第31話 エピローグを迎えるカップル。
「さて、
いつも通りの文芸部室で、
ゲーム機を準備することなく椅子に座っていた俺は、彼女の言葉に深く頷く。
「賛成だ」
なんせ、最近ずっとやっていたRPGはこの間クリアしてしまった。
となれば、新しいゲームを探さなければならない。
「幸いにも、ここにはOBの残していったゲームがたくさんあるしな。レトロしかないのが玉に瑕だが、名作に時代は関係ない」
教師に見つからないよう、棚の奥にこっそり隠されていたゲームソフトたちを、まとめて机の上に広げる。
「えーと、この中からRPGは……と」
「待って、大和君。せっかくだし、他のジャンルのゲームもちょっとやってみない?」
ゲームの選別を始めた俺に、結朱が意外なことを言い出した。
「RPG以外? まあ、結朱がやりたいならいいけど、何やるんだ?」
俺自身はそんなに興味もないが、今まで俺の好きなRPGに付き合わせていたのだ、今度は結朱に合わせるのもいいだろう。
「そうだなあ……まず、音ゲーでもやってみる?」
結朱が掴んだのは、音楽に合わせてボタンを押すタイプのゲーム。
「音ゲーか……あんまりやったことないな」
「じゃ、尚更やってみようよ!」
未知の世界に不安と期待を抱きながら、俺はゲームを起動する。
そうしてタイトル画面まで来たところで、結朱がふと思いついたように口を開いた。
「そうだ。せっかく対戦型のゲームをするんだから、負けたほうは罰ゲームをしようよ」
「またこんな直前になって……」
唐突な思いつきに顔をしかめる俺に、結朱は楽しそうな笑みを向けてきた。
「いいじゃん、お互い素人なんだし。条件は対等だよ」
「まあ、いいけど……」
多少の罰なら、ゲームのスパイスになるだろう。
少しだけ高まった緊張感を胸に、ゲーム画面を見る。
「あ、ちなみに負けたほうはわさび入りスモアね」
「絶対に負けらんねえわ!」
ゲームのスパイスどころが、ガチの
テレビから音楽が流れ始める中、結朱が鞄から取り出したビスケットの缶とわさびのチューブがもの凄い威圧感を放っている。
それをなるべく無視しながら画面に集中すると、対戦用に二分割された画面の中で、どのボタンを押すのかの指示が出てきた。
あまりやらないジャンルだが、操作方法は知っている。
俺は身体でリズムを取りながら、指示通りにボタンを押していった。
「くっ……あ、取り逃した」
が、やはり完璧に操作できるわけじゃなく、いくつかの指示でタイミングがずれてしまった。
「よっ、はっ……やっぱり私はリズム感も優れてるね!」
一方の結朱は、俺よりもだいぶ安定した成績を残しているようだった。
このままではわさび入りスモアが俺に来てしまう。
それだけは避けなくては。たとえ、どんな手段を使っても……!
「結朱は音ゲーも上手いな」
自分の操作に支障が出ない範囲で、俺は結朱に話しかけ始めた。
「でしょ? ふっふっふ、罰ゲームを覚悟しておきなよ、大和君!」
「ああ。ゲームが上手いし、こうして見ると横顔も可愛いな」
「な、なに急に」
俺の雑談が妙な方向に向かっているのに気付いたのか、結朱の声音が少し警戒を帯びる。
「いやいや、素直な感想だって。そうだ、このままじゃどうせ俺の負けだし、曲終わるまで結朱の可愛い横顔を見てていいか?」
「ちょっ……だ、駄目に決まってるじゃん! いきなり何を言い出すのさ!」
いきなり歯の浮いた台詞を言い出す俺に、結朱は動揺を見せた。
そして――それはゲームの操作にも支障を来す!
