EXTRA1 付き合った翌日のカップル。

 俺は人間関係を非常に疎かにする人間ではあるが、それでも決して恋愛アンチというわけではない。

 積極的に恋愛をしようとまで思わないが、いつか気が合う彼女が出来たらいいなあ、と漠然と思っていたりもする。

 別にそんな可愛くなくてもいいから気が合って、落ち着いてて、一緒にいて疲れない子がいい。

 そのくらいの理想はあったりするのだ。

 ――だが、俺の人生初彼女は、そんな理想とは真逆の女だった。

 見た目はいいけど反りが合わず、常にテンションの高いナルシスト。

 そんな女が、昨日の放課後から俺の彼女になったのだった。



「やあ大和やまと君、おはよう」

 朝の通学路。

 重い足取りで学校を目指している最中、七峰ななみね結朱ゆずとエンカウントしてしまった。

「うわ……なんでいるの?」

 思わず、俺の口からはうめき声が漏れる。

 すると、七峰はさも当然のような顔をして俺の隣に並んできた。

「そりゃあ私は君の彼女ですから。周りへのアピールもあるし、登校は一緒にしないとね。とりあえず、毎日ここで待ち合わせして学校に行こうか」

 朝からこいつの陽キャ丸出しのテンションに付き合うのか。朝食にカツ丼出てきた時くらい胃もたれしそうだわ。

「まあ、仕方ないか。分かったよ」

 とはいえ仕事である以上、断ることもできない。

 素直に承知すると、七峰は満足そうに頷いた。

「それで、一晩経ったわけだけど、どう? 私ほどの美少女が彼女になった気分は。やっぱり夢見心地?」

「どっちかと言うと、夢なら醒めてくれって感じだな。一晩経って冷静になってみると、とんでもなく面倒な案件を抱え込んだのかもしれん」

 ナルシストっぷりにげんなりしながら吐いた台詞だったが、七峰は意外にも反感を見せない。

 むしろ、少しだけ納得したようだった。

「ま、そうかもね。これから大和君は大変だろうし?」

「どういう意味だ?」

 首を傾げる俺に、何故かは何故か得意げな顔をする。

「だって私ほどの女を彼女にしたんだよ? めっちゃ注目集めるだろうし、なんならこっちから注目を集めるべく行動するつもりだし」

「……うわあ、用事を思い出した。帰ってゲームする」

「学校という、もっと大きな用事があるよ!?」

 踵を返そうとしたところを、七峰に引き留められた。

「はあ……億劫だ」

 一応、引き受けた時に覚悟はしていたことだけど、改めて突きつけられると胃がきゅっとするね。

「こーら。仕事なんだからちゃんとしてよ? 報酬欲しいんでしょ?」

 七峰の叱咤しったで、俺は少し心を立て直すことに成功した。

「そうだな、仕事と思って割り切るんだった」

 どんな面倒な案件だとしても、俺は俺の望む報酬のために頑張らねば。

 と、せっかく俺がやる気を取り戻したというのに、何故か隣の彼女さんは不満そうに眉根を寄せた。

「……そこまでドライにされるとそれはそれで嫌なんだけど。私と付き合ってることにもっと浮かれて?」

「そんなノリじゃない奴だからこそ彼氏に選んだんだろ?」

「確かに。じゃあそこは置いとくとして、問題はどう目立つかだよね」

 正論で返すと、七峰も軽く頷いてから、具体的な方策の話を切り出してきた。

「なら、手でも繋ぐか?」

「えー……身体的接触はちょっと厳しい。私、身持ちの堅い女なので」

 俺の提案に、渋い顔をする七峰。

「つっても、一緒に学校行くだけで付き合ってるアピールはできんぞ、小学校じゃあるまいし」

「むぅ……それは確かに。じゃあ、もっとソフトな身体的接触でお願いします」

 七峰もこのままじゃ話が進まないと思ったのか、歩み寄りを見せてきた。

「ソフトか……衣服越しならまだいいか?」

「まあ、それならね。満員電車に乗ってるようなものだと思えば多少は。ただ、正面から抱き合うみたいなのは無理だよ」

 釘を刺してくる七峰の言葉を聞きながら、俺は考えをまとめることに。

