第24話 進路調査について話し合うカップル。

「お待たせー。遅くなってごめんねー、進路指導が思いのほか長引いちゃってさあ」

 いつも通りの文芸部室。

 俺より三十分ほど遅れて入ってきた結朱ゆずが、少し疲れたように呟いた。

「まあ、出席番号の順番だからしょうがねえよ」

 名字が「い」で始まる俺は出席番号が早いので、こういう時には少し得である。

「いやー、高一の秋で進路なんか聞かれてもって感じだよね」

「まあな」

 隣に座った結朱に、俺もゲームのコントローラーを渡しながら頷く。

大和やまと君は卒業したらどうするの?」

「んー? まあ、普通に進学じゃねえかな。特にやりたいこともないし」

「へえ……ゲーム作る会社に入ったりするのが夢かと思ってた」

 意外そうな目で俺を見てくる結朱。

「ゲームをやりたいのと、ゲームを作りたいのはまた別の感情なの。俺は生涯一プレイヤーでいたい」

「そういうものかな? 好きなものがあるのに、そこに携わる仕事とかしたくないの?」

 納得がいかないのか、結朱は首をかしげていた。

「そういうものだよ。たとえばすげえ女好きの男がいるとするじゃん? そいつは女と遊ぶのが好きなんであって、女になりたいわけじゃないだろ?」

「分かるような、分からないような例えだね……まあ、大和君の気持ちは分かったけど」

 うんうんと頷く結朱。こういう時に素直なのはこいつの長所だと思う。

「そういう結朱は将来なりたいものとかあるのか?」

「可愛いお嫁さん!」

「そうか。いい相手が見つかるといいな」

「おいコラ彼氏」

 いつもの妄言をさらりとスルーしたら、顰蹙ひんしゅくを買ってしまった。

「何か問題でもあったか?」

「あったよ。もっとドキッとしたらどうかね『もしかしてこいつ、俺とのことをそこまで考えてるのか……?』みたいな」

「高校一年でそれは重い女だなとしか思わねえよ。お前、結婚適齢期になったら彼氏の前でこれ見よがしにゼク○ィ読むタイプだろ。地雷認定される案件だからな、それ」

「読まないよ! 冗談だというのに、まったく……」

 自分から話を逸らしておいて拗ねる勝手な女である。

「で、本当はどうするつもりなんだ?」

 逸れきった話題を強引に戻すと、結朱も今度は乗ってくる。

「普通に進学だよ。幸いにも私は頭が良いし。あ、違った。頭『も』いいだわ」

「自画自賛のフレーズに妥協を許さないな、お前は……」

 どんな時でもブレない心に、呆れるのを通り越して少し感心してしまう。

「でも、お互い進学なら同じ大学行けたらいいねー」

 未来に思いをせているのか、ほんわかした表情の結朱。

 が、残念ながらそうはならないだろう。

「まあ、無理だろうけどな。俺とお前じゃ成績違うし、志望校の偏差値もだいぶ変わるだろ」

 俺も馬鹿とは言わないが、成績はせいぜい中の上くらいである。

 結朱はナルシストだが、それに見合うだけの実力があり、学年でも定期試験の順位は一桁をキープしているという秀才だ。

 当然、志望校は変わってくるだろう。

 しかし、露骨に水を差した俺に対して、結朱は不機嫌になるでもなく、むしろ笑った。

「現状だったらそうかもしれないけど、そこは大和君の努力次第でどうにでもなる部分じゃん? なら大丈夫だよ」

「簡単に言ってくれるな……そもそも、俺は別にお前と同じ大学に行こうとも思わないし」

 真っ向から否定すると、今度こそ結朱は不機嫌そうな表情に変わった。

「えー、なんでよ。私と同じ大学に行ったら、いいことがたくさんあるのに」

「ほう、たとえば?」

 訊ねると、結朱は営業スマイルを浮かべながら説明を始めた。

「メリット1、まず何より可愛い彼女とキャンパスライフが送れる!」

「それまで俺とお前が付き合ってるのかが疑わしいわ」

 あくまで仮のカップルだからね。当然、期間限定の。

「そこは卒業までに本物のカップルになれるよう、大和君が努力しなさいよ」

「なんで俺がお前を落としたいのが前提なんだよ……」

 謎の理論を展開する結朱に呆れ顔でツッコミを入れるが、彼女は何故かドヤ顔を浮かべてきた。

「それは大和君が私のことを世界中の誰よりも愛しちゃってるからだよ」

「だとしたら、世界中の他の奴らはあまりにもお前を愛さなすぎだわ。俺、同じ大学受けるのすら嫌がる程度の気持ちだぞ」

 冷たい目を向けてやるが、やはりというか鋼の自己愛と自信を持つ結朱には響かない。

「あ、分かった。もしかしてロミオとジュリエット効果を狙ってるんじゃない? 二人の間に障害があればあるほど燃えるというアレ。そのために違う大学に行こうとしてるんだ」

「何も分かってないけども。現時点でも、全く意思疎通ができないという、大きすぎる障害が立ちふさがってるからね」

 そして、その障害からは何も燃え上がらない。ただただ冷たく鎮座しているだけである。

「むぅ……じゃあメリット2。チャラい男が私に寄ってくるのを防ぐことができる。ヤキモチを妬かなくて済むよ、これなら」

 新たな説得材料を持ち出してくる結朱。が、それも微妙だ。

「どちらかというと、お前側のメリットじゃないか? それ」

「まあ、そういう事実があるのも否定しない」

 堂々と認めやがったよ、こいつ。

「というか、そうなると俺にも女の子が寄ってこなくなるんじゃ……」

 俺がそう言った途端、結朱は不思議そうに小首を傾げた。

「そんなの元からだし、大和君のデメリットはなくない?」

「そういう事実があるのも否定できないな!」

 ちょっと傷付いた。真実は刃物だ、人に対して容赦をしてくれない。

「ねー、それより一緒の大学目指そうよー」

 なんだか地味にへこんでいると、とうとう結朱はしびれを切らしたのか、もはやメリットを説明することすら放り投げ、服の裾を引っ張ってきた。

「頭のいい人ってかっこいいよー? それに彼女のために頑張れる人もかっこいいしー。大和君が私のために頑張ってくれたら惚れちゃうなー」

 裾をぐいぐい引っ張りながら猛アピールしてくる結朱。ええい、鬱陶うっとうしい。

「お前ね――」

「そんなに私と一緒にいたくないの?」

 ぽつりと、結朱が呟いた。

 さっきまでと違って、どこか寂しそうで、僅かに不安が入り交じった声。

 ……ああ、まったく。

 こういう顔をされてしまっては、もう俺に抗う術はない。

「はぁ……分かったよ。俺も結朱ちゃんと一緒にいたいので、勉強頑張ります」

「ほんとっ?」

 パッと表情が明るくなる結朱。

「本当だって。その代わり、お前がちゃんと勉強教えてくれよ」

「そりゃもう任せてよ! 私のことを愛してやまない大和君の気持ちを無視するわけにはいかないからね! ほら私、出来た彼女なので!」

「はいはい、ありがとうございます。じゃあ、今日はゲームやめて自習でもするか?」

「うん! ふっふっふ、ただでさえ可愛い私が家庭教師属性まで手に入れてしまったらと思うと、自分の可能性が恐ろしくなるね!」

 露骨に調子に乗り始める結朱。

「そりゃ彼氏としては楽しみっすね」

 一つ溜め息を吐きながらも、なんだかそういう結朱を見ているのは悪くない気分だった。


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