第22話 たまには図書室に顔を出すカップル。
「図書室に来るのなんて、久しぶりだなー」
放課後の図書室。
普段来ない施設に来た
まあ、新鮮な気分なのは俺も一緒だが。
「そうだな。けど、なんで急に図書室に?」
いつも通り文芸部室に向かおうとしたところ、結朱に「今日はそっちじゃない」と言われて、ここまで連れてこられたわけだが、どういう気まぐれだろうか。
訊ねると、結朱は他の人には聞こえない声量でこっそりと囁いてきた。
「いやほら、私たちって図書室で意気投合して付き合ってることになってるじゃん? だから、たまには来ないと不自然に思われるし」
「あー……そういえば、そうなっていたな」
俺と結朱が諸事情で付き合うことになった時、男女交際に発展するまでの経緯は二人でだいぶ打ち合わせをした。
今までまるで接点のなかったリア充女子と陰キャの俺が付き合うという、かなり不自然な状況を誤魔化すため、色々と考える必要があったのである。
その一つが、二人が意気投合したきっかけ。
それが、図書室での出会いということになっている。
「まあ、確かにアピールはしておいたほうがいいかもな」
俺は頷き、結朱の案に賛同することにした。
「でしょ? じゃあ、せっかくだし今日はここで本でも読んで過ごそうか」
「了解」
頷いて、俺は本棚を見て回る。
俺は基本的に、スマホの電子書籍アプリで本を読む人間なので、紙の本を読むのは久しぶりだ。
「これでいっか」
適当に選んだ本を手に取り、空いている席に座った。
本を読み始めてしばらく待っていると、同じく本を選び終えたらしい結朱が対面に座る。
「
訊ねられて、俺は表紙を見せる。
「『たんぽぽ娘』ってSF。そっちは?」
「『フレンチレストランのシェフが教えるビストロレシピ』」
どうやら料理のレシピ本らしい。
思わず、俺は渋面を浮かべてしまう。
「料理に手を出すことを諦めていなかったのか……」
「もちろん。素晴らしい向上心でしょ? 褒めて褒めて」
本来は確かにいい心がけと言いたいところだが、調理台で手を血塗れにする結朱を想像してしまい、俺は若干心配になった。
「……よし、結朱。せっかくだし、俺が勧める本を読んでみないか? ほら、お互いの趣味を知る感じで」
「露骨に話を逸らしたね!? そんなに私を料理から遠ざけたいか!」
「ソンナコトナイデス」
彼氏として当然の心配をしているだけだ。
俺は仏頂面の結朱を無理やり引っ張り出し、本棚に向かわせる。
「結朱って、どういう小説を読むんだ?」
「とりあえず流行ってるもの」
迷いのない回答だ。
個人の趣味として読むというより、周りの話題に付いていくためのツールとして捉えているのだろう。
それなら、最近のベストセラーを教えてあげればいいか。
そう思い、その手の本が置いてある棚を探そうとした時だった。
「やぁ……だめだよ、こんなところで……」
図書室の奥から、妙に鼻に掛かった女の声が聞こえてきた。
その途端、俺と結朱は反射的に硬直する。
「えー、いいじゃん。誰も見てないし」
今度はチャラそうな男の声。
俺たちは目を合わせてから、忍び足で進み、本棚の影を覗き込んだ。
すると、そこにはべったりと抱き合っている一組のカップルの姿が。
さすがにまだ人気もある図書室内でコトに及ぶようなことはなかったが、一〇〇メートル先からでもいちゃついているのが分かるほどのピンク色なオーラを発していた。
「うわ……学校内でよくやる」
あ、キスした。しかも完全に舌入れてるタイプのやつだ。
俺が顔をしかめて観察していると、背後の結朱に袖を引かれた。
「や、大和君……見つからないうちに」
どうにも気まずそうな結朱が、撤退を促してくる。
さすがに他人がいちゃついているのをじっくり眺める趣味はないし、俺も頷いて図書室の入り口付近にある席まで戻ってきた。
そして、椅子に座るなり揃って脱力する。
「いやあ、他人のああいう現場って、見てるだけで精神力削られるな」
本人たちは楽しいからいいんだろうが、バカップルを見せつけられるのって精神衛生上よくないよね。
「……あの女の子のほう、友達だった」
ぽつりと結朱が呟いた。
やたら気まずそうだと思ったら、顔見知りのそういう場面を見てしまったのか。
「図書室がカップルの溜まり場になってるみたいな話は聞いてたけど、まさか知り合いの現場を見ちゃうとはね……」
結朱が複雑そうに溜め息を吐く。
が、それは聞き捨てならなかった。
「なあ結朱、もしかしてそれ、俺と付き合う理由を考えてる時から知ってたのか?」
図書室で出会って付き合うようになった、という筋書きを提案してきたのは結朱だ。
