第27話 偽物カップルと間接キス。
「えーと、
学校から少し離れたところにあるファーストフード店。
二人分の料理と飲み物をレジで受け取った俺は、席を取って待っているはずの結朱を探していた。
「
奥のほうにある二人席に座った結朱が、俺を見つけてひらひらと手を振ってくる。
俺もそっちに向かい、結朱の向かいに座った。
「ありがと、大和君」
「どうしたしまして。にしても、やっぱり混んでるな。文芸部室のほうがよかったかもしれん」
俺たちと同じような学生で溢れる店内に、若干居心地の悪さを感じる俺。
「まあでも、ゲームが近くにあると集中できないじゃん? 普段の倍近く宿題があるんだし、絶対ゲームやりながらだと終わらないよ」
「まあそうだが……」
おのれ、教師どもめ。
何故揃いも揃ってすごい量の宿題を出してきやがるのか。
「しょうがない、パパッとやるか」
恨み言を言っても始まらない。
俺は溜め息を一つ吐くと、シャーペンを筆箱から取り出した。
「あ、待って。せめて揚げたてポテトだけでも食べてからやろう」
が、結朱は完全に食欲に負けていたらしく、注文したポテトをうさぎみたいに食べ始めていた。
「おい、そっちに気を取られてたら、わざわざここまで来た意味がねえだろ」
結局、集中できてねえじゃねえか。
「まあまあ、そう言わず。ほら、大和君も食べな? あーんしてあげるから」
結朱が俺の口元にポテトを突きつけてくる。
「いらねえよ」
拒否すると、結朱は小首を
「なに、お腹いっぱいなの?」
「そういうわけじゃないけど」
「あ、じゃあ胸がいっぱいなの? だとしたらしょうがないね、私と一緒にいるんだから」
「そういうわけでもなくてね?」
謎の理屈で納得しかける結朱を止めるも、彼女の中では既に結論が出ているらしく、したり顔で俺に差し出していたポテトを自分で食べ始めた。
「無理しなくていいって。胸がいっぱいで食べ物が喉を通らなかったり、息苦しかったりしてるんでしょ? 恋の病だね、それ」
「話が通じないストレスで胃の病になりそうなんだが」
「またまたツンデレだね。まあ私は出来た彼女なので、そういう素直になれないところも受け入れてあげるけどね」
「おう。どっちかというと、俺の言葉を素直に受け入れてほしかったがな」
まあ俺も出来た彼氏なので、そういうナルシストな部分を受け入れてスルーしよう。
「よし。腹ごしらえも済んだし、残りはあとで食べよう。そろそろ始めようか」
何口かポテトを食べて満足したのか、結朱はようやくやる気になったようだ。
「やっとかよ……」
俺は一つ溜め息を吐くと、テーブルに宿題を広げるスペースを確保するため、二人分のトレーを重ねて隅に置く。
「じゃあ、古文からやってく?」
「了解」
二人でノートと教科書を広げて、宿題に指定されたページの問題を解いていく。
何問か進めたところで、俺の手が少し止まった。
「えっと……ややこしいな」
眉根を寄せて呟くと、俺はペンを置いて自分のコーヒーを飲みながら考え始める。
すると、それに気付いたのか、対面の結朱が顔を上げた。
「ここは一・二点を挟んでないから上下点は使わないかな。ちょっと分かりづらいけど」
「あ、本当だ。助かる」
こういう時、頭のいい彼女がいると助かるもんだな。
結朱のおかげもあって順調に勉強は進み、古文が片付いたところで休憩を入れることにした。
「ふぅ……疲れたねー。やっと終わったよ」
「あと三教科もあるけどな」
ぐっと伸びをする結朱に、溜め息混じりで答えると、彼女は顔をしかめた。
「大和君、それは言わない約束だよ。モチベ下がるから」
言いつつ、結朱は残ったポテトを食べ、ジュースを飲む。
と、驚いたように目を見開いた。
「んん? これコーヒーじゃん。私、コーラ頼んだのに」
「それ、俺のだな」
どうやら同じトレーに乗せていたので、間違えたらしい。
「ご、ごめんね、大和君」
ちょっと動揺したように謝ってくる結朱。
「別にいいけど。少しくらい減ったって」
「そ、そうだよね。うん」
何故か紙コップに刺さったストローを見て赤くなる結朱。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
