第41話 子どもを預かるカップル。

「あ、大和やまと君! お待たせー!」

 待ち合わせの公園に、結朱ゆずの声が響いた。

 今日は日曜日。

 一日中RPGをできる貴重な日なのだが、結朱に招集を掛けられ、俺はこうして公園までやってきたのだった。

「おう。今日はいったい何の用……って、その子は?」

 結朱のほうを見た俺は、思わず目を見開いた。

 彼女の側に、ちょこんと佇む子どもの姿を見たからである。

 小学校低学年くらいだろうか。

 長い黒髪と、少し内気そうながらもどことなく結朱に似た顔立ちの少女。

「この子は……どこから誘拐してきたんだ?」

 ついそう訊ねると、結朱は顔をしかめた。

「攫ってないよ、失礼だな。この子は七峰ななみね芽衣めい。私のいとこです。ほら芽衣、挨拶して?」

「よ、よろしくお願いします……」

 ちょっと緊張しているようだが、礼儀正しく頭を下げてくる芽衣とやら。

「おお……結朱と同じ血が流れてるとは思えない礼儀正しさだ。よろしく、俺は和泉いずみ大和だ」

 ちょっと感動しながら自己紹介を返す俺に、結朱が不服そうな目を向けてきた。

「おいコラ、私も礼儀正しいでしょうが。可愛いだけでなく礼儀正しく、それでいて謙虚さを忘れない素敵な淑女でしょ」

「そうだな。あとは謙虚って言葉の意味を調べる周到ささえあれば、文句のつけようがなかったんだけども」

「なんだとー!?」

 いつも通りの小競り合いを演じていると、芽衣が少し不安そうな顔をした。

「あ、あの……二人とも、喧嘩はだめだよ?」

 子どもに宥められて、俺たちは慌ててみっともない振る舞いをやめる。

「喧嘩じゃないよ、芽衣。このお兄ちゃんは私のことが大好きだから、構ってほしくてこういうことを言ってるだけなの。芽衣のクラスにもそういう男子いるでしょ?」

「あはは、そうなんだよ。俺はこのお姉ちゃんのことが大好きだから、こういう冗談にも付き合えるんだよ。ほんともう好きでもなかったら、こんな失礼な奴と付き合えないし」

 二秒で小競り合いを再開する俺たちであった。

「そ、そうなんだ。よかった」

 が、小学校低学年には俺たちの陰湿なやりとりは伝わらなかったらしく、心底ほっとした表情になった。

 それを見て、さすがの俺も気がとがめる。

 ちらりと結朱に目を向けると、彼女も同じような感想を抱いたようだった。

「……大和君。とりあえず子どもの教育に悪いことはやめようか」

「……そうだな」

 ここに和平が結ばれた。子はかすがいである。

「それで、今日はどういう用件なんだ?」

 落ち着いたところで本題を切り出すことに。

「それがね、ちょっと芽衣を私が一人で預かることになっちゃってね。それで大和君も呼んだほうがいいかなって」

 言われて、納得した。

「なるほど。子どもの面倒を一人で見るのも大変だもんな」

 どうやら俺は子守のヘルプとして呼ばれたらしい。

「ん? いや、全然大変じゃないけど」

 が、そんな俺の予想とは裏腹に、結朱はキョトンとした表情を浮かべた。

「え、違うの?」

「うん。だって見ての通り、芽衣は大人しいし」

 確かに……こんな大人しくて礼儀正しい子なら、別に俺のヘルプなんかなくても一人で子守できるか。

「じゃあ、なんのために呼ばれたんだ、俺」

 いよいよ困惑する俺に、結朱はいつものナルシストスマイルを浮かべて胸を張った。

「もちろん、子守も完璧で素敵な私を誰かにアピールしたかったから!」

「……帰ってゲームやるわ。じゃ、また明日学校で」

「待って待って!」

 くるりときびすを返して直帰しようとする俺を、結朱が必死に止めてきた。

「せっかくだから三人で遊ぼうよー。そっちのほうが楽しいよ? ねえ、いいでしょ? ねえねえ」

 芽衣の前だというのに、全力で駄々をこねる結朱。

 結朱ちゃんのことが大好きな彼氏としては、こんなみっともない姿を子どもに見せ続ける彼女の姿に居たたまれなくなり、渋々ながら折れることにした。

「仕方ないな……今日だけだぞ」

「わあい! よかったね、芽衣。このお兄ちゃんも遊んでくれるって!」

「う、うん」

 自分の手を取って喜びを爆発させる結朱に、芽衣は目を白黒させていた。

「よし。じゃあ何して遊ぼうか」

 気持ちを切り替えて訊ねると、結朱は鉄棒のほうを指差した。

「あ、芽衣が明日逆上がりのテストだから、今日は特訓をするつもりなの」

「それで公園で待ち合わせだったわけか。了解」

 公園には他の子どもたちもいたが、幸いにも鉄棒は空いていたため、俺たちは三人で鉄棒の前まで来る。

「はい。じゃあ今日は芽衣の逆上がり特訓です! まずは大和君が見本を見せてくれるから、それを見てやり方を学ぶように!」

「俺がやるんかい。まあいいけど」

 唐突な丸投げに呆れながらも、俺は鉄棒を掴んだ。

「じゃ、やるぞ」

 軽く助走を付けて跳び、くるりと回ってみせる。

「ふぅ……久しぶりだけど忘れないもんだな」

「えと、すごく上手です」

 気を遣っているのか、ぱちぱちと拍手してくれる芽衣。

