第2話 世界は揺らいだ

「さて、まずは何から話しましょうか…難しいですね」


アルカステラと名乗る美女は顎に指を置いて思案する。背中に生えた翼がゆっくりと揺れていた。

当然、国会はざわついていた。突然現れた女がドラゴンの王だと宣うのだから、無理もない。しかし、アルカステラは構わず話し始める。


「ここにいる皆さんは、世界中で巻き起こっている現象について把握しておられるでしょうか」


アルカステラの話題に、国会は凍り付いたように静まり返った。その話は国会が、いや、世界が一番必要としていた話だった。一人の議員がアルカステラの質問に答える。


「未確認生命体の異常発生のことなら、もうすでに世界中が把握していることだと思うが」


「そうですか。では安心です」


アルカステラは続ける。凛とした佇まいで。落ち着いた口調で。


「あなたたち人類は、今とても危険な状況にあります。何故なら、あなたたちはこの状況に適応し得る能力を持っていないからです」


「…というと?」


「世界に今蔓延っている、あなたたちが未確認生命体と呼んでいる生物、あれらは全て―――――異世界の生物なのです」


「…異世界?」


また奇天烈な単語がアルカステラの口から当然のように吐き出される。しかし、アルカステラはふざけている様子もなく、ただ真剣に、落ち着いた口調で続ける。


「そうです。私たちは、別世界からやってきたあなたたちが口にする”宇宙人”とよく似た生物です。…実物を見た方が早いかもしれませんね」


すると、アルカステラの身体に純白の鱗が浮き出し、翼は巨大化し、その身体は爬虫類のものへと見る見るうちに巨大化していった。その身体はギリギリ国会の中に収まるほどだ。

その姿は、まるで伝説のドラゴン。


「これがその姿です。こんな生物、あなた方の環境に存在していましたか?」


「人間じゃなかったのか…!」


議員が面を食らったように椅子から転げ落ちた。


「何を仰っているのか…最初から申し上げております通り、私はドラゴンです」


アルカステラは議員の下へ顔を近づける。その眼は人一人分程の大きさであり、しっかりと議員を捉えている。議員はその瞬間意識を失ってしまった。

アルカステラは目を瞑って顔を横に振る。やれやれといった感じだ。


「はぁ、第一印象の通り、この世界の方々は自分の知識外のことは何があっても信じられないのですね。悲しいことです。だから”進化”も出来なかったのでしょうか」


アルカステラは溜息をつくと、ゆっくりと自分の身体を人間の姿へ戻した。国会の議員全員はこの異常な生態に目を丸くしている。


「まずは何故このようなことになったか説明致しましょう。私たちは宇宙よりも次元の違う世界、四次元の世界の中で絶対に噛み合わない、ねじれの関係にありました。ですが、ある日こちら側の世界で不祥事がありました。世界を構成する”核”のような存在が消失してしまったのです」


「…今、”核”と仰いましたか?」


「えぇ、私たちの世界の核は、人間でした。ただの女性です。不老不死であることを除けば、どんな女性よりも素晴らしいお方でした」


「不老不死だなんて…どう考えても異常じゃないか…」


「今何と仰いましたか?」


議員の適当に嗤って呟いた言葉を、アルカステラは聞き逃さなかった。先ほどのドラゴンの時と同じ目で議員を睨みつける。


「彼女を愚弄することは許しません。彼女は世界誕生のその時から存在しており、自分自身に悩みを持つことは毎日のようなことでした。ですが彼女は世界のことを思い、世界の為に尽くした聖女のようなお方なのです。あなた方が彼女を愚弄するのであれば、私もあなた方とは敵対する覚悟です」


「…失言した。申し訳ない」


アルカステラは微笑む。どこか畏怖を纏っているように。


「…次はありませんよ?」


アルカステラはどこか闇を隠したような微笑みで議員に最後言い付けると、話を続けた。


「しかし、彼女は殺されました。”不死の呪い”をも打ち砕く強固な力で。そして私たちの世界は崩壊しました」


「…辻褄が合わんな。世界が崩壊したなら、何故その世界の生物がここにいる?」


「世界の真理です」


「……なんだそれは?」


「世界の真理は、所謂”法則”のようなもので、何があっても覆ることはありません。そしてその真理の中に、「世界が崩壊してもそこに存在する生物は息絶えない」というものがあります。なので私たちは別の世界で生きることを強いられることになりました」


