第30話 文芸部復活を目論むカップル。

「よく考えたらさ、毎日こんなこそこそしなくても、文芸部を復活させてそこの部員になっちゃえば、堂々と部室に入り浸れるんじゃない?」

 いつも通りの文芸部室。

 廊下で出くわしたかけた見回りの教師をかわして部室に滑り込んだ後、結朱ゆずが思いついたようにそう言った。

「まあ、確かに」

 立ち入り禁止の場所じゃないとはいえ、廃部になった部室に理由もなく男女二人で入り浸っているのは世間体がよろしくない。

「けど、二人じゃ無理だろ。確かうちの学校は部員四人以上じゃないと、部として認められないんじゃなかったか」

「そこは私の友達に頼んで、幽霊部員になってもらえばいいよ。友達が多いとこういう時に得だね」

 そうなると人数の問題は解決か。まあ、他の問題がまだあるけど。

「部になるとなんか活動しなきゃいけなくなるけど、文芸部って何やるんだ?」

 訊ねると、結朱は少し考えてから答える。

「そりゃあ、会誌を出してみたり、小説を書いてなんかの賞に送ったり?」

「小説……書けるか?」

「無理」

 キッパリと即答する結朱。

「俺も書くほうはさっぱりだな……」

 読書は割と好きなほうだが、自分で書いたことは全くない。

 いきなり文芸部復活計画は暗礁に乗り上げたな。

「なに、形さえ整っていれば出来は問われないだろうし、適当にそれっぽいものを仕上げればいいでしょ」

 と、楽観的な結朱に、俺は顔をしかめた。

「簡単に言うけどな……人に見せるもんなんだから、適当に仕上げたら卒業する頃には見事な黒歴史になりかねんぞ。それに適当とはいえ、形になるように仕上げようとしたら時間もかかるだろうし」

 その分、RPGをやる時間は当然削られることになるだろう。そんなのはごめんだ。

「平気だって。部費も出るんだし、いざとなったら外注のライターを雇えばいいんだよ」

「もはや編集者みたいになってきたな」

 文芸部とはいったい……いやまあ、それは最悪それでいいとして、他にも問題はある。

「部として活動するんだったら、来年の春には新入部員とか入ってくるだろ。そうすると、二人きりじゃなくなるぞ」

 偽物カップルの俺たちが、周囲の目を気にすることなく話せる場所としてここを選んだというのに、第三者が入ってくるようでは本末転倒だ。

 そう思って話したのだが、結朱は何故だか嫌な感じの笑みを浮かべる。

「ほーう? 大和やまと君はそんなに私と二人っきりの時間がなくなるのが惜しいと」

 絶対に分かっているくせに、こういうことを言い出す厄介な女である。

 とはいえ、俺だっていつまでもこいつに手を焼いているわけではない。

「その通りだ。結朱は他の人がいると猫を被るからな? こうやって可愛いナルシストな結朱を見られるのは二人きりの時だけだし、その時間がなくなるのは残念だわ」

「あぅ……!?」

 完璧な営業スマイルで肯定してやると、結朱は不意打ちされたように呻き、みるみる顔を赤らめた。

「や、大和君のくせに、なかなか言うじゃない……!」

「誰かさんに鍛えられたんでな」

 ふはははは、勝った!