「正面が駄目となると、密着するのは横からか。あとは服だけじゃなく靴とか靴下越しの密着もありだよな」

「そうだね」

 頷く七峰を見て、俺の中で全ての要素を満たしたアイディアが生まれた。

「よし決めた。二人三脚で行こう」

「行かないよ!? 全然カップルっぽくないんだけど!」

「でも目立つぞ?」

「悪い意味でね! 『なんであそこだけ運動会始まってるんだろう……?』みたいな目で見られるよ!」

「二人だけの世界が繰り広げられてるってことだな。実にカップルらしい」

「間違った前向きさがすごい強め! めっちゃ痛い人たちとして扱われるからね、それ!」

「でもバカップルっていうのは、そういうもんだろ?」

「バカップルっていうか純度一〇〇%のバカだよ! どうしよう、彼氏の人選ミスったかも!」

「何を言う。登校中の二人三脚に耐えられる彼氏なんて、俺しかいないぞ?」

「耐えられるからこそミスった感が強いんだよ!」

「じゃあどうするんだよ」

 訊ねると、七峰は少し疲れたような顔で溜め息を吐いた。

「もう普通に口で説明するよ……よく考えたら、この組み合わせってだけで違和感あるしね。無理しなくても訊ねてくる人いるでしょ」

 結局、そんな無難な結論に達したのだった。



 教室の前まで辿り着いた俺たちは、ドアに手を掛けるまえに廊下で一つ深呼吸をすることにした。

「よし……打ち合わせ通りにいくよ」

「おう、息を合わせていこう」

 七峰の言葉に、俺も真剣な顔で頷いた。

「ちゃんと協力してよ?」

「当たり前だ。お前が転んだら俺も一緒に転ぶんだからな」

 いよいよ本番ということで俺も緊張している。共倒れにならないようにしなければ。

「……だよね。なら安心か」

「ああ。ちゃんと足並みを揃えるから」

「ごめん、なんかさっきから言い回しが気になるんだよね! どうしても二人三脚がちらつくの! 息を合わせるとか一緒に転ぶとか足並み揃えるとか!」

「被害妄想だろ。こんな大事な場面で何を気にしてるんだ」

 こんな緊迫している状況で訳の分からないことを言い出す七峰に、さすがに俺も非難の目を向ける。

 すると、七峰も自分がおかしなことを言っていると分かったのか、冷静になったようだった。

「そ、そうだよね。変なこと言ってごめん……」

「まったくだ。俺はただ彼氏として、この先の人生を七峰と同じ歩幅で歩んでいきたいだけなのに」

「やっぱりちらつくよ!?」

 とまあ、そんなすったもんだもありながら、俺たちはようやく教室のドアを開いた。

「おはよー!」

 気を取り直したのか、七峰はよそ行き用の猫かぶりフェイスで、教室全体に挨拶を飛ばしている。

 既に登校していたクラスメイトはそれに反応し、次いで隣に並ぶ俺を見た。

「おはよ、結朱っち。なになに、和泉いずみと一緒に登校してきたの? 随分変わった組み合わせじゃん」

 七峰の友達らしい男子生徒が、俺たちを見てからかうような声を掛けてくる。

「まーね。私と大和君、昨日から付き合うことになったし」

 ちょっと自慢げな七峰。

 それを聞いて、周りのクラスメイトは冗談だと思ったのか、朗らかに笑っていた。

「あはは、そんなん言ったら和泉も困るだろ。な?」

 当然のような顔で俺に話を振ってくる男子生徒。

 この知らない人を平気で雑談に巻き込める陽キャのノリは苦手なのだが、今だけは有り難い。

「いや、別に。本当のことだしな」

 俺が真顔で応えると、男子の顔がちょっと引き攣った。

「あはは……和泉でもそういう冗談言うんだな」

「まあ、冗談と思われても別に構わないけども」

 俺の素っ気ない態度が逆に真実味を帯びて見えたのか、周囲の反応が徐々に困惑に満ちていく。

 それを無視して自分の席に行こうとすると、七峰がひらひらと手を振ってきた。

「じゃあ大和君、またあとで。今日はお昼一緒に食べようね」

