第35話 寒波に負けるカップル。

「わ、もう外が真っ暗だね」

 いつも通りの文芸部室。

 ゲームが終わって帰りの支度をしている時、結朱ゆずが窓の外を見てそう呟いた。

「ほんとだ。もうすっかり日も短くなったな」

 この文芸部に通い始めた頃より、だいぶ冬に近づいている。

 そんなことを考えながら、俺は文芸部のドアを開き、

「いや寒っ!?」

 あまりの冷気に、反射的に閉めてしまった。

「おい、外めっちゃ寒いぞ。もはや冬だったわ!」

 首を竦めながら結朱に語ると、隣にいた彼女にも冷気は伝わっていたのか、険しい顔で頷いた。

「今のは想像よりだいぶ寒かったね……ちょっと驚いた」

 昼の陽気を残す閉め切りの室内、人間二人分の体温、ゲーム機とテレビの排熱。

 これらの要因によって文芸部室はずっと暖かかったため、これほどまでに外の気温が落ちていることに気付けなかったらしい。

「昨日まで暑かったし、今日も天気よかったから全く着込んでねえぞ」

 これがかの悪名高き三寒四温というやつか。油断していたため、ワイシャツとブレザーという標準装備しか持ってきていない。

「あ、そうだ。私貼るカイロ持ってるんだった」

 と、結朱がまるでドラえもんみたいなタイミングで鞄からカイロを取り出した。

「マジか。俺にも一枚分けてください」

「それが、残念ながら一枚しかないんだよね、これ」

 おおぅ……それは残念だ。

 奪うわけにもいかないし、俺はこのままで我慢するか。

「けどね、これを二人で使う画期的な方法が一つあるんだよ」

 俺が覚悟を決めようとした時、結朱がそんな驚きの言葉を発した。

「なんだと、そんな方法が?」

「うん! こうすればいいんだよ!」

 言うなり、結朱は貼るカイロを俺の左腕にぺたりと貼った。

 そして、当然のように腕を組んでくる。

「お、おい」

 唐突な行動に、俺はちょっと動揺する。

「どう? これなら二人とも温かいでしょ」

 悪戯いたずらっぽいドヤ顔をしてくる結朱。

 いやまあ、確かに温かいけども。

「……恥ずかしい奴め」

 まともに不意打ちを食らった俺は、結朱から顔を逸らして小さく悪態を吐いた。



 ともあれ、寒さ対策を完了した俺たちは、文芸部室を出ることに。

「つっても、やっぱり寒いな……」

 腕はカイロを貼ってあるし、身体も結朱と密着しているので割と温かいが、首筋から一気に熱が奪われていく感じがある。

「確かにこれは寒いね。じゃあ、今日は私のこと送らなくていいから、そのまま帰る?」

 結朱としても予想以上の寒さだったのか、気遣うようにそんなことを言い出した。

「あのなあ、こんな暗いのにお前一人で帰すわけにはいかないだろ」

 ただでさえ目立つ容姿なのである。

 結朱を一人で帰して何かあったら、さすがに悔やんでも悔やみきれん。

「心配性だなあ、大和やまと君は。さすがに過保護だよー」

 口ではそんな文句を言いつつ、結朱はにっこにこの満点笑顔だった。

「悪かったな。可愛い彼女を持つと心配性になるものなんです」

 そんな話をしながら夜道を二人で歩いていく。

「あ、大和君。そっちじゃない、今日はこっちね」

 いつも帰りは送っているため、結朱の家までの道のりもすっかり覚えた俺だったが、彼女は何故かいつも右に曲がる場所を左に曲がろうとする。

「なんでだ?」

「いや、今日は寒いから近道しようと思って。実はこっちのほうが近いんだ」

「そうなのか? じゃ、なんでいつも反対の道から行ってるんだよ」

 初めて明かされた事実に、俺は首を傾げた。

「いつもの道はコンビニあるから便利だし、それに今日行く道は木が多いから、暖かいうちは虫がすごい湧くんだ」

「なるほどな」

 まあ、今日くらい寒ければ虫も出ないだろう。

 納得したところで、俺は結朱の誘導に従って左に曲がる。

 そうして少し進んだところで、結朱の言う通り並木道に入った。

 だが、そこで思わず俺は足を止める。

「おお……」

 自然と、口から感嘆の声が零れた。

 並木道は、全て美しい紅葉の楓に染まっている。

 鮮やかな紅葉のカーテンと、地面に敷かれた落ち葉のカーペット。

 それが暗い夜の中、月明かりで艶やかにライトアップされていた。

「綺麗な道だな……」

 素直な感動を言葉にすると、隣の結朱が得意げに笑った。

「でしょ? どう、このサプライズ。粋なことする素敵な彼女だと思わない?」

「……自分で言わなければ最高に粋だったのになあ」

 最後の最後で締まらない結朱に、俺はちょっと苦笑を浮かべてしまった。

「むぅ……手厳しいね。なら、こっちに連れてきた理由がもう一つあるんだけど、そっちは教えてあげない」

 結朱は少し拗ねたのか、腕を組んだまま、ふいっと顔を背けてしまった。

「なんだそりゃ。そこまで言ったなら教えろよ」

「教えませーん。自分で気付いてください」

「おのれ、小癪な……いいだろう、自分で謎を解いてやるわ」

 そこまで言われると、逆に意地でも見つけてやろうって気になるよね。

「回答はいつでも受け付けるからね。頑張って当てて」

 どこか楽しそうな結朱。

 そうやって長いようで短い帰路を辿り、結朱の住むマンションの前まで辿り着く。

「到着。今日もありがとね、大和君。また明日」

「おう、また明日。寒いから風邪引くなよ」

 ひらひらと手を振って見送ってくる結朱に背を向け、俺は自分の家に向かって歩き出す。

 カイロを首元に貼り直し、さっきの紅葉を思い出しながら上機嫌で歩いていると、不意に一つ用事を思い出した。

「そうだ、帰りに予約したゲームの代金払わなきゃ」

 楽しみにしていた新作ゲームの支払いを、コンビニ払いにしていたんだった。

 俺は近くにあったコンビニに入り、スマホで振込票番号を出そうとする。

 ――と、その時、あるものが目に入った。

「お徳用貼るカイロ、十パック入り」

 結朱が持っていたものと同じカイロである。

 また寒くなったら困るし、今のうちにこれ買っておこうかな。

「…………ん?」

 と、自分の思考に引っかかるものを感じた。

『いつもの道はコンビニあるから便利だし――』

 ふと、その言葉が耳の奥に蘇る。

「もしかして……」

 結朱がいつもと違う道を選んだ理由って。

 全ての意図に気付いた俺は、その場でスマホを操作し、カイロの写真を撮って結朱に画像付きメッセージを送る。

『さっきコンビニに寄っていれば、カイロを買えたよな?』

 これが俺の回答。

 いつもの道でカイロを買っていれば、ああやって腕を組んで歩くことなどなかった。

「まったく、回りくどいことする奴だね」

 結朱の行動に、思わず苦笑する。


 正解、と書かれたメッセージが返ってきたのは、それから一分もしない出来事だった。


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