第23話 しゃっくりが止まらなくなった彼女。

「ねえ、やま――ひっく」

 いつも通りの文芸部室。

 二人でゲームをしている最中に俺の名前を呼ぼうとした結朱ゆずが、妙な声を上げた。

 そんな彼女に、俺は少しだけ悲しい目を向ける。

「結朱……俺の名前はやまひっくじゃなく、大和やまとだ。いくら目立たない陰キャとはいえ、この期に及んで名前も覚えられてないっていうのは、さすがに傷付くぞ」

「違うよ!? ちゃんと覚えてるからね! そうじゃなくて、しゃっく――ひっく」

 またも、言葉の途中で妙な声を上げて止まる結朱。

 そこで俺も事情を把握した。

「なんだ、しゃっくりか。大丈夫か?」

「大丈――ひっく」

「大丈夫じゃなさそうだな」

 これじゃ落ち着いてゲームもできないし、なんとか止めよう。

 俺はゲームをセーブして終了させると、しゃっくりの止め方をスマホで調べる。

「えーと……まずは息を止めるといいらしいぞ」

 検索して出た答えを教えると、結朱も頷いた。

「なるほど。どれくらい止めればいいかな? ひっく」

「まあ、とりあえず三分くらいから始めたらどうだ?」

「死ぬよ! 息を止めるっていうか、息の根が止まるじゃん!」

「でも、しゃっくりも止まるし……」

「副作用が大きすぎるよ! とりあえず三十秒から始めるね!」

 そうして結朱は大きく空気を吸い込むと、そのまま吐き出さずにピタリと呼吸を止めた。

 そのまま五秒、十秒、十五秒――。

「ひっく」

 三十秒が経つ前に再びしゃっくりが出た。失敗か。

 結朱もがっかりしたように頭を振った。

「駄目みたい……ひっく。他の方法ない?」

 言われて、俺は次の方法を検索する。

「じゃあ、次は水を飲むというのを試してみるか」

「うん。ちょうどペットボトルの水が、ひっく、あったはず」

 結朱は鞄から飲みかけのペットボトルを取り出し、キャップを開けた。

 ここは彼氏として応援してあげよう。

「じゃあ一気飲みするね」

 結朱がペットボトルに口を付けた途端、俺も手拍子とコールを始めた。

「七峰さんの! ちょっといいとこ見てみたい! 飲んで飲ーんで飲んで!」

「タイム! なに陰キャに最も似合わないコールを始めてるの!?」

 せっかくコールをしていたのに、何故か結朱は水を飲むのをやめてしまった。

「俺なりにお前を応援しようと思ったんだが……恥を忍び、自分の似合わないことを百も承知の上で」

「普段はまるで見せない気遣いがこんなタイミングで!?」

「俺はどうやら、彼女のためなら自分を曲げられる男らしい」

「急にいい彼氏になった!? 何こんなどうでもいいところで覚醒イベント起こしてるのさ! 気持ちだけ受け取っておくから静かにして!」

「はい……」

 怒られて、俺はちょっとしゅんとしてしまう。

 そんな彼氏を放っておいて、結朱は水を一気飲みした。

「ふぅ……これでどう――ひっく」

「駄目みたいだな……」

 俺も少し残念な気持ちになりながら、スマホで次の手段を検索する。

「うーん……他だと、やっぱり驚かせるというのが定番だな。スマホでホラーの動画でも見るか?」

「無理無理無理! そんなの見るくらいならしゃっくり止まらなくていい!」

 よっぽどホラーが嫌なのか、とんでもなく強い拒絶をされてしまった。

「となると、俺が頑張って驚かせるしかないのか」

「うん。悪いけど、お願い……ひっく」

 苦しそうな顔をして頼んでくる結朱。責任重大だ。

「そうだな……じゃあ結朱、一つ聞いてくれ」

「な、なに?」

 俺が真剣な顔で向き直ると、結朱も緊張したように背筋を伸ばした。

「実は――南極って、あんなに寒いのに温泉があるんだぞ」

「え、そうなの? 初めて知った………ひっく」

 結朱が喋った後にしゃっくりが出ると、俺は首を横に振って項垂れた。

「駄目だったか……」

「まさかとは思うけど、今ので驚かせるつもりだったの!?」

「実際驚いただろ?」

「確かに驚いたけども! 雑学系の驚きではしゃっくりは止まらないよ!」

「万策尽きたな……」

「早いよ! 手札少なくない!?」

 そう言われても、しゃっくりの止め方にそう種類もないし、サプライズとも無縁の男なため、人を驚かせる引き出しも多くない。

「もう諦めてしゃっくりと共存したら? 俺はしゃっくりが止まらない結朱も今と変わらず受け入れる覚悟は出来てるぞ」

「そんな覚悟しないでよ! ていうか諦めないで!」

 他の手段となると……うーん。

「あ、そんなことより結朱、それよりまつげにゴミが付いてるぞ」

「完全に飽きて話題変え始めたじゃん……ひっく。ちなみにどの辺?」

 文句を言いつつ、気になるのか何度か瞬きをしてゴミを落とそうとする結朱。

「それじゃ落ちないだろ。俺が取ってやるから、ちょっと目を瞑れ」

「うん。お願い」

 結朱は素直に目を瞑ってみせた。

 俺は彼女に向かって手を伸ばし――そのまま抱き締める。

 すっぽりと腕の中に収まった結朱の身体は柔らかく、甘い匂いがした。

「ひゃわっ!? な、なに!?」

 予想外の行動だったか、俺の腕の中でじたばたする結朱。

 そんな彼女を抱き締めたまま、俺は赤くなった耳元でささやく。

「――結朱、愛してるぞ」

「………………!?」

 俺の奇行に、とうとう結朱は硬直する。

 そのタイミングを見計らって離れると、彼女は真っ赤になった顔で、金魚のように口をパクパクさせていた。

「あ、あぅ……な、なにを急に……」

「しゃっくり、止まったか?」

「え……あ……」

 そこで結朱は、自分の状態に気付いたらしい。

「も、もしかして今のって、私を驚かせるために?」

「まあ、そうだな」

 頷いてから、俺は顔を逸らす。

 ちょっとどうかと思ったが、咄嗟に閃いたのがこれしかなかったから仕方ない。

「……感謝しろよ。よかったな、彼女のためなら自分を曲げられる男が彼氏で」

 勢いでやったせいか、今更になって恥ずかしくなってきた。

 微妙に顔が赤くなってくる。

「ありがと。けど、まだちょっと足りないかも?」

 そこで急に、結朱は予想外なことを言ってきた。

「……足りないって?」

 そこで結朱に視線を戻すと、彼女は赤い顔のままで、どこか悪戯いたずらっぽい表情をしていた。

「驚きポイント的な? もう一回同じことしてくれたら、完全にびっくりしてしゃっくり止まる気がしてるんだけどな?」

「……おい、調子に乗るな。今もう完全に止まってるじゃねえか」

「そんなことないよ。ひっく」

「わざとらしいわ!」

「ねー、もう一回! もう一回! 大和君のちょっといいとこ見てみたい!」

「見せるか!」

 慣れないことはするもんじゃないな、と心から思う俺であった。


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