第25話 超次元神経衰弱で勝負するカップル。

「ねえねえ、大和やまと君。神経衰弱しない?」

 いつも通りの文芸部室で、結朱結朱が唐突にそんなことを言い出した。

 ちょうど今日の宿題が終わったところでのんびりしていた俺は、その提案に首をかしげる。

「いいけど……なんだ、急に」

 トランプで遊ぶのは構わないが、なんで神経衰弱限定なのか。そして何故いきなり神経衰弱なのか。

「それがさ、二年生たちがそろそろ修学旅行じゃん? だから、旅行で遊べるゲームをいくつか考えてくれないか、って付き合いのある先輩に頼まれちゃって。ちょっと盛り上がるかどうかのテストでもしようかなと」

「なるほど。まあ話は分かったが、神経衰弱なんて今更テストする意味あるか?」

 誰でも知っているポピュラーなゲームだろうに。

 そう思っていると、結朱は何故か得意げな顔でトランプを取り出した。

「これが普通の神経衰弱じゃないんだよ。名付けて……超次元神経衰弱!」

「超次元……だと……!?」

 わざとらしく驚いて見せると、結朱は満足そうに頷いた。

「はい、完璧なリアクションありがとう。まあ聞いての通り、神経衰弱にオリジナル要素を入れたものが、今回お試しするゲームになります」

「へえ。で、どんなオリジナル要素が?」

「口で説明するより、見てもらったほうが早いかな」

 そう言って、結朱は俺にトランプを手渡してくる。

 む……よく見ると、市販のものじゃないな。

 印刷した紙をラミネート加工した、手作り感溢れるものだ。

 裏を見ると、そこにはダイヤでもハートでもなく、『腕立て伏せ十回』と書いてあった。

「ん? なんだこりゃ」

 他のカードを見てみると、そこには『ジュース一気飲み』や『得意な曲を歌う』などの罰ゲームっぽい文言が書かれていた。

「ああ……なるほど」

 そこで俺はルールを察する。

「つまり、カードを引いた奴は、そこに書かれている指示を実行しないといけないってことだな?」

「正解! 今はそのバランス調整のために色々と試してる段階なの。というわけで、勝負しよっ」

「分かった。けど、二人でこれ全部消費するのは大変だぞ。いちいち書かれてる指示もこなさないといけないんだし」

「そうだね。じゃあ、十枚五セットだけ選んで遊ぼうか」

 結朱は俺からトランプを受け取ると、いくつか見繕って机の上に広げた。

「よし……これでOK!」

「おう。先攻はそっちでいいぞ」

 どんな指示が隠れているのか俺は知らないので、様子見のために譲る。

「うん。じゃ、引くね」

 結朱はわくわくした様子で、最初のカードをひっくり返す。

 そこに書いてあったのは『好きな子に告白』というものだった。

 まあ修学旅行らしいっちゃらしいな。男女でやったら盛り上がるかもしれん。軽いノリで告白できるようなリア充たちならの話だけど。

「なあ、ちなみにカードに書いてある指令が実行できなかったらどうなるんだ?」

「それを許したらゲームが成立しなくなるからね。その場で失格、最下位だよ」

 そう言いながら、結朱はもう一枚ひっくり返す。

 と、そこに書いてあったのも『好きな子に告白』だった。

 やっぱり五セットしかないから、揃うのも早いな。

「早速来たね。じゃあ大和君、だーいすき!」

「そりゃどうも」

 さらりと結朱の告白を流すと、彼女はじとっとした目でこっちを見てきた。

「コラコラ。リアクションが淡泊すぎないかね、君。もうちょいときめきなさいよ」

「十分ときめいてるって。ほら、次引けよ」

 強引に進めると、結朱はまだ不満そうだったが、素直にカードを引いた。

「次は……『直前のプレイヤーにマッサージをしてもらえる』だって。この場合は大和君だね」

「割と無難なのもあるんだな」

 まあ修学旅行の暇つぶしなのだ。あんまり過激なものにもしないってことなんだろう。

「じゃあもう一枚……えーと、これは『日頃お世話になっている人に感謝を伝える』だね。残念、ここまでだ」

 やっぱり、ほのぼのするようなものが多いな。

 これなら、俺も安心してプレイできる。

「じゃ、次は俺の番か」

 リラックスした俺は、目の前にあったカードを適当に一枚引く。

 すると、そこに書いてあったのは『わさび入りスモアを食べる』というもの。

「……スモアって?」

 わさび、というワードに嫌な予感を覚えながら訊ねると、結朱は悪戯いたずらっぽい表情で答えてきた。

「チョコビスケットでマシュマロを挟んだお菓子のことだね。わさび入りってことなので、マシュマロの代わりにわさびを挟んだものになります」

 言うなり、結朱は鞄からチューブわさびとチョコクッキーの缶を取り出した。

「変なところで準備万端な奴め……」

 過激なものにはならないという俺の予想は、一瞬で砕け散った。