「あ、うわ、取り逃した! あれ、あああああ!」
一度崩れたリズムを、動揺した結朱は戻せない。
その間に俺は確実なプレイを続け、曲が流れ終わる頃にはスコアを逆転した。
「勝利! 俺の勝ちだな、結朱!」
「ずっる! こんなのあり!?」
当然、敗者となった結朱が俺に抗議してくる。
だが、それを受け流す方法も俺にはあった。
「はっはっは、ありだとも。ていうか、前に心拍数図るゲームの時、お前も似たようなことやってただろ!」
ビシッと指を突きつけると、結朱は銃弾で撃たれたようによろめいた。
「うっ……!? そ、そういえば、そんなこともあったような……」
「ダブルスタンダードはなしだぜ? 結朱。あれがありならこれもありだ。さあ、俺が今から作るわさび入りスモアを食え」
結朱が用意していたチューブわさびとビスケットでスモアを作ろうとすると、結朱がそれを制止してきた。
「ま、待った! 罰ゲームは最後にまとめてやらない? ほら、他のゲームも見たいし! 今それを食べたら、次のゲームに影響するだろうし!」
「そうか? まあ、処刑の日取りを伸ばしてほしいというのなら、少しくらいは聞いてやろう。絶対に執行するけどな」
なあなあにして逃げることは許さんと釘を刺すと、結朱は震え上がった。
「妙なところで厳しい……さすがコミュ力を捨て、空気を読むことを拒絶した男。い、いいよ。その代わり、次のゲームで大和君が負けたら、今度はそっちも食べるんだからね!」
「はっはっは。上等だ、ここで勝ってスモアをおかわりさせてやる」
道連れを作ろうとする結朱と、勝って勢いに乗る俺。
「次のゲームは……これ!」
そうして次の対戦方法として結朱が選んだのは、格闘ゲームだった。
それも普通の格ゲーではなく、四人で乱闘したりスマッシュしたりするブラザーズ的なものだ。
「へえ、懐かしいもの持ってきたな」
「ふっふっふ。これなら私もちょっと自信あるからね! 友達の家にあったから、みんなで集まるとたまにやってたし!」
負けたくなくて経験のあるゲームを持ってきたぞ、こいつ。
「大人げない奴め……」
「あんな手段で勝った大和君に言われたくないよ!」
完璧な正論で返されてしまった。
「仕方ない。そのゲームを受けてやろう」
さっきの勝負の後ろめたさもあり、俺は結朱の挑戦を受けることにした。
「乗ったね!? 私の土俵に立ったその慢心、粉々に砕いてあげる!」
よほどさっきのリベンジに燃えているのか、結朱はノリノリでゲームを起動する。
本来は四人対戦のゲームだが、二人対戦モードもあるので、それを選ぶことに。
結朱は電気ネズミのモンスター。俺はピンク色の丸い大食いキャラ。
試合開始の合図とともに、二人のバトルが始まる。
経験者というだけあって、結朱の動きは軽快だった。
「行くよ大和君、手加減しないからね!」
「おーう」
電気ネズミが猛攻を重ねてくる。
それに対して俺はガードを続け、隙を見て反撃を始めた。
「あ、あれ?」
思わぬ攻撃だったが、結朱が動揺したような声を上げる。
その間にも、俺は淡々と攻撃を積み重ねていった。
「ちょ……この動き、まさか大和君、経験者!?」
戦慄したような結朱の言葉に、俺はにやりと不敵な笑みを返す。
「今頃気付いたか! 慢心したのはお前のほうだったな、結朱! このままわさび入りスモアおかわりさせてやる!」
「な、なんてこと……!」
結朱も鬼気迫る表情で反撃してきたが、このゲームのやりこみは俺のほうが上のようで、差はどんどん開いていく。
「このままじゃ……し、仕方ない!」
その時、結朱が何かを覚悟したように呟いた。
「あ、あー、ゲームに熱中して熱くなってきたなー! ちょっと今からブラウスのボタン二つくらい外すけど、こっち見ないでね、大和君! 今こっち向いたらブラが見えちゃうから!」
「な、なんだと」
さっきの仕返しか、思わぬ盤外戦術に出てくる結朱。
「まあ、大和君は私の色仕掛けには乗らないってこの間言ってたし、大丈夫だとは思うけどねー?」
「そ、その通りだ」
その通りなんだが、どうしても隣が気になるのは男の性か。
「ちょっとの間だから我慢してね! 対戦が終わったらすぐにボタン留めるから!」
しかも時間制限まで出してきやがった……!
