第34話 長距離走の授業でいちゃつくカップル。
「よーし、じゃあ男子もそろそろスタートするぞ。準備しろー」
グラウンドの真ん中で、体育教師がそう呼びかけてきた。
今日は長距離走の授業。
校外の指定コースをぐるっと一周して戻ってくるという、非常にだるいイベントである。
「昔はよくやらされたなあ、こういうの」
中学時代、所属していたバスケ部でよく同じようなことをやっていた俺は、当時を思い出して少し懐かしくなる。
現役の運動部員は結構張り切っている奴もいるようだが、既に隠居した俺にそこまでの気力はない。適当にこなして終わりとしよう。
「行くぞー、はいスタート!」
体育教師が号砲代わりに手を打ち鳴らすと、それをきっかけに男子が走り出す。
俺もその流れに従い、学校の外に向かって走り出した。
走るフォームというのは現役を離れても身体に染みついているもので、俺はそこらの帰宅部をすいすいと追い抜いて進んでいく。
やがて、先にスタートしていた女子の最後尾の背中が見えてきた。
「…………ん?」
と、その中にいるはずもない人間の姿を見た。
「やあやあ
我が最愛の彼女である
体育の授業を受けているはずなのに、まるで走る気配もなく、何故か仁王立ちで俺を出迎えている。
「……何やってんだ、お前」
こいつ、確か運動神経もいいはずだし、こんな最後尾にいるような体力はしていない。
「もちろん、大和君と一緒に走ろうと思って。少しでも一緒にいたいという私の可愛らしさを感じて?」
「あざとさならだいぶ感じてる」
「それでもいいけどね。あざとさも可愛さも同じようなもんでしょ」
すごいざっくりした理論で受け流す結朱。いつでもポジティブな女だな、ほんと。
「というわけで、一緒に行きましょう」
「まあいいけど……本当は何が目的だ?」
なんとなくこいつの言動に嘘臭さを感じて、俺は追及を続ける。
すると、それが心外だったのか、結朱はまたもあざとく頬を膨らませた。
「なんだよー。本当に大和君と一緒にいたかっただけなのに、疑いすぎなんだけど。もうちょっと私の愛を信じて?」
「む……疑いすぎだったか」
しつこくしてしまったことを、さすがに俺も反省する。
「本当だよ、まったく。ほら、早くこの先を一緒に抜けちゃおう」
「ああ。分かっ――」
と、そこで俺は、この先に待ち受けているものに思い至った。
「なあ結朱。そういや、この先って墓地があるよな」
「あ、あるね」
俺がその話を振った途端、結朱の肩がビクッと跳ねた。
「しかも、近くの竹林のせいで、昼間でも薄暗くて不気味な感じだったよな」
「そ、そうだっけ?」
露骨に様子がおかしくなる結朱。
「結朱ってお化けとか駄目なタイプだったよな」
「と、得意ではないかな」
じっと目を見つめると、結朱が徐々に挙動不審になっていく。
「………………」
「………………」
「…………どうやら、俺と一緒にいたいだけというのは本当のようだな。疑って悪かった」
「ここまで来て!? やめて、逆に心が痛い!」
「なんのことだ? 俺は今反省してるんだよ、疑り深いのも考え物だと」
「こんなの、あと一ピース嵌めるだけで完成するジグソーパズルじゃん! 分からないわけないじゃん!」
何故か不思議なことを言い出す結朱。いやあ、変な女だな。
「それより、さっさと行くぞ。お前が一人で墓場ゾーンを抜けられるなら、別に置いてってもいいが」
「完成してるよね!? もう頭の中で最後のピース嵌まってるよね!?」
まだ不思議なことを言う結朱を連れ、俺は長距離走を再開した。
道路を進み、民家沿いの狭い道へ入っていく。
すると、右手に墓場、左手に竹林を持つ細い道路に突入した。
ホラー苦手系女子を威圧する墓場ゾーンである。
「大和くーん……ちょっと、手を繋いでみない?」
案の定、結朱は泣きそうな顔をしてペースを落とした。
「嫌だよ。走りづらいだろ」
「走りやすさと私への愛、どっちが大事なのさー」
「……………………まあ、愛かな」
「シンキングタイム長くない!? この二択なら即答してよ!」
文句を言う結朱の手を繋ぐと、緊張のせいか氷のように冷たくなっていた。
「うぅ……不気味。なんでこんなところを走らないといけないのかなあ」
もはや走るというより完全に歩く速度で、墓場ゾーンを進む俺たち。
傍から見ているといちゃついているように映るのか、俺たちを追い抜いていく同級生たちの白い目が非常に居たたまれない。
と、その時だった。
そこで竹林からいきなり何者かが飛び出してくる。
「きゃあっ! なになになに!?」
結朱は驚き、思いっきり転びそうになる。
「落ち着け、猫だ」
運良く手を繋いでいたため、転ぶ寸前で彼女を引き上げると、俺は竹林から飛び出てきた小動物を指差す。
「にゃー」
猫は挨拶するように一鳴きすると、墓場のほうに消えていった。
