EXTRA3 縁結びの神社に行くカップル。

「今日はこれから縁結びの神社に行こうと思います!」

 いつも通りの文芸部室で、唐突に結朱ゆずがそんな提案をしてきた。

 今日は午前中で授業が終わったため、午後はたっぷりゲームする気満々だった俺は、思わず首を傾げてしまう。

「なんだ急に。ていうか、何のためだ」

「そりゃあカップルが縁結びの神社に行く理由なんて一つですよ。末永く一緒にいられますようにっていう願い事をしに行くのです」

 その言い分に、俺は困惑と呆れを同時に覚えた。

「末永くって……偽物カップルだろ、俺たち」

「なら、大和やまと君は私と本物のカップルになれますように、ってお願いするといいんじゃないかな。御利益あるところだったら叶うかもしれないよ?」

「それは別にいいよ……」

 渋る俺に、何故か結朱は感心したような表情を見せた。

「なるほど。神頼みじゃなく自分の力で私を落としてみせると。見直したよ、大和君」

「そうじゃなくてね?」

 謎の勘違いを制止する俺だったが、一度スイッチの入った結朱を止めることなどできるはずもなく。

「謙遜することないよ。いやいや、恋愛に億劫な陰キャだと思ってたけど、真夏の太陽のような情熱を持ち合わせていたんだね」

「持ち合わせてねえよ。真夏の室内くらい冷房効いてるわ」

「じゃあ、そんな大和君ですら夢中にさせちゃう私がいい女過ぎたってことか。やだ、もう。照れるじゃーん」

 すげえやこいつ。磁石で吸い寄せられるように自画自賛の結論に辿り着きやがった。

「まあ、そんな大和君には余計なお世話かもしれないけど、縁起を担ぐということで一つ参拝でもしましょう」

 なんだかどっと疲れた俺は、もう抵抗するのを諦めて頷くことにした。

「そうだな……彼女とのコミュニケーションがうまく取れるようにってお願いしてくるわ」

「なるほど、コミュ障ならではのお願いだね!」

「この場合は十割お前の責任だけどな!」



 そうして、俺たちは学校を出て、通学路から少し外れたところにある神社へと足を運ぶことにした。

 俺の生活圏から外れているためか、そもそも縁結びなんて望んでいないためか、初めて来る場所である。

「へえ……こんなところがあったのか」

 風格ある朱色の鳥居を潜りながら、俺は想像していたよりずっと立派だった神社の境内けいだいを見渡す。

「うん。前に亜妃が恋愛成就のお守りを探してる時に見つけたんだ。御利益があるって有名な場所らしい」

「へえ……んじゃ、桜庭さくらば小谷こたにがうまくいくよう願っておくか」

 あの二人、明後日デートのはずだし。

「それも大事だけど、ちゃんと私とのことも願うのを忘れないようにね? そこが最重要課題だからね?」

 当然ながらそんな妄言は受け流し、俺たちは参道を通って賽銭箱の置いてある向拝の前に来る。

 この神社は二礼二拍手一礼の参拝方式を推奨しているようだったので、それに従い、手を合わせて頭の中で願い事を告げる。

 桜庭と小谷のデートがうまくいきますように、と。

「大和君が私にめちゃくちゃ惚れてることを早く認めますように」

 が、隣の彼女は思いっきり願い事を口に出していた。

「これ見よがしに願い事を口に出すのやめてもらっていいですかね。あと事実をねつ造するな」

「それと早くこういうツンデレを取っ払って、早く素直になりますように」

「……結朱が人の話を聞いてくれますように」

 神様の頭越しに相手を罵り合う、罰当たりなカップルなのだった。

 とはいえ、これで今回の目的は終了、ミッションコンプリートである。

「じゃ、そろそろ帰るか」

「あ、待って。おみくじ引いていこうよ」

 踵を返した俺だったが、結朱にそう言われて立ち止まる。

「まあ、せっかくだからそれもいいか」

 俺が頷くと、結朱の機嫌が途端によくなった。

「お、やっぱり大和君も私との相性が気になるようだね。さっきのお参りの効果がもう出てきたかな?」

「残念ながら、俺のほうのお願いの効果はいまだ見られないみたいだな……」

 そんな話をしながら俺たちは揃って社務所に行き、外に置いてあったくじを引く。

 俺が八番で、結朱は二十二番。これを社務所の中の巫女みこさんに伝えて、運勢の書かれた紙と引き替えればいいらしい。

「すみません、おみくじで八番と二十二番が出たんですけど!」

「はい、ありがとうございます。二つで二百円になります」

 二十歳くらいの綺麗な巫女さんは、後ろの棚から紙を二枚取り出すと、俺たちに渡してきた。

 それを一枚ずつ受け取った俺たちは、正面から相対して緊張の一瞬を迎える。

「さて、私たちの相性はどうかなー? まず私から見るね!」

「おう」

 深呼吸を一つしてから、結朱が一気におみくじを開く。

「『末吉。多くを望むべからず。身近なところで妥協すべし』だって。これ大和君のことじゃない? ほら、大和君って彼氏として末吉感あるし」

「なんだ、その小物認定……すごい不本意だわ。俺は信じないぞ」