 内心で快哉かいさいを叫んでいると、結朱も赤い顔のままこっちに反撃してくる。

「まあでも、イケメンの後輩とか入ってきたら、大和君も心配で仕方ないだろうしね。大和君にしか見せない一面を他の人に見せるようになったら、妬いちゃいそうだし」

「なんだと、この。可愛い文学少女が入ってくる可能性もあるじゃねえか。お前も同じくらい心配だろ」

 俺が応じると、結朱はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

「仮にそんな可愛い子が入ってきたところで、どうせ大和君には振り向かないから大丈夫だよ。モテないでしょ、君」

 おおぅ……痛いところ突かれた。

「わ、分かんねえだろ。俺が全力で優しくして落としにかかれば、もしかしたらいけるかもしれないじゃねえか!」

「そんな全力があるなら、なんで私に対して使わないのか」

 結朱がじと目で尤もなことを言ってきた。

「いやほら、俺は釣った魚に餌を与えないタイプだし……」

「釣られる前から餌を与えられた記憶がないんだけど」

「釣り針を垂らしてないのに、何故か釣れてた女だからな……」

 改めて、不思議なこともあるものである。

 妙な感慨を抱いていると、結朱が頬を膨らませて服の裾を引っ張ってきた。

「大和君の全力見せてよー。私のことを全力で落としにかかってみてよー」

 非常にウザい。

「……それなら、まずお前が俺を落としてみたらどうだ?」

「ん?」

 結朱のウザいモーションから逃げるため、俺は話を逸らすことにした。

「よく考えたら、俺もお前に落とされた記憶ないし。人に要求する前にまず自分からだろ」

「むぅ……それはそうだけど」

「だろ? 俺が心から結朱に惚れれば、こっちも自然とお前を落とすために全力を出すよ」

「言われてみれば、確かに」

 納得したのか、目から鱗が落ちたような顔で頷く結朱。うまく丸め込まれてくれた。

「じゃあ……一番、七峰ななみね結朱! 大和君を落としてみせます!」

 ビシッと手を上げ、宣戦布告をしてくる結朱。

「よし、来い」

 俺も万が一にも結朱にときめいたりしないように、気合を入れて迎え撃つ。

「………………」

「………………」

 が、いくら待っても、結朱がまるで仕掛けてこない。

 そして、いったいこれなんの時間なんだ……と思い始めた頃、静かに口を開いた。

「あれ……男の子を落とす時って、なにやればいいんだろう?」

「そこから!? 普段モテるアピールしてるくせに、なに奥手の極みみたいなこと言ってんだよ!」

 ツッコむと、結朱はちょっと気まずそうにしながらも反論してきた。

「し、仕方ないでしょ! 私くらい可愛くて性格もよければ、特段何もしなくてもモテるものなんだよ! 自然体で最強だから、モテるための努力とか工夫とか一切したことないし!」

「お前は本当に隙あらばナルシストをぶっ込んでくるね! けど、俺にはそんなもん通じんぞ!」

 結朱最大の武器が効かないことを告げると、彼女は困ったようにうめいた。

「うぐ……そ、そういう時には……」

「そういう時には?」

 追い詰めると、結朱は苦しそうな声音でアイディアを絞り出す。

「色仕掛け……とか?」

 が、あまりに追い詰められすぎたのか、全く熟考されていない攻略法を吐き出していた。

「いやあの……それはちょっと」

 反応に困った俺がたどたどしく応じると、そこでようやく自分が何を言ったのか気付いたらしく、結朱は再び耳まで真っ赤になる。

「え、い、今のは、その……」

 が、完全に思考が停止したらしく、言い訳の言葉すら出てこない。

 その間、つい俺は結朱の身体に目を向けてしまった。

 平均より明らかに大きい胸の膨らみと、ミニスカートから見える眩しい太もも。

「あ! い、今! 今私のことやらしー目で見たでしょ!」

 と、モテる女子はそういう視線にも敏感なのか、結朱は自分の腕で身体を隠すような仕草をした。

「そ、そりゃあ……この話の流れだったら、ちょっとは見るだろ!」

 気まずいところを突かれた俺は、しどろもどろになりながらも開き直った。多分、結朱と同じくらい顔が赤くなっていることだろう。

「ど、どうやら効いたみたいだね……私の攻撃」

「自爆攻撃じゃねえか……」

 結朱が変なこと言い出したせいで、ものすごく微妙な雰囲気になってしまった。

 どう話題を繋げていいものか分からず、しばし沈黙が降りる。

 やがて、先に口を開いたのは、そわそわした様子の結朱だった。

「ねえ……もし。もしだよ? 万が一、私が色仕掛けをしたら……効く?」

 どこか窺うような態度で、さっきの話を続けようとする結朱。

「効くって……どういう意味だよ」

 発言の意図が分からずに問い返すと、結朱は恥ずかしそうに目を逸らしながらも説明してくれる。

「いやほら、色仕掛けに、その……乗っちゃったり」

「そ、それは……」

 な、なんてこと聞きやがるんだ、この女……!

 もし俺が乗るって言ったら、この場の空気はどうなってしまうと思ってるんだ。

 二人きりだぞ? 周りに誰もいないんだぞ?

 もし、もしも、万が一、俺が乗るって言ったら…………結朱はどうするのだろう?

 この場で、色仕掛けとやらをしてくるのか。

 だとしたら、俺は――。

「乗る…………わけねえだろ」

 ギリギリのところで、俺は精神力を振り絞って答えた。

「そ、そっか……」

 結朱は安堵したように答えながらも、どこか複雑そうというか、少しだけ傷付いているように見えた。

「…………そんなに魅力ない? 私」

 そして、妙に消沈した声でそんなことを訊ねてきた。

「そういうわけじゃないさ。けど……もし、そういう流れで『そういうこと』になっても、結朱、きっと傷付くだろ。だから俺は乗らない」

 結朱が思いのほかしゅんとしていたからだろう、俺も誤魔化すことなく本心を口に出してしまった。

「えと……う、うん、そっか」

 結朱もなんか驚いたような、恥ずかしいような、微妙な表情をしていた。

 まあ、俺の恥ずかしさはこいつの比じゃないけどな! くそ、いつの間にか俺のほうが辱められてるじゃねえか!

「タイム。この話はもうやめにしないか」

 これ以上は両者ともに損害が大きいと判断した俺は、話題の変更を提案した。

 すると、結朱も少し楽しそうな表情で頷く。

「そうだね、うん。大和君が意外と私を大事にしてくれてることも分かったし、このくらいにしとくよ」

「大事にって……あほか。普通の倫理観持ってるだけだっつうの」

 少し照れた俺がお茶を濁そうとすると、それを隙と見たか、結朱の目がきらりと輝いた。

 あ、嫌な予感。

「いやいや、謙遜しなくていいよ? 私のことをすっごく大事にしてくれてるのが十分伝わったし。なんていうか、大和君の全力を見たって感じ?」

「見せてねえよ」

「そっかー、そんなに私のことを大事にしてくれちゃうかー。ちょっとドキッとしたなー、私的には超満足」

「おい、勝手に満足するな!」

 なんだこれ、いつの間にか逆転されてるじゃねえか!


 こうして、この日は結局満足げな結朱に振り回されて終わるのだった。


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