、君はどっから来たのかな?」
「…あなたは強いですけど、その分周りが見れてないです。こーんな大きな”穴”すら、見えないくらいにね」
シルエットは手を大きく広げて見せる。
「あぁ? 穴? 結界に穴なんざ…」
「誰も結界の話はしていませんよ? 僕は”内側”の話をしているんです」
影男がにやりと笑う。嘲笑するような笑みに、シュヴァルは何かを感じた。”内側”。その言葉が、一体何を示しているのか。
「……! お前まさか…!」
「答え合わせをさせてあげる気はありませんよ?」
瞬間、シルエットの地面に穴が開き、身体が吸い込まれていく。それと同時にシュヴァルの死角に大きな穴が開き、そこからシルエットが――――――。
「あぁあ、また負けたぁ」
浅黄がどんよりとした足取りで、溜息混じりにそう呟いた。
「おい、そんな溜息ばっかりつくな。これで39回目だぞ」
「いや、お前も真面目に数えてんじゃねえよ」
青砥の本気なのか判別のつかないボケにツッコミを入れる修。しかし、その彼自身も今回の試験で疲労感を募らせていた。
(くそ、もう他のみんなは少なからず魔法は使える。なのに俺はまだ何の魔法も使えない…こんなんじゃ駄目だ)
「そんな気に病むな。修」
青砥が修の肩に手を回して体を引き寄せる。
「お前なら出来るさ。いつだってみんなより頑張ってたお前なら。もしかしたらすぐにでも俺らを追い抜くかもな」
「うー! 悔しい! こうなったらやけくそだー! 大根パーティだー!」
「お、いいねぇ。おでんとかはどうだい?」
「要る―!」
浅黄は青砥の提案を張った声で答えた。
「あははは」
修の口から思わず笑いが零れた。さっきまでのどんよりとした気持ちが晴れたようだった。
「でも修、知ってるか? 最近この辺りに不審者が出るって…」
「あ、僕その話知ってるよー! 確か今の夏の時期に合わない真っ黒のフードコートを着て、フード被ってて、ジーパンで…マスクとサングラスをいつも付けてて、顔は真っ白で…」
「ふぅん、でもまぁ、俺たちがそんなのに出くわす…なんて……な…い……?」
俺たちは自然と足取りを止めた。その理由はさっきまでの会話で察しがつくかもしれない。まぁ、簡単に言えば、不審者が目の前に現れたのだ。
「えーっと、確か最初なんだったっけ?」
「真っ黒のフードコート……」
「フード被ってる…しかもジーパン……」
三人ともポカンとした口調でゆっくりと言葉を発していく。
「……顔は?」
「サングラスとマスク‥‥」
「真っ白……」
「「「あああああああああ!」」」
修ら三人は、いつの間にか全速力で背後へ走り出していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
不審者も声を張りながらこちらへ走ってくる。
「あの人ヤバいよ! 走って来たよ!」
「すげ! 不審者も走れるんだ! 初めて知った!」
「この状況で新たな発見してんじゃねーよ青砥! あと、人間だれしも走れるから! 不審者限定じゃないから!」
「お先に行きまーす!」
浅黄は身体強化魔法で修たちを追い抜いていく。
「おい待て」
瞬間、浅黄の手を青砥が掴んだ。修もその青砥の手を掴んでいる。
「「何一人だけ逃げ切ろうとしてんだ?」」
浅黄はハッとした。こいつらはこういう人間だったと!
「いや、ちょっと…僕ら親友だよね!? こんな道連れみたいなことしないもんね!? ね!?」
「「親友だったらお互い助け合うもんだろ?」」
「こういう時だけ息ぴったり!? あと、助け合おうとしてないのは二人もでしょ!」
瞬間、修たちの背後で、閃光が走った。思わず三人とも動きを止めて振り向く。
そこには、不審者を地面に突っ伏させながら、不審者の上を足で踏みつける白髪の少女の姿があった。
「え…誰?」
「確か違うクラスの白雪 カナン。今回の試験の首席と噂されてた人だな。”才色兼備って言葉が一番しっくりくる人No.1”らしい」
青砥が彼女の解説を無駄な情報を交えながらした。
「何そのよく分からないランキング?」
「いや、ランキングにはなってないぞ。ただNo.1がいるだけ」
「???」
浅黄は困惑して首を傾げる。白雪がこちらに気付き視線を向ける。その視線は強く、そして繊細で、透き通っていた。
「あれ、君ら誰だっけ? 取り敢えず離れといて。この人を交番に連れていくから」
「ま、待ってくれ……」
フードを被った不審者が白雪に呼びかける。
「何? あなたが三人を追いかけてたの見てたのよ? それでも弁解出来ると……」
不審者は自分のフードを勢いよく外した。そこから現れたのは、真っ白の頭、いや、こういった方が正しいだろう。”真っ白の頭蓋骨”だった。
「頼むから話を聞いてくれ…! 今、この都市が危険に冒されているんだ…!」
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