第37話 一週間ぶりに会ったカップル。
思えば、こんなに長期間
週の初めに結朱が風邪で二日間休み、その直後に俺も風邪を引いて同じく二日の休み。
そうして、ようやく二人とも健康な状態で再会できることになったのは今日、金曜日。
土日に会わなかったことも考えると、先週の金曜から実に一週間ぶりに顔を合わせることになる。
「……なんか、緊張するな」
朝の登校中、いつもの待ち合わせ場所に立つ俺は、柄にもなくそわそわしていた。
落ち着け、たった一週間だぞ。遠距離恋愛のカップルでもあるまいし。
「あ……お、おはよう、
俺が軽く深呼吸をして自分を落ち着けていると、ぎこちない挨拶が背中に向けられた。
振り向くと、どこかそわそわした様子の結朱。
「お、おう。おはよう」
「うん……」
沈黙。
挨拶はしたものの、それから会話が続かなくなり、間合いを計るような静寂が二人の間に降りた。
「な、なんか久しぶりだと照れるね。あはは」
先に沈黙を破ったのは、やはりコミュ力のある結朱。
彼女の照れ笑いに、俺も頷き返した。
「そ、そうだな。うん。俺たちってどんな感じだっけ」
本物カップルだったらこんな事態には陥らないのかもしれないが、偽物カップルという微妙な関係は、間が開くと距離感が分からなくなるものらしい。
「どうだったっけ……偽物カップルとして最適の距離感を取ってたと思うけど」
結朱の言葉に、俺も頷く。
実際、かなり上手くいっていた記憶があるもの。
「そうだよな。外ではちゃんとカップルをアピールしつつ、二人の時はきちんと今後の計画を建てながら過ごしていたはず」
そう、確か俺たちはそういう良きビジネスパートナーだった。
「じゃあ、それを一つずつ思い返して、再現していけばいいんじゃないかな? そうすれば自然と思い出すでしょ」
「いいな、それ。一番手っ取り早い」
結朱の出したナイスなアイディアに、俺も同意する。
そうして、二人で過ごした時間を思い出すことに。
「まずは登下校中だけど……私の記憶だと、手を繋いでたりしたよね」
「ああ。カップルアピールのためだな、うん。やってみるか?」
「そうだね」
そう言って俺が手を差し出してみると、結朱も抵抗なく握り返してきた。
俺の手のひらにすっぽりと収まる、結朱の小さい手のひら。
「………………」
「………………」
あ、あれ? なんかめちゃくちゃ照れくさいぞ。
いや、でも前はやってたよな? 普通に手を繋いで。
なのに、どうしよう……今ちょっと結朱の顔見られる気がしない。
「タ、タイム!」
思わず、俺は手を離した。
見れば、隣の結朱も赤くなっている。
「ちょっと待て。俺たち、こんなこと本当にやってたのか?」
「や、やってたと思うけど……こんなに照れてなかったような」
完全に経験値がリセットされていた。RPGの二週目のような状態である。
「ほ、他には何か……」
手を繋ぐことを諦め、違うところからリハビリを始めようとする俺である。
結朱も賛成だったのか、思い返すように視線を泳がせる。
「えーと……カイロを大和君の腕に貼って、腕を組んでたことも」
「あったな、そんなの!」
よくそんなことやってたな。手を繋ぐのだけでも照れてるのに、それは無理だ。
「えと、他には?」
「抱き締められたりとか」
「ほ、他……」
「大和君の膝の上に座ったことも」
「………………」
え、ちょっと待って。
俺たちって、そんないちゃついてたっけ? あれ、偽物カップルだよね?