乗る気はない。乗る気はないが、すっごい気になる!
おかげで、プレイするキャラの動きが鈍ってしまう。
「隙あり!」
「しまった!」
俺の動揺がキャラに伝わったところで、結朱が反撃の狼煙を上げた。
華麗な連撃を放ち、俺のキャラにリカバー不能なほどのダメージを与えてくる。
「トドメだよ!」
結朱の宣言とともに、俺のキャラが遙か彼方にぶっ飛ばされていく。
「し、しまったああああああ!」
とんでもなく間抜けな負け方をしたことに、愕然とする俺。
その時、バトル画面から結果表示画面に切り替えるため、一瞬だけ画面が暗転する。
が、そこに映った結朱は、特にボタンを外すでもなく、きっかりとブラウスを着込んでいた。
今の僅かな時間にボタンを留められるはずがない。となると……!
「汚えぞお前! 最初からボタンなんか外してなかっただろ!」
「ああ、そうだよ! けど大和君にどうこう言われる筋合いはないね!」
お互い、卑怯の限りを尽くした戦いだった。なんと不毛な……。
二人でしばらく火花散る
「なんというか……罰ゲームが強すぎると、逆にゲームに集中できないもんだね」
結朱の言葉に、俺も頷いた。
「ああ。一旦、ここでわさび入りスモアを食べて、リセットといかないか?」
「賛成です。とっとと罰ゲームを終わらせて手打ちにしよう」
俺たちは互いに食べさせるためのわさび入りスモアを作ると、向き合った。
「じゃあ、せめてカップルらしく食べさせ合おっか、大和君」
「了解。行くぞ、結朱」
そうして、お互いの口にわさび入りスモアを放り込む。
途端、トラウマ級の辛味が鼻腔を通って目に抜け、俺たちは二人してのたうち回った。
「~~~~っ!」
口を押さえて蹲る結朱。
「△△×××!」
机をバシバシ叩いて辛味に耐える俺。
そんな不毛な時間が少し続いた後、なんとか飲み込んだ俺たちは立ち上がった。
「いやあ……やっぱり、争いは何も生まないな。平和に協力してできるRPGは最高だわ」
改めてそう思い知る俺に、結朱も深く頷いた。
「そうだね。私たちには、RPGがちょうどいいみたい。やっぱり対戦系のものはやめて、新しいRPGをやろうか」
二人の意見が一致した瞬間だった。
「おう。じゃあ、どれにするか選ぼうか」
OBたちが残していったタイトルの中から選ぼうとしていると、結朱が俺の裾を引いた。
「ねえ、せっかくだからお店に行って、二人でゲームを選ばない?」
「店で? なんだ、この中だと気に入りそうなゲームがなかったか?」
問い返すと、結朱は首を横に振った。
「ううん。けど、私って自分でやるゲームを選んだことないから。どうせなら、二人で選びたいなって」
何故か、やたら楽しそうな結朱。
それに釣られてか、二人でゲームを選んでいるところを想像した俺も、不思議と楽しくなってしまった。
「ま、それも悪くないか」
「話が分かるね、大和君!」
そうと決まれば善は急げだ。
俺たちは出したゲームをさっさとまとめると、棚の奥に隠した。
「なんかちょっとドキドキするね。これ、初めての共同作業じゃない?」
おかしなことを言い出す結朱に、俺は苦笑を返す。
「ばーか。俺たちの初めての共同作業は、『付き合ってる振りをして、クラスメイトを騙すこと』だろ?」
「あはは、確かに! じゃ、二度目の共同作業だね!」
そうして、結朱は自然と俺の手を握ってきた。
俺も、拒絶することなく握り返す。
「じゃあ、二度目の共同作業に向けて、れっつごー!」
「おう!」
そうして、俺たちは文芸部室を出て、新たなゲームを買いに行くのだった。
二人のエピローグは、きっとまだまだ続くのだろう。
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