 これはデスゲームとして挑まなければいけないかもしれない。

「さてさて、どうする? 大和君。次のカードをどうぞ」

 楽しそうに煽ってくる結朱。

 俺は苦虫を噛みつぶしたような顔をすると、既に彼女が引いていた『日頃お世話になっている人に感謝』のカードを引いた。

「逃げたね? へたれだなあ、大和君は」

「うるせえ」

 未知のカードを引いて、万が一にもスモアを揃えてしまったら目も当てられない。

 ここは結朱が先に引いておいたカードを再び開けることで防御するのが鉄板だ。

「くそ、意外と駆け引きの余地があるな、これ……」

 普通の神経衰弱のように、ただ分かったカードを引けばいいというものじゃない。

 どういう指令なら自分が実行できるのかを、考えながら引かなければいけないのだ。

「じゃあ、私の番ね!」

 そうして、結朱はまだ中身が判明していないカードを引く。

 書いてあったのは……『マッサージ』。

「やった。これで揃ったね!」

 結朱はガッツポーズをすると、さっきのターンで明らかになっていたほうの『マッサージ』もオープンし、カードを揃える。

「じゃあ大和君。お願いします」

「しょうがねえな……」

 俺は結朱の背後に回ると、彼女の肩を揉み始める。

「ん……大和君、意外と上手だね」

「結朱こそ、だいぶ凝ってるな」

「そりゃあ、普段からお勉強を頑張ってますから」

 自慢するように言う結朱。

「そうかよ」

 答えながら、俺は肩越しに見える胸部の膨らみを見た。

 結構『ある』し、こっちの問題も大きいんだろうなあ。

「あ、大和君。今ちょっとやらしいこと考えたでしょ」

 振り向きながら、何故か楽しそうに俺の心を読む結朱。

「エスパーか、お前は……」

「大和君が分かりやすいだけだよ。まったく、えっちだなあ」

「うっせえ。ほら、早く引け」

 俺が分かりやすく話を逸らそうとすると、結朱は勝ち誇るようにくすりと笑った。

「はいはい。誤魔化されてあげますよっと」

 そうして、結朱はまだ判明していないカードを引く。

 その内容は――。

「あ、二枚目の『わさび入りスモア』」

 これでわさび入りスモアが両方とも出揃った。

 その気になれば、結朱は揃えられる状態である。

「これはさすがにちょっと……」

 結朱は顔を引きらせると、既に判明している『わさび入りスモア』を引かずに、あえて未知のカードを選んだ。

「お前だって逃げてるじゃねえか。へたれめ」

「うるさい。私はか弱い女子なんですー」

 なんというダブルスタンダード。

 とはいえ、それよりも気になるのは、今引いたカードの中身。

「お、とうとうこのカードが出たね」

 結朱も中身を確認するなり、にやりと笑った。

「……『ゲーム後、ビリのプレイヤーに好きなことを命令できる』……だと?」

 そこに書いてあった指令を読むなり、俺は思わず顔をしかめた。

 なんというカードを混ぜ込みやがる、この女。

 そんな俺のリアクションを楽しそうに観察しながら、結朱はここぞとばかりにからかってきた。

「どう? テンション上がった? 勝てば私に好きなこと命令できるんだよ? えっちな大和君は何を考えちゃったのかな?」

「なあ、結朱って貯金いくらある?」

「ノータイムで金をむしりに来たね!? 金銭より私に魅力を感じなさいよ!」

 あはは、参考までに聞いただけですとも。他意はないですよ、あはは。

「ふん……まあいいけど。ほら、大和君の番だよ。どうするか選んで?」

 結朱は俺に選択を促してくる。

「さて……」

 ――いよいよ後がなくなった。

 やろうと思えば、俺は全種類のカードを開けて勝利できる立場にいる。

 が、そのためにはわさび入りスモアを食べなければならないのだ。

 かといって俺が逃げれば、結朱は次のターンでスモアを避けながら、全てを揃えるはず。

 そして、『命令』のカードを使い、何か俺に恐ろしいことを要求してくるだろう。

「いや、待てよ……」

 今、場に伏せられている未知のカードは『感謝』と『命令』が一枚ずつ。

 結朱がスモアを避けて勝利するには、この未知のカードのどちらかを先に開けて揃え、その後に

 でなければ、結朱は二セット揃えた後、更にゲームを続行して、残されたスモアも引かなくてはならなくなる。

「ど、どうする……!?」

 結朱が先に『感謝』のカードを引いた場合、命令のカードは揃えられない。

 そうなれば、俺が負けても別に損はない。

 だが、先に『命令』のカードを引いてしまった場合、俺にとって最悪の結果になる。

 一〇〇%勝つためにスモアを食べるか、五〇%に賭けてスモアを避けるか。

 なんなら、俺が博打で未知のカードを先に引き、『命令』カードを揃えることに賭ける道もある。そうなれば実質勝ちだ。

 どうする……!? 俺はいったい、どうすればいい……!