心配になって訊ねると、結朱はギクシャクした動作で首を横に振る。
「そ、そんなことないよ。うん、平気」
「そうか。じゃあ間接キスだとか思って照れてただけか」
「なんで言っちゃうかな!? ていうか気付いてたんなら、なんでこれ見よがしに体調の心配とかしたの!? なんで一回泳がせたの!?」
「いや、スルーしようと思ったんだけど、あまりに結朱の反応が面白くて、つい……」
「そこは我慢してよ! 最後まで理性を保って!」
一通り文句を言ってから、結朱は拗ねたように唇を尖らせる。
「てか、どうして大和君はそんなに冷静なのかな? 私と間接キスしたんだから、もっと照れたり喜んだりしなさいよ」
「まあ、する側だったら照れるかもしれないけど、される側だとそんなに動揺しないタイプみたいだ、俺」
「うぐぐ……! 私だけ恥ずかしい思いするのはずるいんだけど。これ、返却するので飲んでいいよ」
結朱は自分が口を付けたコーヒーを俺に返してくる。
「別にいいよ。結朱が照れ死しても困るから、あとで新しく注文してくるし」
さすがに間接キスをする側になったら俺も照れそうだったので、結朱の戯言を受け流してハンバーガーを食べる。
「おのれ……一緒に恥をかこうよー、大和くーん」
そんなことをしたら、絶対こいつもまた恥ずかしがるのに、そんなに俺を道連れにしたいのか。
と、内心で苦笑していた時だった。
「ん……!?」
油断した俺に、非常事態が発生する。
なんということだ。完全に不意を突かれた。
水なしでハンバーガーを食べた結果、喉に詰まったのである……!
「………………っ!」
やばい。呼吸ができない。
すぐに水分を摂りたいところだが、生憎ここにある飲み物は両方とも結朱の飲みかけ。
ここは一旦レジに行って、新しいドリンクを注文するべきだ。
「む、ぐ……!」
だが、俺の喉はそこまで保ってくれそうにない。
やるか。やるしかないのか。
……非常事態だ、覚悟を決めろ、俺!
俺は結朱の前にあったコーヒーを手に取る。
「え……」
そして、キョトンとしている結朱の前でそれに口を付けた。
「や、大和君?」
途端に、結朱がみるみる真っ赤になっていく。
俺は彼女のほうをストローでコーヒーを飲むのだが――コーヒーがストローまで上がってこない。くそ、結朱が飲んだ分でちょうど空になりやがったのか!
「や、やっぱり大和君も私と間接キスしたかったんだ。うんうん、気持ちは分かるよ」
結朱は真っ赤になりながらも、余裕があるアピールをしているつもりなのか、いつものナルシスト発言をしていた。
が、現在進行形で死にかけている俺は、そんなものに構っている暇はない。
結朱の言動を完全スルーして、彼女が注文したコーラを飲み始めた。
「え、そっちも飲むの!? 間接キスのおかわりはさすがに前代未聞だよ!」
しゅわしゅわ感溢れる液体が喉に詰まったハンバーガーを流し込み、俺はようやく復活する。
「ふぅ……生き返った」
「生き返ったって……私との間接キスで!? そんな死にそうになるほど間接キスを我慢してたの!?」
気付けば、結朱が茹でタコのように真っ赤になっていた。
なんだか俺がパニックになっている間、よくない誤解が生まれたらしい。
「待て待て。俺はただ死ぬほど息苦しかっただけで」
「死ぬほど息苦しい……? それ恋の病の症状じゃん! やっぱり間接キスしたかったんだ!」
「違う! ただ、食べ物が喉を通らなかっただけで――」
「それも恋の病の症状じゃん! やっぱり間接キスがしたかったんだ!」
駄目だ、詰んでる!
全然違うのに! 物理的に死にかけただけなのに!
「そ、そっか。大和君、そんなに私のことが好きなんだ、へー……」
結朱は恥ずかしそうにしながらも、なんか満更でもなさそうな顔をしている。
こうなると、完全に否定するのも無粋な気がしてくるから不思議だ。
「……もうそれでいいです。結朱ちゃん、愛してる」
結局、俺は誤解を解くのを諦めて間接キス大好きマンの汚名を受け入れたのだった。
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