「お、驚かせて……まったく、猫ならちゃんと飛び出る時に『猫です!』って叫びながら登場するべきだよね!」
「そっちのほうが驚くだろ。ほら、行くぞ」
憤慨する結朱に呆れながら、再び進もうとする。
「あ、待って。今のでちょっと足捻ったかも」
が、結朱は顔をしかめて立ち止まってしまった。
「おい、大丈夫か?」
さすがに心配になる俺だったが、結朱は気丈にも笑ってみせた。
「大丈夫……だけど、ちょっと自力で歩くのは厳しいかな。大和君、お姫様抱っこして」
俺の肩に捕まったまま、そんな要求をしてくる結朱である。
思わず、俺は顔をしかめた。
「お姫様抱っこって……学校まで結構あるぞ。さすがに無理だ。助けを呼んでこよう」
墓場ゾーンをゆっくり歩いているうちに、他の生徒は軒並み先に行ったっぽいし、学校に戻らなきゃ助けは呼べないだろう。
が、俺がそう提案した途端、結朱が青くなった。
「え、こんなところに私を置いていく気? 無理無理無理!」
墓場ゾーンに置いてきぼりにされるのがよほど怖いのか、結朱はがしっと俺の両腕を掴んできた。
「そうは言ってもな……お?」
何かないかと辺りを見渡していると、竹林の中にちょっと使えそうなものを見つけた。
不法投棄と思しきリヤカーである。
「あのリヤカー、まだ動きそうだな。よし結朱、あれに乗れ。俺が運んでやる」
「嫌だよ! 晒し者じゃん!」
絵面の悪さを気にしているのか、全力で拒否してくる結朱。
「大丈夫、おかしくないって。親父が好きなドラマにもそういうのあったし、ちゃんと世間的な支持を集めてるスタイルだぞ」
「子連れ狼でしょそれ! 嫌だよ!」
どうしても嫌がる結朱。他に方法などないというのに。
「だからほら、大和君が頑張って私を運んでよ。私を合法的に抱えるチャンスだよ? お姫様抱っこしたくないの?」
あまりにも嫌がられるからか、だいぶむくれた様子の結朱。
「うちの親父はその昔、六〇キロの米俵を担いで腰をやったことがあるからな。同じ轍は踏まん。俺は――親父を超えていく!」
「どこで父親超えイベントを起こそうとしてるのさ! そして私は六〇キロもないからね!」
「だとしても無理だ。俺は非力な男だぞ」
昔の俺ならいざ知らず、今の俺は単なる非力な帰宅部である。
「そこは頑張ってよ。ほら、お礼に明日お弁当作ってきてあげるから」
その提案に、思わず俺は渋面を浮かべる。
「えー……なんで刑罰が重くなるの? 外からも中からも肉体を破壊する気じゃん」
「私をなんだと思ってるのさ!」
「もちろん最愛の彼女ですとも。しょうがないな、こうなったら間を取ってお前をお姫様抱っこしたまま俺もリヤカーに乗り込み、第三者に運んでもらうのは?」
「全く間を取れてないよ!? ガッツリ下の方を掬い取ってるからね! あと何より第三者はいない!」
「え、第三者ならずっとそこにいるだろ? 白い和服で血塗れの人がお墓の前に」
「いないよ!? 私には見えない第三者はやめて!」
涙目になる結朱。
リヤカーは絶対頷かなさそうだな……しょうがない。多少無理することになるが、ここは俺が頑張るか。
「分かったよ。じゃあお姫さ――」
と、言いかけた時だった。
今度は墓場のほうから小さい陰が飛び出してきた。
「きゃああ!?」
再び悲鳴を上げ、俺から飛び退く結朱。
振り向くと、そこにいたのはさっきと同じ猫。
「にゃー」
奴はまた挨拶するように一鳴きし、竹林に入っていく。
それを見て、結朱は深々と溜め息を吐いた。
「びっくりしたなー、もう。さっき大和君が見えない第三者がいるなんて言うからだよ。まったく、あんな悪趣味な嘘を吐くのはやめてよね」
「……ああ。確かにこれは俺が悪かったな。人を騙す嘘はよくない」
「分かればいいんだよ、分かれば」
俺が素直に折れたのが嬉しかったのか、溌剌とした笑顔で頷く結朱。
「以後気を付けるよ。ところで結朱」
「ん?」
首を傾げる結朱に、俺もとびっきりの笑顔を向けた。
「随分余裕で立ってるようだけど、足はどうした?」
見れば、驚いた拍子に俺から離れた結朱は、何の支えも必要とせず、痛がる様子も見せず、二本の足でしっかりと立っていた。
それを指摘された途端、彼女は凄まじく目を泳がせる。
「あー……びっくりした衝撃で治った?」
「どんだけ簡単な構造してんだお前は! それで治るのはしゃっくりまでだわ!」
「ま、待って! これは嘘じゃないの! これは……そう、『乙女心』! 捻挫してお姫様抱っこっていうのをやってみたかったの!」
「嘘吐きの理屈は聞こえねえなあ! さあリヤカーに乗れ、罪人! 市中引き回しじゃ!」
「待って待って! ごーめーんーなーさーいー!」
その後の展開は、結朱の名誉のために伏せたいと思う。
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