「おう」

 その、何気ないやりとりがトドメになったのか。

「なになに!? え、嘘でしょ!?」

「全然接点ねえじゃん! つーかなんで教えてくれなかったの!」

「うわあ、俺も狙ってたのに……!」

「とんでもねえダークホースが現れたなオイ!」

 教室中が途端にパニックとなった。

 陽キャ連中が、事情の説明を求めてぞろぞろと七峰の周りに集まっていく。

 む……これはちょっとまずいな。

 七峰だけが囲まれるのならいいが、そのうちこっちにも飛び火するかもしれん。

「……今のうちに教室を離れるか」

 三十六計逃げるにかず。

 ここは七峰がおとりになってくれている間に、脱出しよう。



 昼休み。

「なんで逃げてたのさ! おかげで私だけ質問責めだったじゃん!」

 誰もいない廊下の一角で、七峰が俺に怒りの抗議を始めた。

 実際、休み時間の間ずっと逃げ続けていた俺はバツが悪く、そっと目を逸らす。

「いやあ、つい。それに適材適所ってやつだよ。コミュ力ない俺があんな囲まれたらテンパってボロが出るかもしれないし」

 と、俺の言葉に一定の理を感じたのか、七峰は怒りのトーンを少し落とした。

「そう言われると……まあそうかもだけど。にしても、上手く逃げたね。全然気配感じなかったよ」

「陰キャだから目立たないのは得意なんだ。コツは全身のオーラを消すこと。これをぜつという」

「どこのハンターだよ!」

「まあそんなどうでもいい話は置いといて。実際にカップルを演じてみたら、色々と問題点が見えてきたんじゃないか?」

 時間も無いので、ふざけた会話を終わらせて本題に入る。

「そっちがどうでもいい話をぶっ込んで……まあいいや。確かに、私と大和君の組み合わせってやっぱりすごく不自然みたいで、想像以上に根掘り葉掘り聞かれたよ。これは細かいところまで詰めないと駄目かもね」

 七峰も俺の意見に賛成なようで、真剣な顔で同意した。

「そうだな。まず何から決めるべきだと思う?」

「今日聞かれて困ったのは、どこで出会ったとか、大和君のどこがよかったんだみたいな質問かな」

 言われて、俺も考えてみる。

「出会いか……確かに、教室じゃ全く接点もない、部活もバイトもしてない。出会う場がないんだよな、俺たち」

「でしょ? だから誤魔化すのは大変だった。どこかいい場所ないかな」

「うーん……校外よりは校内のほうがいいな。そっちのほうが説得力出るだろうし」

 本物のカップルであればどこで出会おうと無理のない話になるが、俺たちは偽物だ。

 偽物のストーリーは本物以上に説得力があり、尤もらしく、美しいものでないと説得力を生み出せない。求められるのは偶然ではなく、誰もが納得できる必然。

「校内か……となると、図書室とかどう? あそこならクラスの人もほとんど行かないから実情を知らないだろうし」

「ああ、いいなそれ。本の趣味が合ってそのまま意気投合したっていうのは、説得力あるかもしれない」

 共通の趣味や価値観を一つ生み出すことで、それを縁とする。

 それなら十分にアリだ。

「OK。ならこれで決まりね。次は、私が大和君に惚れた理由を決めようか」

 次の議題を出されて、俺は少し考える。

「その辺はとりあえず優しさとか言っておけばいいんじゃねえの? 目に見えないものだし誤魔化せるだろ」

 考えた末に微妙な結論を出した俺に、七峰がちょっと困ったような顔を向けた。

「あんまり言いたくないけど、大和君を優しいと思ってる人間はいないと思うよ。クラスで何が起きても我関せずだし。ずーっと教室で寝たふりかスマホいじってるかだし。なんならちょっと冷たい人って印象だよ」

「……日頃の行いがあだになったか」

 積極的に人と関わらないので、優しさを見せつける場面がほぼない残念な男である。

「こうしてみると、俺って人に好かれる理由が一つもないな……」

 なんて酷い男だ。え、俺ってもしかして駄目人間?

