EXTRA2 恋愛と友情の間で板挟みになる彼女。

「あ、和泉いずみ。ちょうどいいところにいた」

 休み時間。

 廊下を歩いていた俺に、誰かが声を掛けてきた。

 俺に話し掛けるなんて奇特な奴もいるな、と思いながら振り返ると、そこにいたのは亜麻色の髪をした少女。

 整った顔立ちとピンと張った背筋のお陰か、小柄ながらも妙に存在感がある。

 小谷こたに亜妃あき

 俺のクラスメイトにして、結朱の親友である少女だ。

「小谷か。どうしたんだ?」

 こいつが俺に話し掛けてくるなんて珍しい、と思いつつ応えると、彼女はちらりと近くにある社会科準備室を見た。

「教室に資料運べって言われてるんだけど、重くて持てないの。ちょっと手伝ってくれない?」

「まあ、いいけど」

 そういやこの間にも似たようなことあったなと思いつつ頷き、俺は小谷とともに社会科準備室に入った。

「とりあえずこれとこれ、お願い」

「了解」

 ずっしりと重いプリントの束を受け取ると、俺は教室に向かって歩き出す。

 隣では、小谷もまた授業で使うらしい世界地図や地球儀を持っていた。

 しかしこの分量を女子に任せるとはなかなかの鬼畜だな。

 小谷みたいにコミュ力ある陽キャならこうして助けを求められるが、俺のような陰キャタイプだとかなり手間だったぞ。

「悪いね、頼んじゃって」

「別にいいけど、せっかくの機会なんだし、桜庭に頼んだほうが距離縮まったんじゃないか?」

「で、できるわけないでしょ、そんなの。ただでさえ今度のその……デートのことで、いっぱいいっぱいなんだから」

 軽い気持ちで小谷が片想いしている相手の名前を出すと、彼女は一気に赤くなった。

「そっちこそ、結朱とはどうなのよ。うまくいってるの?」

 自分に不利な話題を切ろうとしたのか、こっちに水を向けてくる小谷。

「まあな。相変わらず俺のどこがいいのかわからないけど」

「それは本当にあたしも不思議」

「おい」

 心の底から納得したように頷く小谷に、思わずじと目を向ける。

 すると、それが面白かったのか、彼女はくすりと笑った。

「ま、この間といい、今回といい、意外と面倒見がいいことは認めるけどね?」

「うまく使われてるだけのような気がするけどね」

 そうやってとりとめもない話をしているうちに、教室に戻った。

「あー……一応、先に行くわ。桜庭の手前もあるしな」

 ないとは思うが、一応誤解されないようにしないとな。

「べ、別にそういうとこまで気を回さなくていいけど……まあ、ありがたく受け取っておくわ」

 ちょっと赤くなりながらも、教室に入る時間差を作るために立ち止まる小谷。

「デート、うまくいくといいな」

「……ん」

 俺のエールに、小さく頷く小谷。

 まったく、恋する乙女というのは可愛らしいもんだね。



                小谷亜妃


「これ、大和やまと君に」

 いつも通りの文芸部室。

 俺がゲームの準備をしていると、何故か仏頂面の結朱ゆずが、缶コーヒーを手渡してきた。

「コーヒー? なんだ、急に」

 差し入れにしては、結朱の機嫌が悪すぎる。

 事情が読めずに困惑していると、俺の隣に座った結朱が、唇を尖らせながら口を開いた。

「私からじゃないよ、亜妃から。ちょっと世話になったからって」

「へえ……意外と義理堅いな、あいつ」