 神様に対して非常に強い反感を覚える俺であった。何が腹立つって、ちょっと当たってそうって思えちゃうところ。そういうとこ突きつけてくるなよ、神様。

「そう言わず、大和君も開いてみなよ」

「しょうがねえな……」

 俺は促されるがままに、自分のおみくじを開いて読み上げた。

「『大吉。近くに理想の相手あり。告白すれば実る』……外れだな。金の無駄だったわ」

「大当たりでしょうよ! この神社すごいよ、本物だ!」

「認めん。断じて認めん」

 はしゃぐ結朱と、渋面を浮かべる俺。

「何を言ってるのさ。ほら、告白のチャンスだよ! あっさりOKしてあげるから今すぐして!」

「それ告白の意味あるんですかね……」

 というか、俺が今まさに告白されているのでは?

「いや分かるよ? 私ほどの美少女に告白するのが勇気いるってことくらい。でも大丈夫! おみくじパワーがあるから!」

 やたらテンションの上がった様子で、俺に告白を勧めてくる結朱。

 だが、ここで冗談でもOKされて、おみくじの御利益を証明してしまった場合、俺が末吉レベルであるということも同時に証明されてしまう。

 それはなんか不本意なので、思考を巡らせて逃げ道を探すことにした。

「……待てよ。これさ、結朱のことを言ってるとは限らないんじゃね?」

「え」

 俺の言葉が予想外だったのか、結朱が硬直する。

「いやだって、たとえば、俺のすぐ近くには結朱だけじゃなく巫女さんもいるわけだし?」

 今、たまたま結朱と偽装カップルしてるから誘導されそうになったけど、ここには他に巫女さんもいるし、なんなら神社を出れば他の女性もいるだろう。

「ま、まさか大和君って巫女好きだったの……!?」

 意外な伏兵の登場に、動揺を見せる結朱。

「そういうわけじゃないけど、ここの巫女さんは割と好みだぞ。少なくともここで告白してもいいくらいにはな。しかも、今の俺には大吉の加護が付いている無敵状態。ここは勝負に出るべきでは?」

「い、いやいやいや! 何を言ってるのさ!?」

 露骨に慌て始める結朱。が、俺はもう止まらない。

「すまん、結朱。俺は自分の運命と向き合うことにした」

「何を他の人に運命力使おうとしてるのさ! 当然阻止だよ! 大人しく私に告白しなさい!」

「けど、あの巫女さん、結構好みのタイプだし」

 ここでスルーすることは、人生の損失である。当の巫女さんは、もう普通に俺たちのこと苦笑で見守ってるけど、大吉が本物であれば、この状態からでもOKがもらえるはず。

 が、結朱は俺の前で両手を広げ、俺の挑戦を阻止しようとしてきた。

「だとしたら尚更駄目だよ! 運命は神頼みじゃなく自分で掴み取るものだよ! おみくじなんか無視して私に告白しなさい!」

「さっきと言ってること全然違うじゃねえか。つーかそれ、もはや、なんのために神社に来たのか分かんねえし」

「う……確かに」

 痛いところを突かれたとばかりに、顔をしかめる結朱。

 おみくじを信じるならば俺は巫女さんに告白するし、信じないならそもそも告白などしない。

 どっちにしろ、結朱の要求は通らない状況を作ってやったわ。

「まったくもう、大和君は照れ屋なんだから。せっかく成功率一〇〇%の状況をスルーするなんて。将来後悔するよ?」

 が、結朱はまだ納得していないのか、拗ねた様子で俺を責めてくる。

「ほっとけ。それより用が済んだんだし、もう帰るぞ」

「あ、待って待って。お守り買っていこうよ。ここは御利益ありと見たからね」

 今度こそ帰ろうとした俺を、結朱は再び引き留めた。

「……しょうがねえな」

 ここまで来たなら意地になる必要もない。素直に神社フルコースを楽しもう。

「恋愛成就のお守り二つください!」

「はい、こちらになります」

 巫女さんが恋愛成就と書かれたお守りを二つ、結朱に渡す。

「あと、すみません。巫女服って購入できますか?」

「おい、何を余計な買い物までしようとしてるんだよ」

 と、流れに乗って急にコスプレ願望を出してきた結朱を制止する。

「なんだよー。巫女好きな大和君のために巫女服を着てあげようと思ったのに」

「………………いいよ、別に。俺そんな巫女好きってわけでもないし」

「すごく間があったけど!?」

 疑心も露わに俺を見つめてくる結朱。

「それよりほら、お守り寄越せよ」

 手を差し出すと、それで本題を思い出したのか、素直に恋愛成就と書かれたお守りを俺に渡してくる結朱。

「はい大和君、これを私だと思って大事にしてね。そして私に告白をしたくなったら、それに向かって練習をすればいいよ」

 その言い回しに、一瞬返品してやろうかと思ったものの、結朱があまりにもにこにこ笑顔で差し出してくるせいで、なんだか毒気を抜かれてしまった。

「はいはい。もし万が一告白したくなったらそうしますよ」

 まあ、そんな日が来ればの話だけどね?


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