アルカステラは少し溜息混じりに言った。何も知らないのか、何故自分がここまで説明しないといけないのか、といった感じだ。


「…それで私たちの世界が選ばれたということか? 理不尽にも程がある!」


議員は台を叩いて立ち上がった。しかしアルカステラは呆れたような目で告げる。


「何を仰るのですか? それは都合が良すぎるというものです」


「どういうことですか?」


「世界は常に崩壊と創造を繰り返しています。そんな中、ずっとあなた方は崩壊に巡り合うことがありませんでした。これは言うなれば奇跡です。なのに自分たちがその場に立ってみれば文句ばかり、本当に呆れたものですよこの世界は」


アルカステラはまた溜息をついてみせた。


「だが…では奴らに対抗するしかないではないか! 今すぐ兵器を用意しなければいけないぞ!」


「いえ、不可能です」


「……は?」


「ふむ。では一つ実践して見せる必要がありそうですね」


そういうとアルカステラはどこからともなく拳銃を取り出し、それを自分の頭へ突き付けた。


「余所見厳禁、ですよ?」


アルカステラは微笑みかける。その瞬間、拳銃の引き金が引かれた。


バンッ


銃声が会場全体に響き渡る。全ての議員はこの光景に唖然としていた。アルカステラは、何事もなかったかのようにそこに立っていた。血の一滴も零さず、あるのは足下の潰れた弾丸だけだった。



「どうにか分かっていただけたでしょうか」


いつの間にか手に握られていた筈の拳銃は幻影のように消え、アルカステラは更に続ける。


「このように、あなた方の”兵器”というものでは、私たちに対抗することは敵いません。倒せるとしたら精々小型種くらいのものでしょう」


会場内の議員、いや、このニュースを見ている人間はみな絶望していた。気ままに考えられる人間など、阿呆や世捨て人くらいだ。人間に絶滅の時が来た。そう皆感じていた。


「であれば…我々に対抗手段はないのか?」


「いえ、あります」


アルカステラは希望を投げかける。


「あなた方はいち早く魔法についての知識を身に着けてください。そして、実用可能なほどまで鍛錬するのです。道はそれしかありません」


「ま、魔法……!?」


「いやしかし、我々人類は誰もそんな知識は身に着けていないし、そもそもそんなことしていては人類は他の生物に滅ぼされる可能性だってあるではないか!」


「まず一つ目に質問に答えましょう」


アルカステラは人差し指を掲げて見せる。


「知識人や先生はこちらで手配しましょう。人間ではありませんが、人間に友好的で、敵対しない方々です。保障します」


「そして二つ目」


今度は中指を立てて、ピースの形を作る。


「そちらは私たちドラゴンが人類の魔法技術が発達するまで魔法で結界を作り、人類の生活環境を保護いたします。しかし、広域に渡る結界は至難の業なので、結界外の移動は危険であり、過疎地域までは保護できない場合がございます。どうかご理解頂きますよう…」


アルカステラの講演はこれで幕を閉じた。彼女が立ち去った後も議員たちは長い間話し合った。結局、アルカステラの提案に人類側の損失がなく、アルカステラと各国の代表はこのことについて承諾し、法律を各国で定めた。


「各国に配置される未確認生命体、《エラー》とは敵対せず、有効な関係を築くこと」


「結界外への脱出は正当な理由で報告がない限り法律違反とする」


「国民は魔法への知識を身に着けること。これは国民の義務とする」


といった具合に、世界は大きく揺らいだ。今では授業の中に「魔術」の授業があるくらいだ。そして…。


「今日はドラゴン種のお二方に来て頂いております! どうか皆さん拍手を!」


二人の翼を生やした人、ドラゴンが前に出た。


「どうも、シュヴァルだ…てみんな知ってるよな。今日はよろしくみんな!」


「えぇ、フランよ。改めてよろしく。…あんた、しくじるんじゃないわよ?」


「お前に言われたかねぇんだわ」


フランがシュヴァルの足を踏みつける。更にまたシュヴァルがフランの腹をつねる。


「え~と、いつものように喧嘩をされてますが、もう始めちゃいましょう! よろしくお願いします!」


「「「よろしくお願いします!」」」


生徒全員で挨拶をする。今日は、「魔術」の実技試験だ。

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