第26話 彼氏の浮気疑惑が浮上するカップル。
「えーと、
一人、口に出して確認しながら自販機のボタンを押す
いつも通りの放課後。
ゲームの休憩中に自販機で二人分の飲み物を買った結朱は、鼻歌交じりで文芸部室に戻っていった。
「次のボスはいつ倒せるかなあ」
大和と出会うまで、ゲームはほとんどしたことがなかったが、今ではすっかりRPGに浸っている結朱であった。
最初は絶対に趣味が合わないと思った相手だったが、意外と相性がよかったのか、ここまで交際はずっと順調に進んでいる。
「……まあ、もうちょっと私に興味持ってほしい時もあるけど」
元々、人間関係が淡泊というか、妙にドライな大和だけに、それは過ぎた要求なのだろうけど。
その分、浮気の心配もないと思えば、プラマイゼロといったところか。
文芸部室の前に着く。
「……ああ、そうだ。うん」
と、ドアを軽く開いたところで、大和の話し声が聞こえてきた。
「電話してるっぽいな……」
大事な電話だったらまずいし、ちょっと他の場所で時間を潰してから入ろうか。
「そうだって。うん……ほんとほんと」
……そう思って立ち去ろうとする結朱だったが、妙に楽しそうな大和の様子に、つい立ち止まってしまった。
「誰……? 大和君があんなに楽しそうに……」
人間関係に淡泊な大和だからこそ、あんなに親しげに語り合う相手がいることが意外というか、気になるというか。
無意識のうちに、結朱は息を殺して会話を聞いていた。
「ああ。俺も同じだよ、ともえがいい」
「………………っ!?」
――誰!?
本当に知らない女の名前が出てきて、思わず手に持った缶コーヒーを取り落としそうになるほど動揺する結朱。
が、手から落ちそうになった缶を慌てて掴み、音を出さないように続きを聞く。
「本当だって。日曜? ああ、じゃあ一緒に買いに行こうか」
……デートの約束をしている。
「私には自分からデートしようなんて言ってくれたことないのに……!」
衝撃だった。
こんなに積極的な大和は見たことがない。
もしや、結朱に対して淡泊だったのは、他に好きな子がいたからでは?
だとしたら、納得いく。
「ともえ……どこの女……!?」
交友関係の広い結朱だが、一年生でそういう名前の女子は聞いたことがない。
となると他学年か……中学時代の同級生とかだろうか?
「いやいや本気だって。ともえが欲しいんだ、俺」
……すごく情熱的に求めている。
結朱の胸の中に、今まで感じたことがないような暗雲が漂い始めた。
「うん。分かった、じゃあまた」
大和が通話を終えた。
とはいえ、結朱の気持ちが晴れることはないが。
「落ち着こう……」
詳しい話を聞く前に有罪判定をするのはよくない。推定無罪という原則もあるし。
何度かゆっくりと深呼吸をすると、笑顔を作って部室に入った。
「お待たせー。大和君、コーヒーでよかったよね」
「おう、ありがとう」
何食わない顔で結朱に接する大和。
おのれ狸、今にその化けの皮を剥がしてくれよう。
もはや使命感に近い感情を持って、結朱は大和をこっそり取り調べすることにした。
「そういえば大和君さあ、今度の日曜日空いてる? 暇だからどこか遊びに行こうよ」
さっきの電話で、ともえとやらと約束していた日にあえて被せる。
ここで結朱を優先してくれるようなら、まだ情状酌量の余地を考えてあげなくもない。
「あー、すまん。ちょっと家族と予定入ってて」
が、そこで大和はバツが悪そうに断ってきた。
これは有罪に一歩近づいたとしか言い様がない。
「そうなんだ、残念だね」
「ああ。さっき母親から電話が掛かってきて決まったんだ。悪いな」
母親……さっきの電話が母親だというのか。
あんなに情熱的にともえとやらを求めていたのに。
と、そこでふと嫌な予感が結朱の中で湧いてきた。
「……ちなみに、お母さんの名前ってなに?」
もしも万が一、母親の名前がともえだった場合、全ての前提がひっくり返る。
大和は浮気をしているのではなく、ただただ情熱的に母親を求めているだけになるのだから。
いやまあ、それはそれで全く別の問題が発生するのだけども、それは置いておいて。
「え、
「そ、そっか」
浮気の可能性が高まったというのに、とてつもなく安心する結朱であった。
「ちなみに、大和君って兄弟はいる?」
まだシスコンの可能性があるので、そこも潰しておきたい。
「いや、一人っ子だよ。子供の頃は兄弟を欲しいと思ったけど、今は一人でよかったな、楽だし」
これでシスコンの可能性も消えた。
また浮気の可能性が高まったというのに、ますます安心する結朱であった。
「話戻るけど、日曜日は何しに行くの?」
「本当にさっきから話の流れが変だな……」
問い詰め方を焦ってしまったためか、大和が疑いの目でこっちを見てくる。