もしや、彼女はこのカップル御用達ゾーンの噂を知っていてそれを利用したのではないか……というか、間違いなくしたに違いない。
「まあ、一番説得力あるしね。使えるものは使ったよ」
そして、結朱はその事実をあっさり認めた。
「マジかー……じゃあ、俺たちもあのカップルと同列に見られてるのかー」
思わず、机に肘を突いて顔を手で覆った。
いや、俺ってあんまり人間関係や体面のことを気にするタイプじゃないけどね? ただ、ガチ勢のオーラを見た後だと、さすがに堪えるものがある。
「なんだよー。私といちゃついてると思われるのが不服なのー?」
が、結朱はそんな俺の態度が気に入らなかったのか、裾を引っ張ってきた。
「不満っていうわけじゃないけど……結朱は平気なのか? 図書室でディープキスかますカップルみたいに思われて」
どっちかと言うと、俺よりも結朱のほうが世間体を気にするタイプだろうに。
「そりゃあ私も恥ずかしいよ。けど、疑われるよりは、ああやって仲良くやってるって思われるほうが、私たちの目的に近いわけじゃん?」
「まあ、そうなんだがな」
結朱の言葉は正論だが、ちょっと感情的な割り切りが難しい。
「だから、見てて恥ずかしかったけど……やっぱり見習うべきところはあると思うの。せっかくアピールのためにここに来てるわけだし」
赤くなりながらも、結朱は前向きに彼らを参考にしようとしているようだった。
「全く以てお前が正しいが、でもあれはさすがに……」
脳裏に焼き付いた強烈な映像に及び腰になっていると、俺の煮え切らない態度に痺れを切らしたのか、結朱が頬を膨らませた。
「むぅ……大和君のいくじなし」
「やかましい。じゃあなんだ、俺もあいつらみたいに結朱のことを暗がりに連れ込んでディープキスでもすりゃいいってのか?」
「そ、そこまでは言ってないけど……」
あまりにも身も蓋もない俺の言葉に、結朱は少しトーンダウンする。
「ほう? じゃあ、どこまでのことを言ってたんだ? ほら、俺にどこまでのことをしてほしかったのか言ってみろ」
隙を見つけた俺がぐいぐい攻めていくと、結朱はどんどん赤くなる。
「や、大和君のえっち!」
「何のことかな? 俺はえっちなことなんか一つも言っていないが。それとも結朱は俺にえっちなことをしてほしいと、そう考えていたと?」
「考えてないし! 大和君みたいなへたれで甲斐性なしな彼氏に、そこまでのことは求めてないからね! 人の気持ちに疎いからそういうムードも作れないだろうし!」
ぬぐう……言うじゃねえか、この女。
「馬鹿言うな! 俺はへたれでも甲斐性なしでもねえ! ただナルシストのくせに防御力皆無な彼女に合わせて紳士でいるだけだ!」
「どこが紳士だよ! ちょうど図書室だし、辞書でも借りて意味調べてくれば!?」
「よーし、そこまで言うならこっちにも意地がある! ちょっとそこの本棚の陰まで来てもらおうか! 俺の本気を見せてやろう! 謝るなら今のうちだぞ、過呼吸起こすまでときめかせてやるわ!」
勢いよく椅子から立ち上がり、結朱に挑戦状を叩きつける。
すかさず、彼女も立ち上がって俺を睨んできた。
「上等だよ! 日頃何の挑戦もしない人ほど、自分の限界を知らなくて己を過信するものだからね! まあ安心していいよ? 私は大和君がそういうポンコツだと知ってて付き合ってるし、どんな無様を晒しても、愛想は尽かさないであげるから!」
バチバチと火花を散らす二人。
互いに誇りという名の剣を抜いた。
一度抜いた以上、相手の
そうして負けられない戦いに挑もうと――
「コホン!」
――した俺たちを、ものすごくわざとらしい咳払いが制止した。
ゆっくりと首を巡らせると、いつの間にか俺たちの隣には、笑顔のままこめかみに青筋を立てた司書さんの姿が。
「あなた方、ここは図書室なのでお静かにしていただけますか?」
気付けば、周囲の視線も俺たちに集中していた。
どうやら、無意識にヒートアップして、声の音量が大きくなっていたらしい。
「「す、すみません……」」
結朱と二人、肩身が狭くなりながら謝る。
しかし、それでは司書さんの怒りも収まらないらしく、眉間に
「まったく……今までも図書室を密会の場に使うカップルはいましたが、こんなにも堂々と見せつけてくる人はいませんでしたよ。キングオブバカップルですね、あなた方は」
「「返す言葉もありません……」」
とにかく周囲の視線が痛い。
まさかさっきのバカップルを超える称号を得てしまうとは。
「大体にして図書室というのは――」
怒りに燃える司書さんの説教が終わるまでの数十分間、俺と結朱は史上最強のバカップルとして晒し上げられるのだった。
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