「嘘だろ……俺の中では、もっとドライだった記憶なんだけど」
偽物カップルだし、俺は常にゲーム第一で、たまに飛び出す結朱のナルシスト発言を適当に受け流していたような。
「わ、私も……もっとぞんざいに扱われてる印象だったんだけど、こんなによくくっついてたとは」
結朱としても予想外の検証結果だったのか、動揺を隠し切れていなかった。
俺は一つ深呼吸をして落ち着くと、気持ちを無理やり切り替える。
「いやでも、たまたまインパクトの強いイベントだけを覚えてた可能性も」
ほら、普段はすごいドライだからこそ、たまたま仲良くしていた時のことが強く印象に残っているだけ、みたいなね。
「そうだよね。他のも思い出してみよう」
力強く頷く結朱と一緒に、過去の言動を思い返してみる。
「たとえばほら、結朱は彼氏いるのに合コンに行こうとしたりしたよな」
そんなこともあったはず。うん、どうやらその程度の関係だったらしい。
と、俺が納得している一方、結朱はすごく気まずそうに苦笑していた。
「でも、それは大和君にヤキモチ妬いてもらうためで……」
「ていうか、最終的に俺が止めたんだっけ……」
結朱の言葉を引き金に、詳細まで思い出す。
あれ、全然ドライな感じのエピソードじゃないな……。
結朱もそう気付いたのか、慌てて次のエピソードを投入してくる。
「で、でも私も友達を優先して会わないこともあったし」
「あったな。それで夜に電話かかってきて」
結朱が浮気対策とか言って自分の写真送ってきたり、部屋の写真を送りあったりして。
「最後に、私が会いたいって言い出して……」
「俺も会いにいって……」
「………………」
「………………」
認めたくない事実が脳裏をよぎる。
もしかして、俺たちってバカップルだったのでは?
ドライな偽物カップルだと思っていたのは当人ばかりで、周りから見たら相当いちゃついていたのでは?
え、怖い。何が怖いって、自分では普通だと思っていたのが一番怖い。
「いやいやいや、あくまで計算でアピールすることはあったけども! 天然でバカップルだったわけじゃないよな!?」
「そ、そうだよね! 計算でやってたんだよね、私たち!」
うっすらと認めかけてしまった現実を、二人揃って必死に否定する。
そう、俺たちはバカップルなどではない。断じて……多分……きっと。
「しかし、これは由々しき事態だぞ……一週間空けて冷静になったのはよかったかもしれんな。正しい距離感を作れる」
あくまで俺たちは同じ目的のために手を組んだ同志であり、ビジネスパートナーである。
時間が経つうちに、互いに慣れちゃってなあなあになっていたのではなかろうか。
「確かに。改めてルールみたいなのを決めてみようか」
結朱の同意を得られたところで、俺たちは二人のルール改定に乗り出すことに。
「とりあえず不要な接触は禁止で」
「まあそうだね。元々はそういう話だったはずだし」
よし、可決。
「あと、放課後の時間も減らしてみるか」
「それもまあ……うん」
ゲームに未練があるのか、歯切れが悪かったが結朱も同意してくれた。
もう一つ、不必要にカップルっぽい行動と言えば……あ、一つあったな。
「そうだ、手料理も禁止にしようか」
「えっ!? そ、それは厳しすぎない!?」
と、結朱はここで意外な反応を示した。
思わず、俺はきょとんとしてしまう。
「いや、一番簡単なのだろ? まさか久しぶりに会うからって、気合入れて手料理でも持ってきたわけでもあるまいし」
「………………」
「…………え、当たった?」
顔を引き攣らせる俺に、結朱は慌てたように首を横に振った。
「そ、そんなわけないし。久しぶりだからって、そんな浮かれてないからね、うん……」
言いつつ、結朱が露骨にしゅんとしたのが分かる。どう見ても作って来てんじゃねえか。
「えーと……」
まずい。バカップルは駄目なんだけど、結朱の心遣いを踏みにじるのは、それはそれで駄目だと思う、人として。
しかし、ここで突き通せないと、このままずるずると感覚が麻痺して元のバカップルに戻ってしまいかねない……!
どうする、何が正解だ?
少し悩んだ末、俺は溜め息を一つ吐き――
「いやまあでも、俺たちの演技も自然に見えるほど極まってきたってことじゃないか? うん。いいことだよな、それ」
――人道を優先することにした。
途端に、結朱の顔もパッと明るくなる。
「そ、そうだよね! よく考えたら、周りからバカップル扱いされることに損とかないしね!」
「お、おう。というわけで、特に禁止項目もなしで、自然な感じにいこうか!」
「う、うん!」
こうして、俺たちのルール改定は終わったのだった。
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