 可愛い。結朱とは大違いの愛嬌だ。

「ありがと。ポイントは重心移動の感覚を掴むことだな。ま、やってみながら覚えればいいさ」

「は、はい!」

 俺が場所を譲ると、芽衣が鉄棒を掴む。

 そして逆上がりをしようとするが、身体がうまく回らず、足が地面に着いてしまった。

「うぅ……やっぱり」

 学校でも散々特訓して駄目だったのか、がっくりと項垂れる芽衣。

「気にするな。悪いところを一つずつ直していけばできるようになるって」

 俺は彼女の頭をぽんと撫でて励ます。

 すると、シャイな芽衣はみるみる赤くなってしまった。

「う……はい。やってみます」

 照れたのを誤魔化すように鉄棒に向き直る芽衣。やはりほっこりする可愛さだな。

「ねー……なんか芽衣に甘くない? 私には辛辣なのに」

 と、そこでまた面倒なことを言い始める女が一人。

「いや、子どもと張り合ってどうするんだよ……」

 呆れた視線を向けると、結朱はぷいっと顔を背けてしまった。

「張り合ってないですー。ただもっと甘やかしてほしいだけ、芽衣と同じくらいに」

 それを張り合ってるというのだが……まあ指摘するだけ無駄か。

 俺は小さく溜め息を吐くと、結朱の頭に手を置いた。

「はいはい。結朱ちゃんもえらいえらい」

 そう言ってすぐに手を離すと、結朱は唇を尖らせた。

「雑なんだけどー。ていうか、髪の毛セットしてるのに崩れたし。だいたいにして、ちょっと頭撫でた程度で女の子の機嫌がよくなると思ってるのは、大和君と私くらいだよ」

「お前も思ってるんかい。じゃあよかったよ、なんでクレームから入ったんだ」

 じと目で睨む俺に対して、結朱は髪の毛を整えながらちょっと悪戯っぽい笑みを返してきた。

「まあそんな大和君の不器用さも許すのが私の完璧たる所以だからね。私が出来た彼女であることに感謝して?」

「出来た彼女は小学生に張り合わないと思うんだがな」

「だから、張り合ってないですって。その証拠に、一人頑張っている芽衣のところに大和君を送り出すからね。逆上がり、教えてあげて」

 自分の機嫌が直った途端、芽衣のほうに俺を押しつけてくる結朱。

「しょうがねえな、まったく」

 ま、俺も出来た彼氏だからね、結朱のこういう言動には慣れっこですよ。



 地面を蹴っては回れずに着地し、アドバイスを聞いては再び地面を蹴る。

 そんな動作をどれだけくらい返しただろうか?

 数時間後、ようやく芽衣は逆上がりを一回成功させた。

「で、できた……!」

 ぎゅっと両手を握り、控え目に喜びを表わす芽衣。

「よかったな、芽衣」

「おめでと!」

 俺と結朱も拍手で彼女を祝う。

「あ、ありがとうございます。二人のおかげです」

「芽衣が頑張ったからだよ」

 俺が優しく褒めると、芽衣は赤くなって俯く。

「いやいや、大和君もだいぶ熱を入れて指導していたからね。これは大和君の成果でもあるよ。連れてきた私としても鼻が高い」

「……お前はほぼ見てるだけだったけどな」

 何故か自慢げな結朱に白い目を向けるも、結朱はまるで効いた様子もなく肩を竦めた。

「それはほら、大和君が珍しく他人とコミュニケーション取れてるようだから、邪魔しちゃ悪いかなって。もしや子ども好き?」

「ナルシストよりは素直な子どものほうが好きなのは間違いないな」

 からかってくる結朱に冷めた目を向けていると、芽衣に服の裾を引かれた。

「あ、あの、せっかくなので大和さんに何かお礼がしたいんですけど」

「お礼? 別にいいけど、そうだな……あ」

 唐突な申し出に困った俺だったが、すぐに大事なことを思い出した。

 なので、俺は真剣な表情で芽衣の肩を掴み、真っ直ぐに語りかける。

「じゃあ、その礼儀正しく素直なまま育ってくれ。間違ってもナルシストにはなるんじゃないぞ。もっと立派な大人になるんだ」

「おいコラ。何か棘があるね」

 外野が何か文句を言ってるけど、無視します。

 と、その様子が面白かったのか、芽衣はくすりと笑った。

「はい、分かりました。じゃあ私が立派な大人になったら、大和さんの彼女になってあげますね」

「俺の? あはは、それは楽しみだな。待ってるよ」

 茶目っ気のある冗談にほっこりしながら芽衣の頭を撫でる。

「ちょっと待った! 駄目だよ芽衣! 大和君は私の彼氏だからね!」

「だから、子ども相手に何を張り合ってるんだ……」

「張り合ってないし! ただ彼氏の浮気をとがめてるだけだし!」

「それを張り合ってるというんだ……」

 相変わらず余裕のない女である。

「うむむ……未来のライバルを自分で生み出してしまうとは、私もとんだ大ポカをしたもんだよ」

 失策を悔やむような結朱を、俺と芽衣は呆れた目で見てしまう。

「……芽衣はもうちょい余裕のある大人になってくれよ?」

「……はい。頑張ります」

 こうして、子守の一日は過ぎていくのだった。


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