「いや、そんな悲しい結論に達しないでよ……なんかないの? 大和君の長所」

「RPGのレベル上げを苦にしないところとかどう?」

「全然ピンと来ない!」

 これも駄目か。いや自分でも分かってたけども。

「ていうか、こういうのって自分で言うことじゃねえだろ。俺、そんな自画自賛するような痛くてやばいことできないし」

「ものすごい棘を感じるんだけど!」

「つうわけで、七峰からなんか頼む」

 藁にも縋る思いで頼んでみると、七峰はそっと目を逸らした。

「そんなこと言われても……私だって大和君のことよく知らないし」

 まあ、昨日今日話すようになった他人だもんなあ。いくらコミュ力の高い七峰でも、この無茶振りはきついか。

「………………」

「………………」

 微妙な沈黙が流れる。

「……今なら全部、冗談でしたーで済むかな」

 やがて、七峰が痺れを切らしたように、そんなことを言い出した。

「なんだ、急に」

 彼女の唐突な言葉に、俺は少し困惑した。

「なんか、思いつきでこういう計画建てちゃったけど、やっぱり難しいかもね。もっと別の方法考えた方がいいかも」

「いきなりそんなこと言われてもな。俺にだって都合があるし」

 なんせ、こっちも無料ボランティアじゃない。

 目の前に釣られた人参掴むためにこうして付き合ってるんだ。それを今更取り上げられても困る。

「報酬のことならちゃんと渡すよ。変なことに巻き込んでごめんね。とりあえず、それで終わりにしようか?」

 と、俺の懸念も分かっているらしく、七峰は笑顔でそんなことを言ってきた。

「断る」

 その、作ったような笑顔が無性に腹立たしくて、俺は彼女の提案を突っぱねた。

「なんでよ、大和君には損ないでしょ?」

 俺に断られたのが意外だったのか、七峰はキョトンとした表情を浮かべた。

 しかし、俺はこんなエンドを認めたりはしない。

「だってお前、この件に関して他に相談できる奴いないし、俺が見捨てたら一人でなんとかする気だろ?」

「それは……まあ。けどそれが大和君に関係が――」

「ある」

 即座にそう言い切った。

「だって、俺はお前を助けるって決めたんだからな」

 確かにこいつの相手は面倒臭くて、大変で、たまに少し後悔したりもするけど。

 だけど――俺は、その全てを良しとしたんだ。

 その面倒なこと全部、七峰と一緒に乗り越えていくことをとっくに決めてるんだ。

「自分が我慢して、相手にだけいい思いさせて終わりっていうのはやめろ。それは親切でも優しさでもない」

 そんなの、突き放した側も、突き放された側も辛いだけだ。

 俺たちは同じ目標を目指すって決めたパートナーなんだから。

「七峰。お前はもっと俺に我が儘言っていいし、甘えてもいいし、助けを求めてもいい。お前を幸せにするのが、俺の仕事だからな」

 やると決めた以上、目指すのはハッピーエンド。

 ここで見捨ててバッドエンドなど、俺は絶対願い下げだ。

 クリア報酬が同じなら、過程が愉快なほうがいいに決まってるし。

「親切でも優しさでもない、か……うん」

 俺の言葉を聞いて、七峰はどこか力が抜けたように柔らかく笑った。

「確かにそうかも。なんか変に遠慮するの、馬鹿らしくなっちゃったな。にしても、随分とひねくれてるね、大和君って」

「お前が言えた義理じゃないだろ」

 じとっとした目で返すと、七峰も苦笑で頷いた。

「確かに。けど、それなら私たちは意外とお似合いなのかもね」

「そりゃいいんだか悪いんだかだな」

 肩を竦める俺を、七峰はどこか悪戯っぽい上目遣いで見てくる。

「にしても、私を幸せにするのが仕事かー。まるでプロポーズだね。もしかしてこの短期間で私に惚れた?」

「ここまでの流れで、俺がお前に惚れる理由がありましたかね」

「ありましたとも! 私が私であること、それだけで人に好かれる理由になるからね!」

「ここまで来るといっそ清々しいな!」

 やっぱりちょっと厄介な案件を抱え込んだな……いや、やるけどね?

「それより、この計画を続けるって決めたんなら、話を続けないとな。まずは俺の長所を絞り出さないと」

「あ、それならいいよ。もうちゃんと見つけたから」

 と、七峰は意外なことにそんなことを言い出した。

「む、そうか? いつの間に」

 さっきまで全然思いつかなかったというのに、どういう心境の変化か。

「ヒミツ! それより他にも決めることいっぱいあるんだからね!」

「ま、それもそうだな」

 深く追及はせず、俺も次の話に乗る。


 ――こうして、偽物カップル波乱の一日は過ぎていった。


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