「大和君」

 悩んでいると、菩薩のような笑みを浮かべた結朱が俺の名前を呼んできた。

「私を信じて? たとえ私が勝っても、大和君に酷いことなんかしないから。一番大好きな人に、そんな無茶なことはできないよ」

「結朱……」

 呆然と見つめ返すと、結朱は少し照れたようにしながらも、俺を安心させるように微笑み続けた。

「ああ……分かったよ」

 それを見て、俺は彼女に笑い返す。

 そうして――即座にわさび入りスモアのカード揃えた。

「っしゃあ! こうなったら食ったるわ!」

「なんでー!? どうしてそういう結論に至ったのかな!?」

 覚悟を決めた俺を、結朱が不満そうににらんでくる。

「わざとらしいんだよ! お前がそんな殊勝しゅしょうなタマか!」

「ぐぬぬ……! おのれぃ、大和君のくせに生意気な!」

「あはは! 陰キャを舐めんじゃねえよ! 猜疑心さいぎしん卑屈ひくつさなら他の追随を揺るさん人種だ! じゃあいただきます!」

 妙に突き抜けたテンションのまま、俺は用意されたわさび入りスモアを一口で食べる。

 チョコレートの甘さとビスケットのサクサク感が口の中一杯に広がり――その直後に、それら全てを無に帰すような辛さが爆発した。

「ぬぐっ!? ふ、むうううううううう!」

 思わず机をバンバン叩いた。

 辛さが……チョコの甘さと混ざり合って絶妙にクソまずく仕上がった辛さが、喉を焼いてから鼻と目にツーンと登ってくる!

「す、すごい威力……わさび入れすぎたかな?」

 俺の悶えっぷりに、スモアを用意した結朱ですらもドン引きしていた。この料理下手め、わさびの加減を間違えやがったな……!

 俺は涙を拭いながら、一息にわさび入りスモアを飲み込む。

 そして、立て続けに『感謝』と『命令』のカードを揃えた。

「お……俺の勝ちだ、結朱」

 地の底から響くような壮絶な声音で、俺は勝利宣言する。

「う、うん。もはや満身創痍で勝ったんだか負けたんだか分からないけど。えと、缶ジュースあるけど飲む?」

 結朱もその気迫に押されたのか、素直に負けを認めていた。

 俺は差し出された缶ジュースのプルトップを開け、一息に飲み下してから、息を吐く。

「ふー……落ち着いた。じゃ、カードの指令をこなすか」

 ようやく苦痛が治まってきた俺が話を進めると、結朱は死刑執行の日付を聞いた罪人のように、ビクッと肩を跳ねさせた。

「お、お手柔らかにね……?」

「さあ、どうするかな? こんなに辛い思いしたんだし、色々と結朱にも頑張ってもらわないとな?」

 俺が笑顔で宣告すると、結朱の怯えがどんどん酷くなる。

「じゃあ結朱、まずは――」

「か、神様……!」

 ぎゅっと目を瞑って祈る結朱。

「――ありがとうな」

 そんな彼女に、俺は笑顔でその言葉を告げた。

「え……」

 きょとんとした様子で目を見開き、こっちを見る結朱。

 そんな彼女に、俺は言葉を続ける。

「俺、普段こういう遊びとか参加しないからさ、なんだかかんだで結構楽しかったよ。結朱も、俺のことを楽しませようと思って、こういう案件を持ってきてくれたんだろ? あんまり普段は言葉にしないけど、なんていうか……ありがたいと思ってるよ」

 普段は言えない素直な言葉。

 口にすると、少し恥ずかしい。

「や、大和君……」

 結朱も少し感動したように頬を赤らめる。

 そんな彼女に、俺は笑顔で最後の言葉を告げた。

「――じゃあ、お前もわさび入りスモアを食べようか」

「この流れで!?」

 動揺を見せる結朱に、俺はわさびをたっぷりチョコビスケットに挟み、差し出した。

「ほらほら、『命令』の権利があるからな。さあ食え、俺の手料理だ」

「やだー! なんだよ、さっきの感謝の言葉はなんだったんだよ!」

「単にカードの指令に従っただけだ! よりによって、こんなとんでもない罰ゲームを残しやがって! 自分の舌で体感するがいい!」

「鬼! 悪魔! 陰キャ!」

「何とでも言え! ほら、あーんしてやるよ! あはは、カップルらしいいちゃつきっぷりだな!?」

「辛っ!? なにこの……ごほげほっ! み、水……!」

 

 数日後、えぐい罰ゲームを取り除いたマイルド版が二年生に届けられたという。


本編試し読み実施中!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054910731993

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る