 ほとんど喋ったことないから知らなかったが、まあ周囲の人望を得るだけのことはあるということか。

 初めて知る一面に少し微笑ましくなっていると、結朱がますます険しい表情で俺の脇腹をつついてきた。

「ねー、なんか妙に仲良くない? 亜妃と大和君」

「そうか?」

 ちょっと思ってもみなかったことを言われ、キョトンとしてしまう。

「そうだよ。この間も一緒になんか作業してたんでしょ? レベル上げに勤しむ私のこと放置して」

 微妙に棘がある結朱。まだ根に持っていたか。

「まあ別に小谷のことは嫌いじゃないしな」

 ただ、よく知らないだけで。

「むぅ……そういえば、前に亜妃のこと可愛いって言ってたよね」

「実際、見た目はいいしな」

 華があるっていうか、目を惹くものがある。

 その辺は結朱も同じなのだが、言うと調子に乗るのが目に見えているので黙秘ということで。

「あと、中身もギャップがあって可愛い的なこと言ってたよね」

「そうだな。桜庭のことになると奥手になるのとか、いじらしくて好感が持てる」

 素直に答えると、ますます結朱は拗ねたように唇を尖らせた。

「なんだ、その彼氏が他の女を褒めてるのが面白くないとでも言いたげな顔は」

「テレパシーを疑うくらい一〇〇点の回答だよ!」

 半分冗談で言ったのだが、どうやら当たってしまったらしい。

「いや、結朱は親友が褒められたことを喜ぶタイプだと思ったんだが」

 こいつはナルシストだが、(俺以外の)他人を貶めたりすることもしない、害のないナルシストだし、親友が褒められていることを妬むとは思わなかったのだが。

「基本的にそうだけどね。他の人がそれ言ったら喜ぶけど、大和君はそれ言っちゃ駄目だよね。もっと大和君は私の愛情に対して配慮をしてほしい」

 偽物の彼氏に難しいことを要求するね、こいつは。

「だからと言ってけなしても怒るだろ」

「そりゃあね」

 あっさり頷く結朱。

「その上、スルーしたらコミュ障とか言うだろ?」

「会話が広がらなければ、そうなるよ」

 目の前にいるのは対人スキルを全て捨て去った陰キャだというのに、なんて難しい要求をしてくれるんだ。

「もう俺にどうしろと?」

 いっそ直接訊ねてみると、結朱は腕組みをして考え始めた。

「そうだなあ……じゃ、他の子を褒める時に私のことも褒めて?」

「えー……人を褒めるのとか苦手なんだけど」

「さっき亜妃のことはめっちゃ褒めてたじゃん!」

 痛いところを突かれる俺である。

「いやほら、俺ってツンデレだから本当に好きな子のことは素直に褒められないんだわ」

「ツンデレはそもそもそんなこと言わない! いいから褒める! ほら練習!」

 俺の意見に取り合わず、褒めトレーニングを強要してくる結朱。

「分かったよ、もう……」

 こうなったら抵抗するより乗ったほうが早く事態が片付くと判断した俺は、抵抗をやめて従うことに。

「じゃあまず一つ……小谷は好きな人の話になると奥手なのがギャップあって可愛いよな。けど、結朱は結朱で違う魅力があるよね、芯があるっていうかさ」

「そうかな? 続けて続けて」

 導入はよかったのか、機嫌よさそうに続きを促してくる結朱。

「どんな時でもナルシストでブレがないし、ギャップもない。芯があるっつうか……むしろ芯しかないっつうか。お前がパスタだったら、あと十分は茹でるってくらい芯があるわ」