「い、いやほら、大和君くらいの思春期まっただ中の少年だと、お母さんと二人で買い物ってちょっと避けたりするじゃん? なのに、わざわざ一緒に出かけるなんて、どういう用事かなーって」
咄嗟に言い訳を繰り出すと、それで誤魔化されてくれたのか、大和は納得したように一つ頷いた。
「まあ、確かにちょっと恥ずかしくはあるけど……料理道具を買いに行くから、一番適任なのが母親ってだけだよ」
「料理道具ねえ……」
「ああ。最近、ちょっと料理を始めてな。自分の料理道具が欲しくなったんだ」
大和が料理とは初耳だ。
単なる嘘か、あるいは新しい女に影響されて始めたのか。
もし後者だった場合、自分の彼氏が他の女に染められているようで非常に面白くない。
「――それ、本当なの?」
結朱は意を決して切り込むことにした。
「なんだ、いきなり。こんな嘘吐いてどうするんだよ? 間違いなく天ぷら練習中の男だぞ、俺は」
困惑と驚きが混じったような大和。これが演技だったらたいした男である。
「いや、ちょっと気になってさ。もしかして、本当はともえって子と出かけるんじゃないかって」
「ともえ……? いや、そんな知り合いいないけど」
核心に触れる名前をぶつけてみるも、大和の表情はたいして変わらない。
おのれ、なんという役者だ。
そういえばこの男は、結朱と付き合うという無茶な設定を曲がりなりにもこなせるような演技派だった。このままではのらりくらりと躱されるかもしれない。
「な、なら! スマホの通話履歴を見せて! そこに浮気の証拠があるはず!」
大和の動揺を誘うため、糾弾のトーンを上げる結朱。
「浮気って……おいおい、なにその疑惑。まるで身に覚えがねえよ」
「それなら、ちゃんと見せられるよね?」
「いいけど……」
大和は困惑気味にスマホを取り出し、結朱に渡してくる。
すかさず、結朱は通話履歴を見た。
最新の通話履歴は五分前。相手は――『母親』となっている。
「気は済んだか?」
大和が手を差し出して、スマホを返せと要求してくる。
「う……ま、まだ。もしかしたら浮気相手を隠すためにカモフラージュで名前を変えてるのかもしれないし」
「あのなあ……そんなに疑うんだったら、いっそ電話してみろよ。うちの母親が出るから」
もはや困惑を通して、呆れた表情になっている大和。
「な、なら、さっき電話で話してたともえっていったい」
そう呟くと、大和は眉間に
「ともえ……さっきの電話……ああ、そういうことか。お前、さっきの電話聞いてたんだな?」
そして、納得したように頷く。
「そ、そうだよ。盗み聞きは悪かったけど、あんな露骨に浮気相手と通話してたら、そりゃあ気になるし!」
一瞬、怯んだものの、浮気というワードを再び突きつける結朱。
すると、大和は焦るどころか笑いを噛み殺すように小さく息を吐いた。
「ともえというのは、ともえお玉という調理器具のことだ。かき揚げを使う時に使うお玉のことだな」
「え……」
いきなり明かされた事実に、結朱は呆然としてしまう。
「そ、そんなもの存在するわけ……」
結朱は手に持ったままだった大和のスマホで、検索をかける。
すると、ともえお玉を売っている通販サイトが検索トップに出てきた。
「ほ、本当だ……」
途端に、結朱の中で辻褄が合う。
ともえが欲しい。料理を始めた。母親と出かける。
何一つ嘘ではなかったのだ……!
「さて」
大和が、新しいおもちゃを見つけた子供のように弾む声で、小さく呟く。
途端に、結朱は冷や汗をかいてしまった。
「何か言うことはあるかな? 結朱ちゃん」
「それは、その……」
言い訳の余地も開き直りもできない、完全に結朱の早とちり。
「や、大和君が紛らわしいことするから……!」
それでもなんとか開き直ってみるも、当然ながら大和の涼しい顔は崩れない。
「そう言われたら、確かにそうだわ。ごめんな? 結朱。まさか料理道具にすら妬くような奴がいるとは思わなくてさ」
「うみゅう……!」
完璧なクロスカウンターを決められ、結朱は膝から崩れ落ちた。
だが、大和は追撃の手を緩めない。
「いや、本当にすまない。これは彼氏としての俺のミスだわ。今度から料理道具を買う時は結朱ちゃんが嫉妬しないように報告するから、許してくれ」
「その謝罪風死体蹴りやめて! もう本当に悪かったから! 反省してるから! すみません、許してください!」
「いやいや、結朱が謝ることはないさ。お前はただただ俺のことが大好きなだけだったんだから。その愛情に応えられないのは彼氏である俺の罪だわ」
「う、うわーん! 完全にやらかした! すっごい死にたい!」
真っ赤になった顔を手で覆って
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