「褒められてなくない!? 私、そこまで芯強くないし! アルデンテくらいだよ!」

 あれ、なんかミスったか? ここから軌道修正しなければ。

「それに結朱は見た目も可愛いしな。これで中身まで可愛かったら高嶺の花すぎて近寄れなかったから性格悪くてよかったわ」

「やっぱり褒められてないよね!?」

「あ、見た目良いのに性格は悪いっていうのは、逆にギャップに含まれるのか? おいおい、完璧すぎるな、俺の彼女」

「ストーップ! どれだけ人を褒めるのが苦手なのさ! このコミュ障! 陰キャ!」

 結局、罵倒される俺であった。

「人が全力を振り絞ったというのに、なんて言い様だ」

「今のが全力なんだとしたら才能ゼロだよ!」

 コミュ障陰キャに無理難題を押しつけた七峰さんにも、問題があると思います。

 そんな俺の視線を感じたのか、結朱はコホンと一つ咳払いをしてテンションをリセットした。

「とにかく、この件はどうにかしていただかないと。このままでは私と亜妃の友情にヒビが入ってしまうかもしれません。もっとこう、私が安心できる施策をお願いします」

 とはいえ、まず前提条件があり得ないため、これ以上付き合うこともできない。

「あのな……安心も何も、そもそも小谷は他に好きな奴がいるだろ?」

 結朱も落ち着いたようだし、冷静に理詰めで説得することに。

「そうだけど……」

 自分でも薄々無理があると思ってはいたのか、簡単にトーンダウンする結朱。

「それに、仮に桜庭を狙うのやめたとしても、親友の彼氏に手を出すような奴でもないし」

「うん……分かってる。分かってるけど、さ」

 感情と理性はまた別ってことか。とはいえ、だいぶ説得できている。

 少しずつ丁寧に話していけば、納得してくれるだろう。

「大体にして、俺がそこまでモテるわけないだろう」

「あ、それもそうだね!」

「おい、そこで納得するのかよ!?」

 少しずつどころか、最初の一歩で解決した。やだ、なんかここでの解決は不本意。

「いや、盲点だったわ。そもそも大和君って取り合うような男じゃなかったよね」

 晴れやかな顔で納得する結朱。なんだこの女。

「おいコラ、自分で言っといてなんだが、ちょっとこれは腹立つぞ。せめてお前だけは俺に取り合う価値があると錯覚し続けろよ」

「自分で錯覚って言っちゃってるじゃん。残念だけど、私は事実に対して素直なんだよ。これもまた私の長所」

「むかつくタイミングで発揮される長所だな、おい」

 なんて女だ。

 何が腹立つって、自分で言い出した上にぐうの音も出ない事実だから、俺は何一つ否定できないことだよね。人としてこんな悲しいことってあるかよ。

「つーか、事実に対して素直だというのなら、そもそも俺たちは偽物カップルだし、こんなことで気を遣う必要なんかないだろ」

 苛立ち紛れに、思わず根本的な話に持ち込んでしまう大人げない俺である。

「それは体裁の話でしょ。たとえ偽物だったとしても、実際問題、大和君は私のことが大好きなんだから」

「大好きじゃねえ。ビジネスライクな関係だってずっと言ってるだろ」

「そんなの本人が勝手に言ってるだけだからね! 大和君は私のことが大好きに決まってるし!」

「本人と解釈違いを起こすな! 怖いよお前! どういう世界観で生きてるんだよ!」

 恐れおののく俺をよそに、結朱は一件落着したみたいな顔でゲームの電源を入れ始める。

「とにかく安心したよ。よかった、男の趣味悪くて。おかげで恋愛と友情を両立できる」

「やっぱお前、性格悪いよね?」

 半ば呆れながら糾弾する俺に、結朱は悪戯いたずらっぽい流し目を送ってきた。

「かもね。でも別にいいよ。大和君が好きって言ってくれるなら、性格悪いところも私の長所になるし?」

「う……!?」

 ――不覚。

 本当に不覚な話なんだが、ちょっとドキッとしてしまった……!

「あ、照れてるー。大和君は可愛いなあ」

「ぐぬぬ……!」

 このままではやられっぱなしになってしまう。

 なんとか反撃しなければ。

「そういう結朱こそ、短所も長所だと思えるようになるとは、よっぽど俺のことが好きらしいな?」

「うん、当たり前じゃん。大和君が一番好きだよ」

「う……!?」

 ――不覚(本日二発目)。

「やーい、照れてる。ほんと可愛いなあ、大和君は」

 最後の攻撃も透かされ、結朱の一撃でKOされた俺は、もはや為す術なく項垂れた。

「……そうっすね。だから、もう小谷とのことでいちいちヤキモチ妬かなくていいっすよ」

「そうだね!」

 結朱の声を聞きながら、俺は一服入れて気持ちを立て直すために、原因となった缶コーヒーを飲む。

「……にがっ」

 舌を突くブラックコーヒーの苦みは、まさに敗北の味だった。


本編試し読み実施中!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054910731993

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る